10.ノースジブル領への道

 私達はクロード様が用意した馬車に乗るべく屋敷の門へと向かった。既にクロード様達は準備を終えていて私達を待つばかりだった。


「アリス様、もうご準備はよろしいのですか?」

「ええ、お父様はお仕事で朝早くに出発されたので挨拶も不要でしたから」

「その代わりに昨日の夜はかなり話し込まれたのでは?」

「ええ、お父様もクロード様とヴェンガルデン公爵様に感謝の意を伝えるようにと仰っていました。」

「…ところでアリス様、唐突ですが昨夜はよく眠れましたか?」

「え?」


 クロード様の言葉にエマが一番驚いていた。


「お嬢様、また私が部屋に伺う前にご自身で化粧をしましたね?」

「エマ、ごめんなさい」


 まさかクロード様に気づかれてしまうとは。実は昨夜は考え後をしていてほとんど寝れていなかった。体調が悪い日や寝不足の日は侍女が来る前に化粧をして血色を誤魔化していることがあるのだが以前それがエマに見つかりひどく怒られたことがあった。


―一瞬で見て分かってしまうなんて思わなかった。


 前から思っていたがクロード様は掴めない人だ。少しふざけた所があると思ったら隙がなく自分の有利になるように話を進めるし、おそらくヴェンガルデン公爵様にとっても優秀な部下なのだろうと思った。


 エマに私が怒られているのを見てクロード様は笑い出した。


「失敬、アリス様も侍女に怒られることがあるのですね。」

「クロード様、笑わないで下さい」

「いえ、何だか拍子抜けしてしまいまして…それでしたら馬車の中で休まれてはいかがです?ノースジブル領まではかなりありますから」

「ありがとうございます。それにエマもそんなに怒らないでちょうだい」


 エマは少し考えたように周りを見るとクロード様に近づいた。


「クロード様」

「何でしょう?」

「不躾な質問で申し訳ないのですが、先ほどから気になっていました。…お嬢様が乗られるのはこちらの馬車ですか?」


 エマは馬車を指差した。私もつられて見ると公爵様が使わせた馬車にしては質素な馬車が見えた。質素ではあるが中の内装は乗り心地が良さそうで外観と内装が何だか合っていない。


「ええ、そうです。」

「失礼を承知で申し上げますがお嬢様はアンリゼット侯爵のご令嬢ですよ。それにしてはあまりにも質素ではありませんか?」

 

 エマはクロード様に詰め寄った。エマとしてはこの馬車がかなり貧相に見えたようだった。私としてはノースジブル領まで安全に行ければ馬車の質などどうでもいいのだけれどエマはそうではないらしい。


「申し訳ごさいません、エマ殿。私としても豪勢な馬車をご用意したかったのですが何かと理由がありまして…今回はこちらで貴女の主を送ることをお許し下さい」


 クロード様はまたあの素敵な笑顔で笑うとエマもたじろいでいた。


「理由とは?」

「それは今は申し上げることは出来ません。誰に聞かれているか分かりませんから。大変、心苦しいですがノースジブル領に着くまで我慢していただけないでしょうか?」


 クロード様はそう言ってエマの手を取るとエマも「分かりました」と引き下がった。


 私達は馬車に乗り込むとアンリゼット家の屋敷を後にした。暫くすると住み慣れた屋敷が遠くに見えた。


 一生離れる訳ではないのに暫く帰ってこないと思うと寂しく感じる。それと同時にノースジブル領への期待感を馳せると共に瞼を閉じた。


「…嬢様…お嬢様!アリスお嬢様!」

「エマ?」

「大変です!起きて下さい!」


 エマの焦りきった声と共に私が目を開けると信じられない状況が目の前にあった。


「え?…エマ!この馬車はどうなっているの?」


 私達の乗った馬車は前を走っているクロード様達の馬車から道を違えて深い森へと走っていた。

 


 


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