透明と写真

あんちゅー

命とは

命の大きさを知りたかった。


彼はそれはとても大きいものだと言った。


少し待っていろと持ってきた一枚の写真。


それは大きな命を収めたものだと言う。


そこにはただ何の変哲もないない天井の模様が写るばかりだった。


他のものは無いのかと尋ねると、彼は得意げにそれらを机に広げた。


1枚1枚、画角も写っているものも全て違う。


どれも様々であるが、一様に命なんてものはひとつも見えなくてガッカリしたのを覚えている。


そんな彼から連絡があった。


もう1枚撮れそうだ、と。


僕が彼の家を訪ねれば彼はベッドの上で横になり、起き上がることなく出迎えた。


やぁ、いらっしゃい。


首だけを僕の方に向けて力なく微笑んだ。


彼は申し訳なさそうにしながら、もう多くの事が出来ないと言う。


最期に君に見せてあげるから、少しだけ待っていなさい。


そんな彼は横になりながら、骨ばった細っぽっちの両手でカメラを抱えていた。


彼はなんとかそのカメラを自分自身の目元へと持ってくると、私が言うタイミングでシャッターボタンを押してくれと言い、口をつぐんだ。


部屋は静かだった。


家の周りは何の変哲もない住宅街である。


平日の昼間はこんなにまで静かなのかと思った。


時間はゆっくりと流れていく。


僕は彼の傍で座りながら、部屋の中を眺めた。


何も無い部屋。


そこらに転がる石を磨いて磨いて、本当に最後に小さな何かが残ったとすれば、それは宝石なんかではなく、ただ小さくて名前も何も無いようなもので、この部屋はそういうものに似ている気がする。


子削ぎ落とした末に、何か残っているような、残っていないような。


ただ、その天井だけはどこか見覚えがあった。


どれくらい経っただろうか、うつろうつろとしかけていたその時に彼は今まで発したこともないような声で言った。


今だ。


僕は戸惑いながらも、画角に写りこまないようにしながら彼の持つカメラのシャッターを切る。


パシャリ


大きな音ともに部屋を一瞬だけ光が包む。


そして、彼は眠ったみたいに冷たく、動かなくなった。



彼には親族がおらず、僕はあのカメラとあの日彼の枕元に置かれていた、いつだったか彼が自信満々に僕に見せた写真だけを貰う事にした。


その天井ばかりが写る写真と、彼のカメラから現像したあの日の写真を並べればそれが同じ所で撮ったものだということがわかった。


けれど未だに僕にはこれが天井以上のものを写しているようには見えなかった。


大人になり、歳を取り、そうすれば見えていないものが見えてくるのだろうか。


僕は今、彼のカメラを持って写真を取り続けている。


時折、あの2枚の写真を取りだして眺めてみては、その意味を見つけるために。




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透明と写真 あんちゅー @hisack

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