15.馬車の中 リヒトside

 目の前にいる彼女は自分と話していたかと思うと緊張の糸が急に溶けたのか前に倒れるような形で眠りだした。


 慌てて彼女の身体を支え、向かい側に座っていた位置から彼女の隣へと腰をかけた。彼女を見ると既にすやすやと寝息を立てて寝ていた。とても穏やかそうな寝顔に初対面の相手にこんなに心を開いて大丈夫なのかと思ってしまった。


―実際は初対面ではないが彼女は覚えてないだろう


 眠る彼女の横顔を見ながらふと昔のことを思い出していた。穏やかで美しい金色の髪と透き通った瞳は時が経ったが変わっていない。彼女の髪が邪魔そうだったので思わず髪をふと彼女の耳にかけた。その瞬間、彼女が寝ながらも少しだけ微笑んだ。その様子に一瞬だけでも心が動いた自分が恥ずかしかった。


 穏やかに眠る彼女を横目に見ながらす先ほどアリス嬢達が襲われた経緯を考えていた。


 アリス嬢は婚約破棄をされたとしても聖女としての功績が大きいが、その反面で彼女を憎み命を狙う者が未だにいる。そして、今回は『あること』が気がかりで彼女に縁談を申し込み、ノースジブル領に来るように仕向けたのだが今回もそれが関係しているのだろうか。そうだとすればまたこちらも動かなければいけない。


 そんなことを考えていると彼女は穏やかな寝顔で自分の肩に頭を寄りかけてきた。


―なんて無防備なのだろう


 彼女の頭の中には自分の命が狙われているなんてことを微塵も考えていないだろう。だが、それでいいと思った。


「貴女は何も知らずに過ごして、私の元から離れればよいのです。」


 そう言葉をかけながら彼女を見つめても穏やかな寝息が返ってくるだけだった。それにしても先ほどアリス嬢に唐突に馬の話をしたのは無茶だったかと改めて反省した。


 今までの経験上、令嬢と話す機会もなく、ましてや一回りも年の離れた令嬢と話すことなどなかった自分は話の話題を探すのだけでこんなに苦労するとは自分に呆れてしまう。


 アリス嬢とは短い間だがこれから関わることも多い。話題は探しておかなければならないと痛感した。


 それにしても、令嬢で御者台に登り馬の手綱を引こうとするなんて彼女は淑やかな見かけによらず大胆な行動を起こすのだと感じたが、ふと昔に彼女と会ったときのことを思い出した。昔の彼女と今の彼女を重ねると何一つ変わっていないことに気づいた。


「いえ、そうでもありませんね。貴女は昔から可憐な姿とは反対に大胆でした。…次は私が貴女を助ける番です。」


 彼女に言葉を向けるが馬車の中には彼女の寝息が静かに聞こえるだけだった。






 

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