6.アリスの決意

 私は知らない間に寝てしまっていたが、侍女達に起こされ就寝の準備をしてからまた寝台へと戻った。


 そのはずなのに何故か眠ることができなくなっていた。


―こんな時は庭園に行こう。


そう思うと私はストールだけをかけて部屋の扉を開けた。


 夜の庭園の東屋はとても静かで心地がいい。本来なら侍女をつけないと怒られてしまうがこんな夜更けならさすがに誰にも見つからないだろう。


「綺麗な星」


 空を見上げるとたくさんの星が輝いていた。妃教育や聖女としての要請を受けて心が傷ついた時はいつもこうして夜空を見上げた。


―公爵様との縁談


 考えないようにしていたがふと頭の中をよぎる。噂だけで物事を判断してはいけないというが本音をいえば悪い噂のあるヴェンガルデン公爵家は怖い。


 そんなことを考えていた時だった。


「こんなお時間に一人とは不用心ではないですか?」

「クロード様!」

「そんなに慌てずとも大丈夫ですよ」


 私はふと自分の姿を見た。就寝用のネグリジェにストールをかけただけという貴族の女性としては恥ずかしい姿だった。


「こんな格好で申し訳ありません。…私はもう戻ります」

「いえ、アリス様が宜しければ少しお話ししませんか?」


「もちろんアリス様が侍女も付けずに夜更けに外に出ているということは内密にします」とクロード様は人差し指を口元に立てて微笑んだ。


 私はクロード様に促されるままに東屋のベンチに座った。


「アリス様はよく星を見に来られるのですか?」

「…ええ、考え事や悩み事があった日はよく来ています。」

「そうですか。私の主もよく夜に一人で夜空を見上げていることがあります。」

「え?ヴェンガルデン公爵様が?」

「ええ。そう思うと何か似ているところが惹かれたのかもしれないですね。」

「クロード様はなぜ公爵様が私に縁談を申し込んだのか知らないのですか?」

「ええ。知りません。ただアリス様がクリス殿下に婚約破棄をされたと知ったら私にアンリゼット家に手紙を送れといったり、終いには屋敷に向かえといったり…まあ、それくらいアリス様のことは考えているようですよ」

「はあ」


 私は恥ずかしさのあまり頬に熱がいくのが分かった。


「どうしてそれほどまでに私のことを考えて下さるのでしょう?」

「それは私にも分かりませんが気になるのであればお会いになられてはいかがでしょう?」

「え?」

「私と一緒にノースジブル領へ来られてはいかがです?」

「…そんな縁談のお話しもお返事をしてないのにそのようなことできません。」

「我が主も貴女様の気持ちを無視してまでこの話を進めたいわけでもありません。」

「ですがクロード様は今回の縁談の返事を急ぐために屋敷に来たのでは?」

「ああ…それは色々と事情がありましたので。しかし、決して縁談の返事の催促ではありません。いや、表向きはそうかもしれないですが…」


 クロード様は何故か視線を私から外しながら話を誤魔化していた。


「それ以上は私も詮索致しません。しかし先ほどのお言葉を聞けて少し安心しました。」

「さすがアリス様。お心遣い感謝いたします。」


 クロード様は先ほどの表情とは変わって美しい笑顔を浮かべていた。


「…お父様も私のことを一層気にかけているようで…その迷っているのです。とても有り難い縁談なことは確かなのですが」

「まあ都でヴェンガルデン公爵家といえば触れてはいけない話題ですからね」


「おっといけないそんなことを言ってはいけないですね」とクロード様はいたずらっ子のように笑っていた。


「アリス様もヴェンガルデン公爵家の噂は知っているのでしょう?」

「ええ」

「そうですか。アリス様、私は先人達の言葉の中に好きな言葉があります。」

「クロード様?」


 クロード様は私の方を見て笑うと静かに口を開いた。


「百の書物よりも己の目で感じろ」

「それは」

「そのままの意味です。噂や歴史書だけでは分かった気にはなりますが、真実は自分の目でのみ確認できるのです。」


 私はクロード様の言葉に深く耳を傾けていた。ノースジブル領のこともヴェンガルデン公爵のことも噂だけで知っていた気になっていたのかも知れない。そう思うと何も見ずに考えていたことが恥ずかしくなってきた。


「クロード様、私はノースジブル領に行って公爵様に会ってお話しをしたいです!」

「アリス様」


 クロード様は私の返事に答えるように少々考えこむような素振りを見せた。


「それでしたら私に考えがあります。明日、アンリゼット侯爵にお話しに伺いましょう。」


 クロード様はそう言うと私を部屋まで送って姿を後にした。私は先ほどの自分の発言に驚いていた。今までは聖女として求められてそれに相応しい行いを力を失った後でさえも続けていた。そう思えば自分の意志で何かしてみたいと感じたのは初めてだったのかもしれない。寝台に着くと眠気がやってきた。


―ヴェンガルデン公爵様、どんな方かしら?


 私はどんな方か考えながら眠りについた。

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