優作の物語 -13
あまりいい日給ではないが、雇ってくれるという現場を見つけた。
「日雇いってことでいいんだよな? なんの保証もないぞ」
「いいよ、働いた分をもらえりゃそれでいいんだ。どっか隅っこで寝泊まりしてもいいか?」
「なら給料から1,000円引かせてもらう。食うもんは自分で買うか、ここのものを適当に食ってくれてもいいから」
小さな冷蔵庫には佃煮やら漬物なんかが入っている。他には缶詰、ふりかけ、そんなもの。自分で買って置いておけばいい。飯だけは用意があった。それに500円払う。
日給は8,500円。手元には7,000円しか残らない。
(まあ、いいか。暮らすことは出来るんだ)
あの訳の分からない三途川の家にいるよりは自分の在り方がはっきり分かった。
だが、それも長く続くわけじゃない。2ヶ月もしないうちに工事は終わった。
「他のとこの工事はどうかな。俺、よく働くだろ?」
監督がチラッと考えるような顔をしたが首は横に振られた。
「悪いな、次の工事現場はちゃんとしたヤツじゃなきゃ入れないんだ。IDカードを渡されてセキュリティをちゃんと順守出来るヤツ。他を探してくんないか」
キャバレーの呼び込みもした。使っている女の子に手を出す店長を殴った。酒場の洗い場もしたが、酔っ払いの客が店員に絡むのを見かねて、やはり殴り倒した。口が立たない優作は拳でしか語れない。
時にそれが単なる暴力にしかならないこともある。留置場には2回入った。調べれば非は相手にあるが、暴力には変わりない。反省はちゃんとするし生真面目なのは見て分かるのだろう。説教を食らって外に出してもらえた。
そんなある日、久しぶりにあの町を通った。
(あの家、相変わらずなのかな)
ちょっと懐かしい気もする。のんのや源の顔が浮かぶ。
(でもなぁ。なんかシャキッとしないとこだった)
そう思いながら商店街を歩いた。
「親父っさん、もうその辺で!」
声が聞こえた。ちょっとした騒ぎが起きている。覗くとあの時の親父っさんだ。若いチンピラを殴る蹴る。
(すげぇ……容赦ねぇ)
もう立てない脇腹に最後とばかりに蹴りを入れた。脇に若い男が立っている。
(あれ、確かイチとかっていう名前だったよな)
イチは止めるでもなく平然と立っていた。
親父さんは僅かにうめき声がする男に背を向けて座った。
「済まねぇ。こいつのしたことは俺がしたってことと同じことだ。申し訳なかった。俺の仕切りが甘かった。好きなようにしてくれ」
頭を下げるとどうやら店主だと思える男に背中を向けて座る。
「あの人……」
誰に言うともなく言葉が漏れた。潔い姿が小気味いい。そばに立っている年寄りが答えてくれた。
「あれ、三途川組長だよ。昔は『
背中を向けて目を閉じているのは惚れ惚れするような一人の男だった。
「親父っさん、もういいんです。親父っさんが詫びてくれるなんて、もうそれだけで」
「こいつはあんたが大事にしてる娘に手を上げた。まだ学生だってのに。顔についた傷の治療費は俺が一切持つ。どこの病院でも構わねぇ、日本一の病院にかかってくれ。だがそれとは別にこれは許されるこっちゃねぇんだ。こいつは破門だ。警察にも突き出す。ただ、責任は全てこの三途川にある、だからどうとでもしてくれ」
そこに親父っさんが話している相手の後ろから若い男が出てきて、親父っさんの背中を蹴ろうとするのが見えた。
優作は我慢ならず飛び出した。
「男がそうやって謝ってんだ、それを背中から蹴るのかっ!」
止める間も無く相手の胸に肩から突っ込んで弾き飛ばした。跳んだ体を尚も追おうとして、イチに羽交い絞めにされた。立ち上がった親父っさんが憤怒の形相で優作の前に立つ。
「あんたの世話になっちゃいねぇ! 通行人のやることにまで口出しすんな!」
それでも顔が半分消えたかと思うほどの痛みが頬を襲った。
「馬鹿野郎っ! おめぇの出る幕じゃねぇっ! こっちは何をされてもしょうがない身なんだ、手を出すな!」
若い男を引き起こして尚も親父っさんは頭を下げた。
「あんた、あの子の兄さんだね。申し訳ない、蹴られたってしょうがねぇことをした。こいつは俺んとこのもんじゃねぇから、訳も分からず入って来たんだろう。その分も俺が負うよ。馬鹿のしたこった、こいつはどうか許してやってくれ」
結局、親父っさんはそれ以上責められることも無く、何度も頭を下げて通りを後にした。
優作はその後を追いかけた。前に回り込んで土下座した。
「親父っさん、すみません! あの姿を見て、つい余計な真似したと思ってます。俺、親父っさんとこに置いてください。お願いします!」
優作は初めて人に惚れ込んだ。この人のそばにいたい、役に立ちたい。
だが親父っさんが立ち止まったのはほんのちょっとだった。
「親父っさんっ!」
「お断りだ、二度と顔見せんな」
「どうしてですか!」
「自分のケンカだけじゃない、人のケンカにまで突っ込んでくるような危ないヤツは面倒見たくねぇ」
「それは確かに間違ってました、訳聞かずに入ったのは悪かった」
親父っさんの声は厳しかった。世話になっていた時の声とはまるで別人だ。
「ヤクザなら掃いて捨てるほど見てきたし、そうなりたいんならいくらでも行き先があるだろう。好きなところに行け。お前みたいなのを面倒見る気はねぇ」
そのまま行こうとする親父っさんの前に立ちはだかった。
「謝ってるじゃねぇか! 一度の間違いも許さねぇってのか!? 俺は確かに馬鹿だ、頭が悪い、覚えも悪い。いいとこなんて数えるほどだ。けど、曲がったことは大嫌いだ。あんたの、いや、親父っさんの姿は曲がっちゃいなかった。俺は親父っさんに惚れたんだ!」
「……頼んでるのに喧嘩腰だな、お前は」
「いや、その、頼んでんだけど」
「俺がヤクザもんと聞いたんだろ?」
「聞いた。……です」
「それでカッコいいとか思ったのか?」
「違う! そんなんがカッコいいだなんて思ったことなんかねぇ! ヤクザになる気なんざ毛頭ねぇよ。ただ置いてほしい、あんたに面倒見てもらいてぇんだ。そしてあんたの、親父っさんの生き方ってのをそばで見たい!」
親父っさんがじっと優作を見た。その目を真っ直ぐに見る。
「ヤクザにはならねぇんだな?」
「ならねぇ。俺はそうやって生きてく気はねぇんだ」
「なら、なんで俺んとこにいたいんだ?」
「さっき言った通りだ、親父っさんの姿を見ていたい、三途川の家のやり方っての、もう一度考えてみたい。今の俺にはなにもねぇ。そしてきっとこの先もなにも持たないままただ生きていくと思う。それでいいのか考えてみてぇんだ」
「親父っさん、頼みがあります」
イチが脇に立って頭を下げた。
「俺にこいつを預からせてください。俺にはいい加減なヤツには見えません。だから俺が面倒見ます」
親父っさんはふっと笑った。
「好きにしろ」
こうして優作は三途川家の一員になった。
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