第5話 「全てを秘匿する」




   ◇◇◇◇◇



 ――辺境都市「アクアンガルド」




「うううっ、アルト様ぁあ……」



 初老のジイさんの号泣なんてただ気味が悪いだけだ。


 俺はフードをかぶって顔を隠しながらも、俺の右後ろから服の裾をちょこんと握っているオーウェンに、言いようのない恐怖を感じている。



「……もう離しません」



 これまたフードを被って顔を隠しながらも、俺の左後ろから服の裾をちょこんと握っているレイラに頭を抱えたくなってしまっている。



 俺は今、左右の後方から服の裾を掴まれながら、街を歩いているのだ。視線誘導(ミスディレクション)なんて見る影もなく、おかしな集団の出来上がりだ。



 厄介この上ない……。



 本来であれば、冒険者登録を済ませ、もう森に入って薬草採取プラス、既存のモブ冒険者たちと2、3言葉を交わしているはずなのに、相変わらずコイツらは想像の斜め上を行く。


 唯一、評価できるのは顔を隠している事くらいだ。俺は常に3択を用意するタイプだが、「帰らせる」選択肢以外は受け付けていない。


 オーウェンには、再就職先に苦労するはずないから「好きにしろ」と手紙を残した。レイラには俺が信用できる“アーグリッド伯爵家”に話を通して養女となる事で無限の選択肢を用意した。



 はずなのに……。

 なんでこうなる……?


 本当に厄介この上ない。

 


「とりあえず、2人とも服の裾を離せ」


「アルト様はこうでもしないとすぐに姿を消してしまうでしょう?」


「……も、もう逃げないから離せ、オーウェン」


 言いたい事は山ほどあるが、この状況は嫌でも目立つ。


「絶対の絶対ですか……? 私はもうアルト様に置いていかれるなんて耐えられませんよ?」


「俺はお前の恋人か……」


「……? それはもちろん違いますが?」


 オーウェンの言葉に頭痛が増す。


 仕事ではかなり有能のくせに……。

 マジで何言ってんだ、このジジイ。


 これから俺は『冒険者A』になるんだよ。


 俺はチラリと左後方に視線を配り、レイラに丸投げをする事に決めた。


「……おい。レイラ、なんとか言ってやってくれ」


 レイラはちょこんと掴んでいる裾をギュッと握り直すと、オーウェンへと視線を向けた。


 俺から意識を逸らす事に危機感を覚えたのか……。

 なかなかどうして、コイツは俺をよくわかってる。


 チャンスがあれば逃げだそうとしていただけに、俺は更に苦笑を深めた。



「……オーウェン、気持ち悪い。ご主人様に触らないで欲しい」


「なっ、レイラリーゼ! き、貴様こそアルト様に発信機をつけるなどメイドとして、」


「こうしてご主人様を見つけられたのは誰のおかげ?」


「……わ、私も数日あれば見つけられたのだ」


「どうかな? ご主人様の部屋にはアクアンガルドに関しての資料なんてなかったよ? ご主人様がアクアンガルドについて調べてたのは3年と246日前。その資料も焼却処分してるし、ご主人様の頭の中にしかない……。つまりオーウェンがご主人様を見つけるのは年単位の時間がかかるって事……」


「ア、アルト様であれば武勇を示した噂や、領地改革が目覚ましい都市に的を絞ればすぐに」


「ご主人様が裏から動けば、まず表には出てこない」


「私の人脈をフル活用すれば、」


「オーウェン……。『死んだはずのアルト・エン・カーティスト』の所在を探っているとバラすなんてバカな事しないよね?」



 レイラは恐ろしく冷たい瞳でオーウェンを見つめる。


(お、お前、もう怖いんだよ。なんで俺以外には無表情なんだよ。ってか、その前!! 発信機? 完璧にイカれてるじゃないか……)



 俺は前を歩きながら横目で2人の表情を観察する事にした。何かここに来たヒントを得る時間にすると決めたのだ。


 とはいえ、もう頭の痛い俺は大きくため息を吐く。まあ、2人がそんな俺を気遣って会話を止めることがないのも知っている。



「バラすはずがないだろう? “作物回復薬(グリーンポーション)”や“不審な落雷”を調査すれば自ずと……。それに、」


「ご主人様の開発した作物回復薬(グリーンポーション)でも、その開発元とされているのは“グリーディア商会”。違う土地で使用が確認されればすぐにわかるだろうけど……、アクアンガルドのような優良領地……。貧困はあれど努力次第で抜け出せる環境にある人たちに、ご主人様は手を伸ばさない」


(いやいや、もっと根本的な話だぞ? 確かに俺はそんな事しない……というより、“俺のため”にならないなら別に誰も助けないぞ……?)


「……」


(オーウェンも何を黙ってんだ? 神妙な顔するなよ)


「“不審な落雷”? ご主人様がアクアンガルドに合わせて同時期に調べていたのは冒険者について……。ご主人様が【黒雷】を人前で使うと思う?」


(で、なんでお前はそんなに俺の理解者ぶっている? まあ、多少は当たってるけど……)


「……さっきから何を言っている、レイラリーゼ……。再集結と共に国盗(くにと)りを始められるように、“我々”を方々に放ったのだぞ?」


(いや、お前が何言ってる?)


「……何、言ってるの?」


(よく言った、レイラ……)


「はぁ〜……アルト様が用意された、他の者の再就職先を見たか?」 


「……見てない。ご主人様以外興味ないから」


「まったく……。我々が成り上がり、先々で信用を得れば、もうすでに“チェック”できる盤上であっただろう?」


(……はっ?)


 オーウェンの言葉に、俺は超速で他の使用人たちの再就職先と場所を脳から引っ張り出して戦慄した。



(……マ、マジかよ)


 確かにオーウェンの言う通りだ。

 もう王国に手は残らない……。残らないどころか、この盤上は王国だけでなく、周辺諸国への助力も利益も得られる……。


 この手は、世界最大の『アレクセン帝国』にも楔(くさび)を打つものだ。


 タラッ……


 思わず冷や汗が伝った。


 オーウェンはただのジジイじゃない。ただのジジイじゃないから利用させて貰ってたんだ。


 コイツは俺の使用人たちのまとめ役……。

 つまりは他のヤツらも、『そう』だと解釈して再就職したって事か……? いや、そうだ。そうに決まってる。



 アイツら全員、俺を盲信してるイタいヤツらだ!



 これは紛れもなく偶然の産物……。

 だが、なるべくして成っている。


 ……今の王国はクソだ。いや、王家がクソだ。


 だが、善良で優秀な貴族も少なからずいる。

 アイツらが幸せになれる再就職先には、“そういう場所”をあてがったし、俺の人脈は“そういう所にしかない”。


 “成り上がり”が使用人たちの目的となれば、周辺の悪徳貴族を嵌め、潰し、吸収させるのが最短の近道になっていく。


 優良貴族は益々力を蓄え、その中核に『俺の使用人』たちが……?


 こ、これは……俺のミスだ。まさかオーウェンがここまで頭がイカれて……、いや、やっぱりアイツら全員イカれてるんだ!!



(あぁ〜……クソッ……)



 もう本当に頭が痛い。

 この盤上を作り出してしまう可能性があるという事は、オーウェンは手元に置いておくしかない。下手に突き放して勝手に暴走されたらたまったものじゃない……。



 俺がフルで頭を回転させていても、レイラとオーウェンは俺の機微になど気を遣わない。これが俺の平常運転だから……だ。


 この作業から抜け出せたはずなのに……、ああ、もお!


 心で悪態を吐く俺など気にも止めず、レイラは「ふっ」と小馬鹿にしたようにオーウェンを笑い、言葉を続ける。

 


「仮に……万が一そうだったとしても、なんでアクアンガルドに辿り着けるの?」


「アルト様の居場所も考えようによっては、簡単なものだ……。逆算して、足りない一手を打てる土地。つまり、新興国の首都の建設……。現状、優秀で善政を敷く辺境伯や伯爵位以上の貴族を懐柔するのがもっともリスクが少なくリターンが大きい……」


「……」


「中央都市“キュッゾリア、南の“オキシエンドル”。最西の“ウェスティリン”、最東の“イーステン”、最北の、」


「何が言いたいの?」


「“アクアンガルド”……。貿易都市にして世界の中心であるここも候補地であり、いざ足を踏み入れてわかる天然要塞……。流石はアルト様だ……。私もいつかはここに辿りついていた」


「……じゃあ、それらの都市の捜索……じゃなくて、“それらの都市にいるご主人様を見つける”って捜索の時間を考えれば、最低でも3年はかかったって事だよね?」


「ぐっ、…………か、感謝する。レイラリーゼ」



 オーウェンはレイラに頭を下げ、レイラは「分かればいいの」なんて無表情でマウントをとっている。


 どうやら、軍配はレイラに上がったらしい……って、ふざけているのか、まったく……。



「……オーウェン。俺はそんな事をするつもりは一切ない。王国に反旗を翻すなんて……」



 俺はここで言葉を止める。


 “内乱で疲弊しても他国に飲み込まれる”?

 “俺は『冒険者A』を目指しているんだ”?

 “もう俺に構うな。1人にしてくれ”?


 咄嗟に出た3択がなんの意味も持たないどころか逆効果にしかならないとわかってしまったからだ。


 使用人たちを配置した盤上は完璧すぎる。

 内乱を起こす事で疲弊するどころか国力が上がる。


 冒険者Aを目指すと言ったところで、オーウェンなら他国への人脈作りに動くと勘ぐり、ある事ない事、事前に手を回してしまう。


 「1人にしてくれ」だなんて、言おうものなら他の使用人たちの出世の手伝いやサポートを行い“準備”を早める事に繋がりかねない。



 全てはオーウェンが俺という人間を過信しているから。


 やりすぎたんだ……。

 あのクソ親共の末路を見るためとはいえ、かなり裏で動いてしまったのが全ての元凶。いや、使えるヤツらを手元に置いて指揮したのが……。


 いや、そもそも、あのクズ共が母を“殺さなければ”……。


 全部、全部、アイツらのせいだ……。



「アルト様……?」



 オーウェンは小首を傾げて俺の様子をうかがってくる。コイツの首輪はしっかり繋いでおかないと後々めんどうになることは間違いないと理解してしまった。


 チラリとレイラを見やる。


 コイツが俺の言う事を聞いた試しがない。

 遠ざけようにもコイツこそが1番の地雷だ。


 レイラは1番近くで、これまでの俺の功績を見ている。

 


 ――アルト・エン・カーティストは生きてます。



 完璧な人生のお膳立てをしてやったのに、ここまで追いかけてくるような女だ。


 無理矢理にでも振り切れば、王宮や公爵家、いや、隣国の権力者などにも全てをぶちまけるような危うさがある……。



「……ふ、2人とも……、帰る気はないか?」


 俺は答えがわかっているのに問いかけた。


「帰る? ありえませんよ」

「……ご主人様は無理だとわかってるでしょう?」


「本当に……。どうしても帰らないか?」


「“好きにしろ”……と……。私はこちらのアルト様の命令を聞きます」

「……レイラはご主人様の専属メイド。一生変わらないし、お側を離れません……」


 なんでこう頑固なんだ。

 もう頭が痛くて仕方がない。


 俺は「はぁー……」と深くため息を吐き、言葉を絞り出す。



「全てを秘匿する……」


「「……?」」


「オーウェン……。お前はたった今から俺の祖父だ。レイラ……お前はたった今から俺の妹になれ……」



 冒険者Aを目指すため。

 もう2度と社交界に戻らないため。

 完璧な『平穏』を手に入れるため……。



 こんがらがった今の頭では、この選択肢しか思い浮かばなかった。


 もうなんでもいいよ……。

 突き放す方が圧倒的にリスクが大きい……。



「…………ワシは承知したぞい……“アルト”」

「…………お、“お兄ちゃん”……?」



 しばしの沈黙の後、オーウェンは朗らかな老人を演じ、今にも泣き出しそうな顔でポツリと呟いたレイラに不覚にもジィーンとしてしまう。



「……く、くれぐれも目立つなよ。あくまで、どこにでもいる平民の家庭らしく生活しろ」



 なんとか絞り出した言葉と共に、俺の服の裾がやっと解放される。



 あんなに輝いていたはずの街並みの中に、“偽装家族”が誕生してしまった……。



(ほ、本当にこれでよかったのか、俺!?)



 なんだか少し泣きたくなった。




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