第29話 獣人族の村

ヴィド村。

獣人族の村で、ミッシェルの生まれ育った故郷。

ミッシェル=ヴィド=バスティという名のヴィドは、ここから来ているらしい。

佐藤が居た村を出て、しばらく歩いたり走ったり、時には飛んだり跳ねたりもしてしばらく移動した。

その度に俺はお荷物となり、長距離移動系の魔法も何か覚えておくんだったと後悔する。


「ようこそヴィド村へ。と言っても、出て行った身で言える立場じゃないけどな」


村の手前まで来て、ミッシェルは「にゃはは」と笑う。

軽く言っているようで、その表情には明らかに悲しさが混じっている。

俺はミッシェルの事を分かっているつもりになっていただけで、全然分かっていなかった。


「何があったんだ?」


だから、聞いてみることにした。

こういう事は言葉にしなければならない。

伝わらないんだ。

迷ったら、一度思い切ってしまうのもいい。


「些細なことだ。人に言うのも恥ずかしいくらいに」

「......」


どうすればいいか分からない。

ミッシェルは、表情や尻尾の動きによって感情はとても分かりやすい。

だが、その胸の内までは分からないのだ。

もっと踏み込んでも良いことなのか、それとも本当に言いたくない話なのか。


「......そうか」

「あぁ。そんな事より、問題は村へ入れるかどうかだ」


ミッシェルによると、その遺跡というのはヴィド村の縄張りにあるそうで、例えるなら私有地のようなものだ。

そしてミッシェルも移籍の詳しい場所を知らない。

勝手にこっそり入る事も出来ないのだ。

そんな訳で、どうしても村の人に案内してもらう必要がある。


「おい!門番はどこだ!!」


木でできた、大きな扉の前。

背の高い柵で囲まれた村は、立派な入口があった。しかし、人っ子一人見えない。

今日は留守だったりするのか?

そんなんで門番が勤まるのだろうか。


「名を名乗れ」


どこからとも無く声がした。

門番か......だが、どこにいるのか正確には分からない。


「チッ......ミッシェル=ヴィド=バスティだ」

「両親の名は?」

「あ?ウィルドとクリテラだ!」


しばらくの沈黙の後、巨大な門はゆっくりと音を立てて開いた。

自動ドアというわけでもないだろうに一体どうやって動かしているのかと疑問に思ったが、門の向こうに二人の獣人が居た。

獣のような......というか、獣で間違いは無いのだが、鋭く冷たい目つきでこちらを睨んで来る。


「行くぞ」


門番達を横目に、俺達はさっさと中へ入った。

門をくぐって少し歩くと、すぐに村が見えた。

森のすぐ近くにあり、土地も段差のせいで高低差がある土地となっている。

エルフ族は森そのものに住んでいるような感じだったが、こちらは森の近くに村を建てたといった様子だ。


「両親の名前が合言葉なのか?」

「知らね。いつの間にか変わっちまったのかもな」


ミッシェルの案内で......というか、早歩きでズカズカと歩いているだけだが、村の中を突き進む。

村人達は全員獣人族。獣の耳や尻尾は当たり前のように生えており、身体中に毛が生えていたりそんなに生えていなかったりと、案外個人によっての獣度はまちまちのようだ。

ミッシェルのように人型に耳や尻尾が生えただけや、顔が狼のようになっている獣人もいる。完全に四足歩行の獣人はまだ見たことないが、居るのだろうか。


「......」


明らかに歓迎されていないようだった。

村人達に冷たい視線だけを送られながら、俺達は村の真ん中を歩く。

いつもなら、勇者パーティーという噂を聞きつけただけでも大勢の人集りができる所だ。

こんな勇者丸出しの格好で、気付かれないわけが無いし、まさか勇者パーティーを知らないという事でもあるまい。

こんなに歓迎されてないのは久しぶりだ。


「ここは完全に獣人しかいない村だからな。今までの獣人は、他の種族と居ることが当たり前となった奴らだ。他種族に抵抗が無い。だが、ここの連中は人里離れて同種族のみで生活する。似ているとは言え人族であるお前らが珍しいんだ」


珍しいとか、それだけじゃない気がするが......。


「ここだ。少し待っていてくれ」


辿り着いたのは、随分奥の方に建てられているログハウス。

オシャレだ......家の周りにある丁寧に手入れされた植物を見ると、最近建ったもので無いことが分かる。

コンコン。

と、ミッシェルはドアを軽くノックした。


「はい」


中から優しい声がした。

ほんの少しだけ待って玄関のドアが開くと、目の前に立っていたミッシェルを見て固まった。


「あー、ただい─────


ガバッ、と抱き着かれるミッシェル。

いつになく焦っている様子だ。余裕があり、ヘラヘラしながらも頼りになるあのミッシェルが、どうすれば良いのか分からずにいる。

中々の見ものだ。


「おかえりなさい......ミッシェル」

「............ただいま、母さん」


強く、強く抱き締めていた。目には涙を浮かべ、心配や安心など様々な感情が窺える。

ミッシェルの母親......か。

とてもよく似ている。


「嘘みたい......まさかまた会えるだなんて......」

「そんな大袈裟な......ほら、中でゆっくり話させてくれ」

「ええ、そうね。後ろの方々は?もしかして、ミッシェルのお友達かしら」


お友達......一体いつから会っていないのか知らないが、まるで子供のように扱われるミッシェル。

違和感があるのが、逆に面白くなって来たな。


「あは、どうも。初めまして如月きさらぎ正志まさしです」


『勇者』の『ゆ』の字も出ない。

どういう事だ?この世界で勇者を知らない人なんか存在するのだろうか。

ずっと嬉しそうなお母様は、俺達を家へ上げてくれた。

ここがミッシェルの実家か......木の良い香りがする。エルフ族の村と違い、現代に近い造りになっている。

山荘みたいなイメージだろうか。

ミッシェルは、俺との出会いやこうなった経緯を軽く話した。


「中々、気持ちの整理がつかないし、頭も追いつかないわね......話を聞いても未だに信じられないわ。ミッシェルが帰って来てくれて、こんなにもお友達がいるなんて」


ミッシェルにとても似ているお母様は、俺達にお茶を出してくれた。ワイルドな獣人の見た目に合わない程お淑やかで、上品な人だ。

ミッシェルがどちらかと言えばオラオラ系というのもあり、更にそれは増している。


「とても助けられていますよ。特に俺は、ずっとミッシェルに頼ってしまってばかりで」


本当の事だ。

本当によくお世話になっている。ミッシェルがいなかったら、俺はここに居ない。

感謝してもし切れないほど、助けられているのだ。


「我々もです。人族にはここまで動ける人が居ませんから、とても頼りにしています」


ミッシェルのお母様は、いつでもミッシェルが帰って来れるようにずっと頼んでいたらしい。

門で、自分の名前と両親の名前を言えばどんな姿形であろうと中へ入れると。

それが厳重そうな警備に反して簡単に入れてくれた理由だ。


「それは、とても嬉しいですね。ずっと心配でしたので」

「その、ごめん......急に出て行ったりして......」


ミッシェルは改めてお母様に謝った。

頭を下げ、心からの謝罪を表明する。

しかしお母様は首を横に振り、「謝らないで。悪いのは私」だと言う。

一体何があったのだろう。


「何があったのか、良かったら教えてくれないですか」


ナイス如月!

流石は勇者だ。聞にくい事もやりにくい事も、全部引き受けてくれる。

勇気ある奴だ。

ミッシェルは母親の顔を見て、すぐに俺達の方を向いた。

真剣な表情で、ミッシェルらしくもない暗いトーンで話し始める。


「......ここヴィド村は閉鎖された村で、ほとんどの村人がここだけで一生を過ごす。それが常識であり、誰もその常識から逸脱することは無かった」


大きな村だ。

この中で自給自足の生活ぐらい、そう難しくは無いだろう。そうなれば、村から出ないことだって有り得る話か。

外の世界は怖い。

魔王や魔物が支配する世界より、この安全地帯で暮らそう。

そんなイメージだろう。

だから、勇者のことも知らなかったのか。

伝説の存在として話だけはあるらしいが、今の勇者や魔王が倒された事すら知らないようだった。

田舎......というより、引きこもりの方が近いかもしれない。


「そんな場所に産まれた私は、子供の頃から最強だった」


最強......文字通り、最も強いという事だ。

ミッシェルの戦闘センスは、幼い頃からのものだった。


「私には、それが退屈だった。手応えの無い相手、やる気の無い戦闘......十歳になる頃には大人ですら私に適う奴が居なくなった」


そんなに強かったのか。

人族よりも身体能力の優れた獣人族。

その中でも特段優れているミッシェル。

フィジカルだけで言えば、勇者パーティーにも匹敵するのでは無いだろうか。


「十四歳になる頃に私は、自分より強いやつを求めて村から抜け出した。丁度外の世界に興味を持っていたし、出て行かない理由の方が無いくらいだった」


だが......と、ミッシェルは続ける。


「村の外は知らないことだらけだった。獣人族はあまり使うことのない魔法や道具が溢れていて、身体能力だけではどうしようも無いような状況がいくつもあった。そしてすぐに私はボロボロになり、どうしようも無くなった」


その後の事は、前に少しだけ聞いたことがある。

ミッシェルにとって、人生の転機と言える程の大きな出来事。


「そこで拾われた。王国騎士団団長、ライオネル=アルジェントに」


ライオネル=アルジェント。

その名前くらいは、どこかで耳にした事がある。

王国騎士団の団長であり、そのエリート集団の中でもトップに君臨する実力者。勇者を除けば、最強と謳われる程の人物。

それがライオネルだ。


「それで王国騎士に......?」

「そうだ。団長には沢山の事を教えて貰った。闘い方や魔物の倒し方、この世界の生き方を教えて貰った。私の命の恩人だ」

「そうか......会ってみたかったな」


ライオネル=アルジェントは、魔王軍の襲撃により命を落としてしまっている。

俺がこの世界に召喚された頃には、もう亡くなっていた。

ミッシェルを育てた人。会ってみたかったものだ。


「結果的には良い方向へと進めたと思う。けど、村を出て行くのに母さんには酷い事を言ってしまった。ごめん」

「良いのよ......あなたが無事なら。私こそ、あなたが苦しんでいる事に気付けなくてごめんなさい」


二人はお互いに謝り合った。

親か......ミッシェルは、とても良い母親を持ったものだ。

俺の親はどうしているだろうか......。

いや、自分の事はどうでも良い。

そんな事、考えるだけ無駄だ。


「仲直り出来たようで何よりです。それで、我々がここへ来た理由はもう一つあるのですが」

「遺跡へ案内して欲しい」


ミッシェルが割り込んで言った。

ミッシェルのお母様に、事の経緯を軽く説明する。

パーンヴィヴリオについてと、その鍵の事だ。

パーンヴィヴリオに入るには特殊な鍵が必要で、その鍵は遺跡の奥に封印されているらしい。

その遺跡というのがどこの事なのか分からないが、この村の近くには遺跡がいくつもあると聞いた。

全てを調べる事は出来ないが、何か少しでも情報があればと。


「鍵の話なら知っていますよ」

「そうですよね......やっぱり後日──────え?」


何だって?


「ここからはそんなに遠くない場所にある遺跡ですが──────」

「すみません、鍵の場所を知ってるのですか......?」

「はい......?お探しの物かどうかは分かりませんが、『塔の鍵を守護』している遺跡というのを聞いた事があります」


塔の鍵を守護する場所......塔というのが何なのかが問題だ。パーンヴィヴリオは『魔法の大図書館』と言われていた存在だ。

確かに、実際に見ると塔のように縦長で円柱だったが......実際に塔として扱われているのかは謎だ。

まだパーンヴィヴリオの鍵だと確定した訳では無いが、とても有益な情報だ。


「ありがとうございます。一番欲しい情報が一気に手に入りました」

「いえいえ、お役に立てたのであれば良かったです。はるか昔からある遺跡で、一番奥には鍵を守る番人が居ると......どれぐらい前の話かは分かりませんが、おそらくは亡くなってしまっているとは思いますが」

まさか、こんなあっさりと見つかってしまうだなんて。

全ての遺跡を回る覚悟でいたものだから、驚く程手間が省けた。

しかし、どちらにしろ遺跡に行くのは後回しだな。

はるか昔から存在する遺跡。

一体いつから、誰が鍵を守っていたのか。

ひとつ安心出来そうなのは、話を聞く限りサナティオもまだここまでは来ていないようだ。

意外だな......ガイレアス教は俺達を待って、罠でも仕掛けているのか?


「早速行こうか」


如月が言った。

何だ?まだこの村に着いたばかりだと言うのに、もう移動するのか。

いや、まさか。


「行くって、その遺跡にか?」

「そう。今すぐに」


急にどうしたと言うのだろう。

今すぐにだって?そんな事無理だ。どう考えてもガイレアス教を止めることが最優先だし、急いで遺跡へ行く理由もない。

そりゃあ一刻も早くサナティオの正体を突き止めて、中毒を止めるのも大事だ。

しかし、根源を絶たねば意味が無い。


「今すぐである必要は無いだろ。ガイレアス教がどこにいるのかも分から無いし、本当に鍵があるのかすらも分からないんだ」

「だからこそだ。もし本当に鍵が遺跡にあるのなら、絶対に先に回収しておきたい。もし遺跡の事を知られれば、破壊される可能性が高い。ガイレアス教は、今でこそ前より減ってはいるが人数が多い。俺達が闘っている最中に別働隊にでも破壊されれば終わりだ」


......その可能性は否定出来ないな。

サナティオの中毒を解決するにはサナティオを知る必要がある。その答えがあるかもしれないパーンヴィヴリオに、入る為の鍵。

ガイレアス教は卑劣な奴らだ。例え俺達が闘いに勝ったとしても、サナティオの件が解決しなければ意味が無い。


「......分かった。すぐに行ってすぐに帰って来る。全員で行けば、遺跡くらいヌルゲーだろ」

「遺跡の詳細をお願いします」

「はい。それで......鍵の話がある遺跡は三つ程ありまして......」

「三つ!?」


ミッシェルの方を見たが、「自分は何も知らない」と顰めた顔で首を横に振った。

なるほど、そう来たか。

まぁ確かに、始めから一つだなんて誰も言っていないな。

三つか......結構時間がかかりそうだ。

遺跡というのは、ゲームで言う所のダンジョンのようなものだと聞く。

複数を連続で行くのは、流石に厳しいだろう。


「三つに別れよう。俺と豪一、美月とミッシェル、野乃と明来君だ」

「はァ!?」


俺が言う前に、小森さんから大きな声が出て来た。

口を開けば文句を言う人だ。今回も例に漏れず、文句が出る。

しかし、その対象が俺となると少し違う。

予想はしていたものの、やはり実際に言われてしまうと傷付くものだ。


「なんで私がこんな奴と!」

「まぁ落ち着いてくれ野乃。君の召喚魔法と、回復魔法の使い手である明来君は相性が良い。きっと闘いやすくなるはずだよ」

「そういう事じゃなくて!」


小森さんの不満が溢れ出す。

相当嫌だったのだろう。当の本人である俺の事など、お構い無しに悪口を言う。

......俺は泣いてしまいそうだ。

しばらく大声で抗議をしていると、疲れたのか一旦大人しくなった。

その隙に如月は「それじゃあよろしくね」とだけ残し、どこかへ行ってしまった。

如月にしては随分と強引だな。

そこまでして俺と小森さんをくっ付けたい理由でもあるのだろうか。


「......ふん」


諦めてくれた......のか?

そもそもの話、なぜ俺がこんなにも小森さんに嫌われているのかという所から入ろう。

難しい話ではない。高津と同じ、俺の実力が無いせいで迷惑をかけてしまったからだ。

それ以外の理由もあるかもしれないが、俺には分からない。


「えと......まぁその......よろしく」

「足引っ張ったら殺すわよ」


物騒だ。

だが一応、一緒には行ってくれるらしい。

何だかんだで優しい奴ではある。

実力は間違いなく最強格だし、召喚した魔物によっては如月を抜いたら本当に一番強いんじゃないのか?

何にせよ、これから大変なのはまず間違いないな。

遺跡......そもそも、たった二人で攻略出来るようなものなのだろうか。

心配事だからけだが、前へ進むしかない。

遺跡に鍵がある事だけを祈ろう。

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