才能0努力0だけどダンジョン界隈最強です

@morukaaa37

プロローグ




 春になり、大学生になった。


 環境の変化とともに、気の合う友人との出会い。魅力的な異性との巡り合わせが訪れることを期待していた。


 しかし、待ち受けていたのは、高校の頃と何も変わらない孤独な生活だった。


 感情に起伏のない生活に、時々訪れる大学の課題をこなす日々。唯一、ネットで流れるドラマや好きなアイドルの出演した番組を見る時だけが生きがいだ。



 そして、大学に入学し数ヶ月経った。



 『あなたにも隠れた才能が??たくさんの仲間と一緒にダンジョンを探索しよう!!』


 いつものように、録画していたドラマを消化していた時だった。推していたアイドルが可愛らしい笑顔と共に化け物の首を切り落としている姿が映った。流れてきたCMに思わずスキップする手が止まる。


 自分の推していたアイドルが映っていたのもあるが、たくさんの仲間という言葉にも胸を打たれた。


 「これだ!俺が求めていたものは!!」


 二十歳手前で失いかけていた気力が戻って来るのを感じた。


 



 ♢♢



 


 「才能なしですね」


 「は?」


 書類を手に、スーツを着た男が事務的に話す。


 「ダンジョンで活躍する探索者の方々は何かしら特殊な才能、能力を持っていらっしゃるのですが。残念ながら、片川かたがわ様には見受けられませんでした。まあ、珍しいことではないですね。むしろ、才能のある志願者の方が少ないですので」


 探索者の志願者を面接するということで、俺は他の志願者と一緒にビルの応接間で数分待機させられた。


 そしてその後、順番に面接官に別室へと呼び出されていた。

 

 「まてよ!なんで俺に才能がないってわかるんだ!だだっ広い部屋に数分間立たされただけじゃないか!!」


 「ダンジョンの恩恵には"鑑定"というのもありまして、それで確認した者のステータスは把握できるんです。えーー、その結果を書面に表したのがこちらです」


 机に差し出された書類には、俺の顔写真と共に何やら数値とアルファベットが記されていた。いつの間に撮られたのだろう。


 「正直に申し上げますと、体力、魔力、忍耐力、俊敏性、それに、能力への適性、どれをとっても標準以下です。なにか秀でたものがあれば可能性はあったのですが」

 

 「なんだそれ。俺にはなんの才能もないってことか?」


 「はっきり申し上げますと、その通りです」


 一瞬で頭に血が昇るのが分かった。


 俺の右腕が面接官の胸ぐらを掴む。


 「バカにしやがって」


 「ふむ。やはり、忍耐力がないご様子で」


 怯むことない面接官に、更に怒りが込み上げて来る。


 「こんな面接受けてられるかよ!」


 乱暴に手を振り下ろし、俺は面接官のシャツから手を離すと、目を合わせないままその場から逃げだすしかなかった。





 ♢♢


 


 家を出た頃には赤かった空が、ビルを出ると暗く広がっている。


 都内のアパートまでは、電車で数十分の距離だが、とても大人しく座っている気分ではなかった。


 街灯の下、俺は早足でやりきれない気持ちを晴らすように歩く。人とすれ違うたび怪訝そうな目線を浴びるが気にする余裕はなかった。


 ビル街から離れるほど人気も少なくなっていく。それにつれて、頭の中で溜まっていたものが口から漏れ始めた。


 「ふざけんなよ。やっと、これだって思ったのに。少しくらい俺に都合のいいことがあってもいいだろ、、、」


 怒り気力もなくなると、次は涙が込み上げてきた。頭が冷静になればなるほどやりきれない気持ちが湧いて来る。


 ぶるっとズボンのポケットが震えた。


 力なくスマホを取り出して通知の来たページを開く。


 “人気アイドルグループ所属!!早川千歳はやかわちとせが熱愛発覚!?気になるお相手は??”


 気づいた時には、スマホをぶん投げていた。


 早川千歳は高校の時からの俺の推しだ。グループの練習生の頃から応援して俺が大学に入るタイミングでデビューした。年は俺より2コ下の17歳。こんなスキャンダルを起こすには早すぎる。


 鈍い足取りで路地裏に近づき、叩きつけられたスマホを手に取る。画面には悲惨なほどヒビが入り、液晶が所々ぼやけている。


 凹んだボタンを押すとぎこちなくホームが表示された。唐突ながらも、すでに驚きは冷めている。開き直りに近いものが俺の心を守っていた。


 ただ事実を確認するためにニュースのページを開く。


 “私服姿で男性と腕を組む早川さん。お相手はあの新人ハンター早乙女正人そおとめまさと。顔も隠さず堂々と都内デートか”


 親切にも複数の写真が貼られている。


 所々見えないが、写真にいる楽しそうに笑う女が自分の推しであることは十分理解できた。


 何故こんなにも世の中は理不尽なのだろう。


 虚脱感を抱えたままなんとかアパートに着き、ベットに崩れ落ちた時には、また得体の知れない苛立ちが込み上げてきた。


 片っ端から早川のグッズを引き裂きゴミ箱へと放り込む。途中までやっていた課題もぶん投げる。情緒など無くなっていた。


 「死んでやるくそが」


 また落ち着いた頃には、俺は意識を手放していた。


 



 ♢♢





 「い、いやだ!死にたくな」


 「誰か、助け、、て」


 「あぁぁぁぁぁ!食われた、、食われたくな──」


 なにやら悲鳴のような声が聞こえて目が覚めた。


 しかし、もう一度耳を覚ましても何も聞こえない。


 「夢か?」


 目を凝らして周りを見渡す。


 カーテンの隙間から月明かりが差し込んでいる。破り捨てたクソビッチのポスターが目に映った。


 綺麗に整った顔はビリビリに引き裂かれているのに、可愛らしく笑っているのがすぐに想像できた。


 「………何やってんだ俺」


 心臓が締め付けられる感覚。


 一度寝て、冷静になった。なってしまった。


 我ながら身勝手にも程がある。現実がうまくいかないからと、推しなんてものを作って寂しさを埋めていた。


 推しがいた生活は、起伏のない生活を送っていた俺には、久々に感情を取り戻してくれるものだった。勝手に近しい存在だと思っていた。


 危ない、、鬱すぎてヤバい奴になるところだっ────ん?

 

 でも、アイドルなんだから割とあっちも悪い気がする。てか、若干17歳で高収入イケメン年上ハンターを落とすのはかなりのやり手じゃね。


 「やっぱ、ビッチではあるのか」


 幻想が破られた。


 「…‥なんかもうどうでもいいな。寝よ」


 もぞもぞと布団に戻る。


 明日から新しい推しでも探そう。


 そう決めて、寝返りを打とうとした、その時だった。


 『動くな小僧。死ぬぞ』


 「え?」


 突然の声に固まった俺の枕横に、太い鞭のようなものが勢いよく突き刺さった。


 「え、え、ええ?」


 目の前で蠢く濁った肌色のようなそれは、生物的に脈打ちながらアテが外れたかのように急速に短くなり、玄関の方へ消えていった。


 もはや覚めきった脳が、警鐘を鳴らしている。


 『ほう。やっと聞こえる奴がいたか』


 「誰だおま、!てかこれ、、え、ちょっ、何から聞けばいいんだ俺は!」


 ベットから起き上がり、窓の方へ逃げる。


 玄関の方から異様な雰囲気が立ち込めていた。


 『待て小僧。そこにいろ。なに。悪いようにはしない』

 

 錆びついて動きにくい鍵を力に任せてこじ開けていると、低い声の主の鬼畜すぎる指示が脳に響く。


 「ヤバいよお前。化け物くるよ。戦前より無謀だよ。てか誰なんだよ。俺は逃げる。じゃーな」


 早口に捲し立てると、ロクな思い出のないアパートからおさらばする。しようとした。


 「ん?」


 目を凝らしてもう一度確かめる。


 「んんんんん??」


 アパートの外。街灯に照らされたアスファルトの道。いつも寂しく灰色に照らされている。そして、その両脇には住宅街が並んでいる。そのはずだ。


 周辺に広がっているのは、無惨に壊され瓦礫となった建物の残骸と巻き添えになり肉塊と変わり果てた近隣住民の姿。


 「なんでこんな局地的に………」


 なんでよりによって俺の近くに。


 どっからきたんだよ。まじで。最悪。


 殺すなら俺を巻き込むなよ。


 『悪態をついているとか悪いが、お前は死なない。安心しろ』


 「は?なんでお前に分かるんだよ。てかなんで心読めるんだよ。でなに?じゃあ、お前がさっきの触手を殺してくれるの?」


 『……くく。見当違いも甚だしいな』


 「あ?何言ってんの?てかさっきから誰なんだよお前。そろそろ顔見せろよ。1人だけ隠れてないで」


 姿を現して囮にでもなってくれないかと考えていた俺だったが、聞こえてきたのは予想外の返事だった。


 『お前の言っている触手は俺だ。阿呆が。』


 「………え?」


 『埒が開かんな。もういい。寝ていろ』


 

 扉から二つ目の穴が開く。


 触手が絡みつき、俺はその動きに気づくことすらなく意識を失った。

 

 

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