新たなる星詠みの巫女の誕生
第2話 束の間の平穏
私が生まれた村は、特にこれといった名産も名所もない辺境にある小さな村だった。
山のふもとに作られた村は後方に山へと続く道があり、前方には申し訳程度に整備された街道があるくらいのもので、来訪があるとするなら月に一、二回ほど、商隊が馬車に日用品などの荷物を積んで商いをしにやってくるくらいのもので、何か理由がなければわざわざこの村に立ち寄ることもない、そんな辺鄙なところだった。
辺鄙なところに人が多くいるはずもなく、ある程度大きくなると子供たちは皆、親の仕事や畑を手伝わせられていた。男なら朝早くから山に入り狩りや畑を耕し、女なら洗濯に畑仕事等、皆が役割を分担し生活していた。
山には普通のシカなどの動物もいれば、魔物と呼ばれる魔力を持った強力な存在も生息している。
魔物は一種につき一つ、固有の魔法を持っている。例えば誰もが知るゴブリンなどは身体強化(弱)、ファングボアは刺突耐性など様々な魔法を持った魔物が存在する。
尤も、ゴブリンみたいな精々五十~六十㎝程度の体躯の魔物の身体強化(弱)は微々たる強化しか見込めず、大人が落ち着いて対応すれば簡単に対処できる存在らしい。
だが彼らゴブリンもそのことは長い経験を経てわかってるので、その差を覆すために徒党を組む。「徒党を組んだゴブリンは普段の三倍は鬱陶しい」とは、以前父であるジニアに聞いたことだ。
その話を聞き、魔物に興味を持った私も森に連れてってほしいとごねたことがあるが、ジニアに軽くあしらわれ、渋々畑仕事を手伝っていた。
「ふぅーあっついなぁ。」
例にもれず親の畑の手伝いをさせられている私は、この日も小麦の収穫の最中だった。
夏のうだるような暑さに気がめいりそうになり、思わず太陽を睨んでしまう。だがこちらの気持ちなど知らないとばかりに照り付ける日光は、容赦なく私の目を蹂躙していく。早々にギブアップした私は、頬を伝い首に垂れてきた汗を強引に手で拭って農作業を再開した。
半刻ほど黙々と作業していたところで、母であるイザベラが遠くの方で私を呼ぶのが聞こえた。
万人受けするやわらかい表情で、長い黄色が強めな茶色をした髪は作業するのに邪魔なのか、後ろで一つにくくられていた。
「ラルーナァ!少し休憩しましょ!」
「やっとか。」私は小さい声でそう呟きながら土で汚れている衣服をぱんっぱんっと手で払いながら返事をし、イザベラの方に視線を向けると、イザベラの向こうに陽炎が立ち、揺蕩っていた。
ちらりと太陽に目を向ければ、ちょうど真上に差し掛かってきた所で、私はどうりで、と思った。
雲一つない晴天である。今夜は星がよく見えそうだ。ラルーナは心の中でそう思い自然と口角が上がっていくのがわかった。
村のシンボルとなっている大きな木の木陰で涼んでいると、不意に眼前に物が飛び出してきた。
「ラルーナ!飲むか?」
後ろの方で村の女性たちが集まり、「あらあら」とまるでからかうような視線を向けてきているのを毅然とした態度で無視し、水筒を渡してきたアルマに対して礼を言う。
「ありがとう!ちょうどのどが渇いていたとこだったの。」
アルマはまだ上手なかわし方を知らないみたいで、村の女性たちに向かって「いちいち小ばかにするんじゃねぇ!!」と吠えていた。
こういうのは反応するから面白がってつつかれるのである。無視しとくのが一番なのだ。
私には二人の幼馴染がいる。
一人がこのアルマ、勝気な性格の男の子で自分に自信満々、短慮なところが玉に瑕だが、根は優しいいいやつである。短髪に刈り上げられた頭髪は日を浴びて橙色に輝いている。アルマも森に行きたいと日々訴えているのだが父の許可が下りずいつも畑仕事を終わらせては木剣を振り回している。
もう一人が...
「でぇ~?正直なところアルマのことどう思ってるのよ!」
にやにやと嬉しそうに話しかけてきたこの子がもう一人の幼馴染のマリー。
幼馴染というより私たち二人にとってはもうお姉ちゃんという方が近い。
マリーは私たちの四つ上で十二歳だ。私とアルマが同い年で八歳。
遊びを教えてもらったのもマリーだし、何かあった時に一番に相談するのもマリーだ。
そんな頼れるお姉ちゃんがからかうように話しかけてきたのを、私はいやそうな顔をしながら、
「ちょっとマリーまで私をからかってぇー!何度も言ってるじゃない!私はそういうのに興味がないの!」
「相変わらずませてんねぇ、、まぁ知ってるけど!どうせラルーナは星と魔法のことしか頭にないんでしょ?」
「知ってるならいちいち言わないでよ。そうよ!今は星を見ることと魔法の勉強で頭がいっぱいなの。」
そう言って私は横に置いてある魔導書に手を伸ばした。
六歳の誕生日の頃に母に頼んで商人から買った古い魔導書を大事そうに撫でる。
買ってもらったはいいが文字も読めなかった最初は、母に毎晩字の勉強と一緒に読んでもらったものだ。
そんな懐かしいような気恥しいような感情を顔に浮かべながら、もう何度も読んだ端が皴になった頁を思い出しながらめくる。
「魔法は創造するものである。どんな事象が起こるか、それを頭で想像し創造するのだ。」
最初は意味の分からなかったその言葉も今では理解できる。
魔法は想像さえできれば誰でも使える。ただし自分の内にある魔力が伴わなければ発動できない。ただ発動しないだけならばいいが、自分の魔力を見誤ったまま大規模な魔法を発動しようとすれば、最悪の場合魔力が暴発し体の内側から爆発し死に至る。それに漠然と想像するだけでは魔法は発動できない。その魔法を発動し、その結果どういう風になるのか。その過程も想像しなければいけないので、魔法は誰でも使えるが厳密には誰でも使えるわけではないのだ。簡単な言葉でいうとするなら才能が必要なのである。
「好きねぇその本。買ってもらってからあなたがその本を離してるのみたことないわ。」
「だって大事な本なんだもん。マリーも魔法に興味あるんでしょ?マリーになら貸してあげてもいいよ、アルマはちょっと...嫌だけど。」
「あはは、、あいつはがさつだからねぇ。鍋敷きにでも使いそうで怖いよね!」
そう言って微妙な顔をしたマリーは、今度は困った顔をしながら続ける。
「魔法には興味あるけどあたしには使えないかなぁ、、前にイザベラおばさんにラルーナと一緒に修行つけてもらった時も、
生活魔法は扱える人間が多くいるが、魔法を使って戦える人間ともなるとその数はグッと減り、エルフ等、異種族を抜かすと人族の中では二割いればいい方なのである。
「
「あんたねぇ、、あたしと一緒に習い始めたのに横でいきなり
あきれ顔でマリーがつっこめば、私は苦笑いすることしかできなかった。
小さいころから物語を読むのが好きだった。これは父であるジニアの影響だろう。
父は昔冒険者だったらしく、あちこち旅をしながら母に出会い、結婚して私ができたことで冒険者を引退し、この村に住むことにしたらしい。そんな父だから昔はよくアルマと一緒に父の冒険した話を聞きながら、木の棒を振り回して遊んだものだ。その頃は夜寝る前に本の英雄譚を読んでもらうか父の冒険譚を聞いていた。いつも登場人物になりきって魔法や剣を振り回していた。
そのおかげかどうかは知らないが、私には魔法の才能があった。剣の才能はからっきしだったが。
当時は女の子らしくない趣味を持つ私に、両親は心配していたようだがあの時のおかげで今の私があると思うと当時の自分には感謝しかない。
そしてもう一つ、私の数少ない趣味は星を眺めること。これは母であるイザベラの影響。
母も昔から星を眺めるのが好きだったらしく、小さいころに一緒に眺めたあの何万ものきらきらと輝く天然の宝石に、私は簡単に魅了された。よく「あの星とこの星をつなぐと鳥に見えるね!」等と星遊びをしたものである。ある程度大きくなった今でも星に魅了されているのは変わらず、今も晴れている日は毎晩夜空を眺めては一人で星を繋いでいき星遊びをしているのだが、この歳でそんなことしているのが周りにばれるのは恥ずかしいのでそれは私だけの秘密なのだ。
思い出さなくてもいいことまで思い出してしまい、恥ずかしくなって一人で悶えていると、誰かが近づいてくるのが横目に入り、そちらに目を向けると、
「ラルーナ、マリーお昼にしましょ!」
母であるイザベラが優しい笑顔を浮かべながら呼びに来た。
ちょうどお腹が空いているところだったので本を閉じ、立ちあがろうと腹筋に力を入れるもずっと座っていたからか足がしびれて上手く立てず、木に勢いよく背中を預ける。
「あれ?あはは、、足がしびれて立てないや。」
「何やってんのよラルーナは全く。ほら、手を貸して!」
呆れた顔をしながら手を差し出してくるマリーに「だってぇ!」と恥ずかしがりながら抗議する。少し離れたところではイザベラも「まったくもう」と困った顔をしながら私たちを見ていた。いたたまれなくなって、さっさと立ち上がろうとマリーの差し出した手に手を伸ばそうとした瞬間。
ドォォォォォオオオオォォオオオォォン!!!
轟音。山が爆ぜた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます