第33話 これで最後だ
◇◇◇◇◇
――高級酒場「夜蝶」
「勇者を殺しに行ったら、聖女を殺したほうが魔王は喜ぶし、自分が統治する庭も貰える……? そう言って命乞いされたって……?」
「はい……」
「もしかして、コイツはかなりバカなのか?」
「……はい」
「はぁ〜……」
オーウェンからの報告に嘘はないだろう。
マリューが眷属にしたのだから当然と言えば当然だが……。
「す、すんませんっす……。あんた様のような王がいるって知らなかったっす……」
オーグはガクガクと震えてこの有様だ。
かなり勘違いしているようだが、まあこんな事はどうでもいい。
これより厄介なのはハイルの“暴走”だ。
「で、宮廷魔術師のマーリンを弟子にして掌握したってのは? ハイル……。お前、第三王子と一緒じゃなかったのか?」
「……はい。流石は先生です。アルバートかミーガンを“器”にしようと力を見せたのですが、どうも心許なく……、やはり世界的にみても名を馳せているマーリンが、“隠れ蓑”には最善と判断致しました」
「……」
(……隠れ蓑なんかいらないんだが?)
「大陸全土の盤上にすると、この王国の位置にマーリンに配置するのも悪手ではないですよね?」
ハイルは不安気に俺の顔色をうかがう。
「……えっ、まぁ……」
正直……、悪くないどころか、俺でもそうする。
ここはマーリンを表に立て、その求心力とカリスマ性を最大限利用しつつ、他国への圧力をかける。
国民たちには、善良な改革による幸福感をたっぷりと味わって貰えば、神格化すらしてしまう一手。
2年もすれば、強くて自由な国の形が整うだろう。
おそらく、ハイル的にはマーリンにも「使用人」の立ち位置に置く事で自由に動かせる駒にしたかったのだろうが、亜種王子やミーガン公では少し頼りない。
チマチマと政権奪取を狙うような胆力では、王国を一まとめにするのに10年。マーリンがつきっきりで補佐しても7年程度。
だからこそ、今回の騒動が自作自演であった方がまだ有能だった。上手く根回しをしておけば、それと同時に腐敗した貴族共も一新することもできただろうしな……。
ミーガン公に至っては論外だ。
“調整役”と言えば聞こえはいいが、この王国は丸ごと変えなければ意味がない。
これまで、より良い国にするよう尽力していたのは認めるが、根本的な“改善ができる位置”に座りながら何もしなかった事は、自分が無能だと認めているようなものなのだ。
……にしても……はぁ〜……。
マーリン・ノッド・ベアベル。
この世界的に有名な名前の価値を最大限に利用する作戦とは……。確かに、大陸を呑み込むのに最善の一手なのだ。
……で、話を戻す……というより、声を大にして言いたいが……。
『なんで大陸全土を盤上にしてんの?』
……こんなバカな話があるか?
勇者に至っては、まあ人となりは理解できる情報だ。エリスがあそこまで素顔を隠す理由も少し納得だし、これからの旅が憂鬱になるには充分な話だった。
それだけに対策や用意ができるのは救いだし、四天王の1人であるアーグを眷属にしたのも大きい……。
快適な旅を送る上で、まあ上々の結果だ。
いや、問題はそっちじゃない。
うん。問題はこっちじゃないんだ。
コイツら、何事もないように話しているが、コイツらの話を要約すると、『この王国を取り終わりました』って事だよな……?
「はぁー……」
もう本当に頭が痛くなる。
「……せ、先生? 悪手でしたか……?」
ハイルは座っている俺の足元に膝をついて、眼鏡の隙間から上目遣い。俺はこの顔に弱い……。今にも泣き出しそうで、叱られる事を恐れているハイルに弱いのだ。
この顔を前にしては何も言えない。
ハイルは良かれと思って最善手を打ったのだ。全てはハイルより立場が上のオーウェン……。そのオーウェンの暴走を放置し続けた俺の責任……。
……で、でも、俺はもうお前たちの“ご主人様”じゃないんだぞ? お前らは俺の『元』使用人なんだぞ……?
こんな言い訳が意味を持たないのはもう知っている。
ハイルはかなり深くまで関わってしまった。
マーリンの助手という名の黒幕。
離脱させれば、「魔法の申し子」が発狂するのは目に見えている。
もう手遅れだ。なにもかも。
まさか、もう王国を落としてるなんて思わないだろ。
もう来るところまで来てしまっているんだ。
――ハイル。俺がお前に『生き方』を教えてやる。
そう言って、“死を願うハイル”を育てたのは俺だ。変な話、俺より2つ年上だが、なんだか娘のようにも思っている。
童顔なのでそれも理由の一つ……って、そうじゃなく、娘のように甘やかしてきたハイルにここまで来てなんて言えばいいんだよ……。
ポンッ……
俺はハイルの頭に手を乗せた。
「最善手だ。ハイル……本当に成長したな」
ハイルはパーッと笑顔を浮かべたが、すぐに唇を噛み締め、嬉しさを噛み殺した。
俺がポーカーフェイスを仕込んだからなのだろうが、この隠しきれてない感……。うん。可愛い……。
……だ、だって、褒めてやるしかないだろ!
どうしろって言うんだ?
勝手な事しやがって!ってブチギレるのか?
そんなの無理に決まってんだろ。
あぁ、くそっ。厄介この上ない!!
もう無理だ。逃げられない。
この王国を見捨てる事はできなくなった!
元主(もとあるじ)として、育てた師として、最後まで責任は取らないといけないのも理解はした。
だが、これ以上の厄介事は受け付けない。
これが最後だ。もう本当にこれ以上は面倒見ない!
「……サ、サーシャ。ハイルの補佐を。どうせ情報を握りまくっているんだろ? しっかり擦り合わせろ。王国全土の使用人たちにも通達して、後ろ盾を。王国内で即座に“間引き”を開始……。法に関しては強姦罪は重刑に。あとは好きにしろ……」
俺は仕方がなしに指揮を執る。
大陸に手を広げないよう、使用人たちをこの王国に引き留めさせるくらいしかできないが……。
「ヴァルカンはハイルの護衛を……。サーシャとの連携も確認しておけ。マーリンが暴走したらいつ屠ってもいいように手を回しておくんだ。他国に関しては動かなくていい。いや、動くな。まずは地盤を強固にしろ! マーリンの名を使えば下手に動くようなバカはいない……」
これで最後だ。
これが、最後の命令だ。
「そして……、この王国を一生、大切にするんだ。くれぐれも領土を広げようなどと欲を掻くな」
「「「「……」」」」
「お前たちが、この王国で幸せに暮らしてくれたら俺から言う事は一つもない。俺のことはもう気にするな……。“俺のため”を考える必要はない……、これからは自分の人生を生きろ……」
俺が言い終わると、この場の者たちはキョトンとした。さっきまで指示を飛ばしまくって、解雇宣言したようなものだ。
「ん?」となるのはわかる。
うん。わかるよ? そんな顔になるよな。
でも、もうこれ以上はいいから!
マジでこれ以上は手に余るからっ!
俺の本音の中の本音だからっ!!
俺は元使用人たちが仲良く支え合い、ちゃんと幸せになってくれれば、マジでそれだけでいいから!!
「「「「…………」」」」
4人の使用人たちは目をパチパチとさせている。
かなり気まずい雰囲気に、俺はスクッと立ち上がりアーグの前にしゃがみ込んで視線を合わせる。
「マリューに尽くせ。マリューを第一に考えろ。忘れるな。お前がどこでどんなやり方で《隷属》を解いたとしても、マリューの心や身体を傷つけたら、いつでも俺はお前を屠りに行くからな?」
「……は、はは、はぃっす……」
俺はクルンッと指を回してアーグの胸に魔法陣を貼り付ける。なんて事はない。これはただの脅しだ。
俺の魔力を少しマーキングして、どこにいても探し出せるようにしただけ……。
そんな事より、もう宴会どころではなくなっただろうな……。さっさと約束を果たして逃げるしかない。
俺がレイラを回収しようとキッチンに向かおうとすれば、
「うぐっ……!!」
おっさんの嗚咽が鼓膜に届く。
恐る恐る振り返れば、号泣しているジジイと目が合った。
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