退治屋ファルべ・短編集

神田 諷

小話(1) 黒色のある任務

「またアイツだ…」「死神…」

「笑いながら駆除するらしいぞ…」

「愛護協会の人間も殺したことがあるとか…」

「野蛮な」「恐ろしい」「心のない」「悪魔だ」


 前の「組」では、そんな風に手を焼かれた。


 新しい「チーム」には小規模ながら、人数に対し過分なくらいの立派なトレーニングジムがある。少数精鋭とはいえ、「何かあったらファルべ・トラッペに」と言われるくらいなのだから、御上からの信頼も厚い。その本拠地は、もはや実力に物を言わせて勝ちえたような、およそ8人+αには似つかわしくない大規模な施設になっている。

 ま、俺様に言わせりゃ、空間が余っているとしか思えない部屋もあり過ぎる。


「フィン」


1人で黙々とゼリー飲料を咥えながら、チェストプレスで筋トレをしていたところ、ボスの右腕を務める男から声がかかる。


「あ?なんか用か?」

「そんな言葉遣いをするから怖がられるんだよ」


わりと実力主義のこのチームで、2番目に強いなんておおよそ思えない優男が笑う。この笑顔で何人の女を落としてきたんだか…

「説教される覚えはねぇし、あったとしても聞く気もねぇな」と返してみるも

「はいはい、好きにしな」と困ったんだか呆れたんだかの判別さえ付けさせない顔で流してくる。

 この男ーシュトゥルムには反抗したところで、大抵こうやって暖簾に腕押しだ。専属医師も兼ねているボーデンもその機雷はあり、ずっといなし続けられるのだが、こちらは下手するとシャレにならない鉄拳制裁を加えられるから厄介さがある。ちなみにシャインという通り名のボスは、逆らうことさえ許されないくらいの威圧で押してくる。

「で?」と続きを促すと、書類を膝の上に置かれた。手をかけていたアームから離し、それらに目をやる。


『E地区:チョンチョン駆除依頼書』


「チョンチョンたぁ、なかなかエグイのが来たな」


チョンチョンはデカい男の顔をした魔物だ。首だけで存在し、顔と同じくらいのデカい耳で空を飛ぶ。それだけに足らず、人や家畜などを襲う肉食なもんで、人間の居住区に出ようものなら即刻退治しなければならん対象だ。

 ただ、こいつは厄介なことに、他と比べ知能が高い。そのため俺様たち退治屋を天敵という程度には認識しており、その多くは食い溜めをする。だから一村丸々壊滅させることも珍しくなく、何村かを犠牲に餌場のルートを割り出すことも普通だ。


「…失敗したら袋叩き案件じゃねぇか」

「だからうちに来たんだよ」


たはは…とシュトゥルムが笑う。このチームは他のチームで上手くやれずに爪弾き者にされたヤツらの寄せ集めだ。とはいえそれらを集めてボスを犠牲に押付けたとかではなく、ボス本人が実力主義でスカウトを重ねて集めたわけで、全く頭がおかしい人だと思う。

 話を戻すが、だからこそこういうヤッカミ案件は押し付けられがちだ。何もしてなくても不評と問題視しかされてないわけだから、失敗したところで「解散させる口実」を得るか、元々の誹謗中傷に新しい文言が追加されるだけ、と言うわかりやすいイジメだろう。


「ボスもなんでこう…何でも受けるんだか…」

「『こんな危険な案件、ウチしか受けないだろ』って真顔で言ってたよ」


「危険な案件、の意味が違うだろ」と呟くと、

「文句言っても取り消されないんだから、早く二人を連れて行きなさい」と頭をわしゃわしゃと掻き回される。そんなに年の差はないはずなのに、どうにも保護者感の強い男で敵わない。

 それにしてもノーチェックだった。そりゃこんな危険な案件、班行動に決まってらぁな。えっと…


「は?!いや、シュトゥちょ、班員変更…」

「承れませーん」


すでに扉を開けていたシュトゥルムは、俺様の呼びかけに対し、笑顔で手を振って去りやがった。



 退治中に笑ってる姿が、今や珍しい浅黒い肌と真っ黒な目や髪と合わさって「死神」と恐れられた。

 正直駆除が楽しいわけではなかった。前の「組」では気の合う仲間と共闘出来る経験は少なく、だから一緒になった時はそこからテンションが上がってしまって笑ってしまったりした。純粋な時期だった、と今なら揶揄出来る時代だ。

 成人してから、周りから浮いていることに気付いた。徒党を組んで退治に行くにも、俺様と組んでくれるやつもいなく、3人がかりの仕事を1人でこなすようになってからは、俺様についてこれるやつがいなくて今度はやはり組めなくなった。

 ボスから声がかかったのは、そんな時期だ。


『思いっきり、暴れてみたくはないか?』


 組長室に呼ばれて参じた俺様に、組長室で待っていた白銀の長い髪を携えた男がそう言った。女のような姿だけなら天使だの神だのが思い浮かぶところだが、その鋭い雰囲気はまるで、人型なんて生易しいものでは無く、御伽噺の「聖剣」が擬人化したような存在だった。

 ちらり、と再度メンツを見る。


「派遣小隊

 隊長:フィンスターニス

 隊員:グルート、ドナー」


最悪の小隊じゃねぇか!


 この2人は俺様より遅く来たから、入隊理由は薄くだが把握している。

 刀剣使いのグルートは、見境なく刀を振り回して敵味方関係なく血祭りにあげてしまう。初めに付いた通り名は現地の言葉で「返り血」…だったか?生まれ育ったチームがもう手を付けられない、と猛獣を保護する時に使う檻に閉じ込めて管理していたところをボスが拾ってきたのだ。

 斧使いのドナーは廃村でシュトゥが拾ってきたガキで、多少保護して施設に送るはずが、ボスが才能を見い出しそのままチームの一員となった。怪力ではあったが、臆病で泣き虫で一体何処に才能を…と思っていたら、まさかの二重人格だったのだ。強いストレスがかかると、自信過剰な殺戮マシンと化す。初めて見た時はその変化に驚いたものだ。どうやら兄貴の設定らしく、満足すると元に戻るようだった。

 そう改めると、まだドナーはマシだ。あいつは二重人格なだけで、暴走さえさせなきゃ役には立たないが大人しいガキだ。問題はグルートである。


「いくら俺様でもなぁ…」


 以前の任務で一緒になった時、実力は負けてはいないが勝ってもいなかった。何せ殺さず暴走を止めようとするこちらに対し、相手はこちらを殺してもいいと思って攻撃してくるのだ。あん時はマジで殺されるかと思った。確かあの時も同行していたシュトゥが刀を飛ばしてから、胸ぐら掴んで地面に叩きつけて、ようやく止まってたんだよなぁ…。手加減したとは言ってたが、猛攻を受け流すことしか出来なかった俺様に、同じことが出来るか?

 はぁ…と深い溜め息を吐いてから、でもボスやシュトゥに文句を言っても変更することはないだろうと思うと、諦めて2人を迎えに行った。


ーーーーーーーーーーーーーーー

「あら、お疲れ様。みんな無事?」


 2週間の任務から帰ってきた俺様達を、事務員の小夜が出迎えてくれる。

「ま、そう見えるんなら」と嗤うと、

「そう、そのままお風呂に行っちゃいなさい」と淡々と返してくる。ほんとシュトゥ以外の前じゃ笑わねぇな、コイツ。

 隊服は魔獣の返り血やら、このクソガキ共の暴れたせいでついた汚れやらでぐちゃぐちゃだ。確かに早く脱ぎたい。小脇にグルートを抱え、ドナーは俵担ぎをした、帰ってきたそのまま状態で風呂場へ向かう。


「おら、起きろお前ら」

「……」


「おいグルート、お前はもう起きてんだろ!」と怒鳴りつけると、

「歩くのめんどい」とだけ返ってきた。ほんとクソガキ過ぎるだろ。

 俺様はグルートを抱えていた手を離し、地面に落とした。


「歩け!自力で!!俺様はお前のせいで疲れてんだよ!」

「ドナーだけずるい」

「13歳の小柄なガキと比べんな!」


 この怠惰なクソガキは細身ではあるが、17歳で平均身長があり、筋肉質なため普通に重い。

 落とされたままの格好で寝転がっているグルートを置いていこうとすると、羽織の裾を掴まれた。


「じゃあオレはこれでいいから」

「変わんねぇよ!!!!」

「やぁ、賑やかだねぇ」 


風呂場は医務室の近くにある。その医務室から、専属医を兼任しているおっさんーーボーデンが顔を出した。うるせぇって正直に言えや。


「おう、おっさん。いいとこに出てきた。こいつ風呂まで運んでくれ」

「お?ああ、ドナーか。疲れて寝ちゃったのかぁ」

「見えてねぇフリすんな。足元の方だよ」


グルートは器用なことに、またウトウトと地面で寝そうになっている。


 グルートとドナーは今回、確かに活躍した。

 囮になっていた村に現れたチョンチョンは、被害を最小限に退治できた。どうせ抑えられないグルートを特攻隊長に切り込ませ撹乱し、俺様の槍とドナーの斧でヤツの耳を切り落とす作戦だった。

 …が。ドナーのヤツが、その迫力に速攻で暴走し始めた。結果、やたら無駄に動き回るチョンチョンを相手に俺様一人で両耳を切り落として本体を落下させ、グルートとドナーが死ぬまで獲物で刻み続けるという残虐性の高い退治となった。村人には避難してもらっていたものの、見られていたらどちらが悪役か分かりゃしねぇ。

 しかも「切り足りない」とかほざき出したグルートが、案の定次の獲物を探し暴れ出したもんで、無事だったはずの村は、結果半壊。チョンチョンの被害のせいにして修繕申請は出しておいた。


 話を戻す。寝転がっていたグルートの横に、おっさんがしゃがみ込んだ。


「どこか怪我をしたのかなぁ?おにーさんが見てあげよう」

「…怪我してない」

「歩けないほどなんでしょう?なぁに、ほら遠慮なんてしなくていいさぁ」

「歩ける!」


 グルートがすくっと立つ。そういやこいつ、医務室嫌いだったな。昔このおっさんがシュトゥに頼まれてキツイ手当てしたんだったか…おかげで怪我をしないように気をつけるようにはなってくれたとか。


「グルート、ドナーも連れてって」

「あ?俺様も風呂行くわ」 

「フィンこそ、こっちでしょう?左脇腹、薬塗ろうね」


 くそ、バレてた。


 暴走したグルートは、やはり俺様ひとりで止めなきゃ行けなくなった。入れ替わったあとのドナーは「愉快だねぇ!もっともっと!!」と手を叩いて暴れ回るグルートの応援しかしなかったからだ。

 仕方ないので防切になっている羽織を信じた捨て身作戦をとった。一気に相手との間合いを詰めると、横から今回のグルートの相棒のフランベルジュが降り掛かってくる。敢えて脇を空けて身を盾にしてそれを受け止め、脇腹に刀を挟み、振れなくなったところで腹に一発思い切りヒザ蹴りをかました。骨は折れなかったもののグルートは蹲り、その間に首根っこを掴んで車まで引きずり込んだのだ。内側からも外側からも暗証番号がないと開かない特殊な車は、こういう時に使える。ちなみに暗証番号は運転するものにしか伝えられない。


「ほっときゃ治る」

「えー、痛みに慣れるのは良くないと思うねぇ」

「…チッ、風呂上がったら行くわ」

「はいよ、待ってるわぁ」


 ヒラヒラと手を振って、おっさんは医務室に引っ込んで行った。


「…ドナー」


 声に振り向けば、ドナーを受け取ろうとグルートが構えていた。両手を出しているが、どう受け取るつもりだろうか?

「いや、俺様も風呂行くから大丈夫」と返すと、何も言わずにスタスタと風呂場へ進んだ。


 風呂上がったら医務室行って、そのあと報告書出して…そういやコイツら抱えて出てきたから、車の荷物も下ろしに行かねぇと……


 ああ、もう…めんどくせぇなぁ……


「ん…、あれ、ふぃん?」

「お、起きたか」

「ここどこ?」と不安そうにしがみついて来たもんで、

「事務所」と答えると、安心したのかまただらりと力が抜けた。


「とりあえず小夜から風呂入れって言われたから、風呂向かってる」

「ぼく、歩いた方がいい?」

「もう風呂場の前だから、洗濯物をカゴに突っ込んでさっさと入れ」

「はい」


 下ろすなり、ドナーは素直に脱衣カゴの前に向かっていった。流石に肩凝ったなぁとか考えながら、俺様も風呂場へ向かった。

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