テルの物語 -9

 須藤一郎という男がやってきた。まるで手負いの獣のような目をしている。

ここじゃ年は関係無い。少なくとも自分はそう思っている。何も言われなくても、みんなが自分に一目置いてくれているのが分かる。それは財産だと思うようにしている。

 一郎に自分から話しかけた。

「俺は見ての通り頭が薄い。だからここではテルだ。よろしくな」

 相手の顔が違う歪み方になった。

「笑っといた方がいいと思う。俺の頭見るたびに可笑しくなるだろ? 一回笑っとけば次が楽になるよ」

 とうとう笑ってくれた。

『ウィークポイントをアピールポイントに変えなさい』

(参ったな、お嬢はよく分かってる)


 次々と新しいのが入っちゃ出て行き。分かる者もいれば分からない者もいる。黙って出て行くだけじゃない、まるでコソ泥みたいな真似をして消えたヤツも。

「いいんだ。俺の見る目が無かったってこった」

 親父っさんは悔やまない。テルを見て苦笑いした。


 それから数年経ち、親父っさんに呼ばれて正面に座った。

「テル。頼みがある」

 頭を下げられた。

「何ごとですか」

「お前にここを出てもらいてぇ。今煙が上がっている。これから火事になるだろう。お前に火事場にいてほしくねぇ。お前は充分良くしてくれた。何度も助けられたよ。だから頼む。ここを出てくれ」

「それは命令ですか?」

「いや、頼みだ。俺はお前に命令する立場にいねぇ」

「なら従いません。俺の居場所はここです。親父っさんに俺は必要ですよ。俺がいれば親父っさんはここに意味を持てる。勇気が出る。自惚うぬぼれてますよ、俺は。俺がいる限り三途川勝蔵はヤクザはヤクザでもまっとうなヤクザだ。俺は戦力としちゃ力になりません。自分のことは心得てます。でも親父っさんを支えるつっかえ棒としてならちっとは役に立つと思ってます。親父っさんは俺を手離しちゃいけない」


 正式に盃を交わした。

「テル。後悔するな。させねぇなんて俺には言えねぇんだ。だからしてくれるな。お前が後悔しない限り俺ぁ踏ん張る」

「踏ん張ってください。俺の拠り所でもあるんで。親父っさんには責任がある。弱音を吐いちゃいけません。吐くなら俺の前だけです。約束できますか?」

「……分かった。二言はねぇ」


 抗争が激化した時。親父っさんも身を隠さざるを得ない局面があった。女将さん、イチ、柴山が身を隠した。表に立ったのはカジとテル。東井と杉野のえげつなさはその味方の間でさえ非難が出た。

 テルはその反乱分子の一派、大阪の鳴山のところへ一人で赴いた。反対したカジに黙って。

 通された鳴山の前でテルは臆しなかった。

「親父っさんの在り方に文句があるのは分かる。親父っさんもあんたのことを認めてる。離れるならそれも良し。親父っさんは組織のデカい小さいなんぞチマいことに拘ってなさらねぇからな。ただ、東井、杉野。このゴロツキと徒党を組むのはどうかと思う。あんた、名を汚して台頭したいのか? それで下がついてくると思ってんのか?」

 怒り狂った鳴山はドスでテルの手を畳に縫い付けた。蒼白のままテルは笑った。

「小っちぇえな、あんたは。懐デカきゃ親父っさんにわざわざ楯突かなくとも存在を確立できるはずだ。それが出来ねぇ。あんたには覚悟がねぇ。これで『大阪の鳴山』とよく言えるもんだ」

 袋叩き、半死半生でカジの元に送りつけられる。必死の看病でまともに喋れるようになった翌日にはテルの姿は鳴山の前にあった。薄気味悪そうにテルを見る鳴山。

「あんたの下にここまでするヤツがいるか? 親父っさんにはいくらでもそんなバカがいるんだよ。後悔なんぞねぇ、しないと親父っさんに誓った。俺のことは好きにするがいい。だがあんたは東井たちと手を切るべきだ。その方があんたにも最後は得になる」


 鳴山が手を引いたことで東井と杉野はほとんど孤立することになる。

「大阪がどう動くか分からねぇぞ」

 そう伝わった時に離れるものが次々と出たからだ。東井は鳴山に何度も連絡を取ったが、若頭が出るのみ。

『あんたたちを見てようと思いましてね。力のあるところを見せてください。そしたらあんたらにつきましょう。これはどの組織にも伝えてあります。後はあんたんとこが頑張ればいいだけの話。大阪は利で動く。そう思っといてください』


 抗争が鎮火したのは1年後。親父っさんは一度撃たれたが大したことは無かった。洋一が突き飛ばしたからだ。洋一は重傷を負ったが、徐々に回復していく。何人か死人は出たが、それを背負ってテルは刑務所に入った。出所するのは10年後。模範囚として1年早く出る。

 刑務所に入っている間に鳴山は改めて親父っさんの下に下った。それで全てが決まった。


 出所の日。親父っさんは表でテルを待っていた。車は無し。護衛は遠く離れて。

「親父っさん! 護衛をそばに置いとかなきゃだめです!」

「お前を待つのに野暮なことはしたくねぇ。俺はお前と歩きたかったんだ。付き合え」

「出た早々我がままですか」

「お前は言っただろう、自分の前でだけ弱気になっていいと。お前がいない間俺ぁ踏ん張ったよ。褒めてくれ」


『おまえ、がんばってるな』


 父の声が聞こえた。きっとこういう形は望んでいないだろう。ヤクザになるなど。

(でも俺は頑張ってるんだ、父さん。後悔はない。幸司さん。俺は戦って良かったよ)



――「テルの物語」完 ――

――『三途川一家の優しい面々』完 ――

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