第255話 ゼルデリア料理店 前編
ソフィアから料理店の不振について相談を受けてから1週間が経ったある日。
俺は音羽たち文献調査組を連れてゼルデリア料理店に向かっていた。
季節は夏真っ盛り。
燃え盛るような太陽の日差しが照り付ける中、それでも執事服の俺は手でパタパタと顔を仰ぎながら音羽達を先導していた。
「ねえ、本当にお代はいいの?」
「あぁ、今日は俺の奢りだ。その代わりお前らには料理店の噂を広めてもらいたい」
ソフィアには驚きがどうのと理屈をこねていたが、実際の所は客が来てくれない事にはどうしようもない。
そこで俺は知り合いに声をかけ、実際に店の様子を体験してもらおうと考えたのだ。
魔法研究所の職員は決して高給取りではないが、それでも一般市民よりは羽振りはいい。
今日は研究所が休日だという事で、セシリア主任はティーナと一緒に出掛けてしまった。
そこで俺は音羽と白鷹、それに星居の三人を連れて来たというわけだ。
「――さて、着いたぞ」
中央広場の北東にゼルデリア料理店は店を構えている。
外観は少し小洒落た飲食店といった雰囲気だが、中に入ってコイツらどれくらい驚いてくれるのかがカギとなる。
「あたし、何度か氷上さん達に誘われて中に入った事はあったけど、開店後に来るには初めてだわ」
音羽の言葉に白鷹も星居も頷いていた。
「それなら今日は十分にゼルデリア料理とこの店のサービスを堪能してくれ」
俺が店を開けて中に入ると、音羽達も後について来た。
「いらっしゃいませ」
店の入り口には給仕姿の氷上が立っていた。
普段はただの金髪ギャルなのに、接客となるとこうも変わるのかと驚くくらいに丁寧な態度である。
「予約していた相羽だ」
「相羽様ですね、お待ちしておりました。どうぞ、お席にご案内致します」
氷上のあまりの豹変っぷりに音羽達は驚いているようだった。
だが、これは普段の氷上を知っているから驚いているのであって、普通の客は氷上を単なるホールスタッフとしか認識しない。
本番はここからだ。
氷上に案内されて店の奥へ進むと、どこからともなくヴァイオリンの音色が聞こえて来る。
「え、あれって……」
白鷹が、店内の省スペースで若草がヴァイオリンの生演奏しているを発見していた。
若草のヴァイオリンの腕はこの国の音楽レベルを遥かに超えている。
この世界の音楽がまだまだ文化として成熟していないというのもあるのだが、若草の職業は演奏家である。
そのスキルで人々の心に特定の感情を呼び起こす事も可能なのだった。
若草が演奏しているのはクラシックの名曲である。
客が貴族や大商人相手なら世俗的な民族音楽よりもウケがいいと踏んだのだ。
曲に耳馴染みのある音羽達ですら若草の演奏力に驚いているのである。
これがこの国の人間であればその効果は推して知るべしだ。
二人しかいないホールスタッフの一人を演奏に回してしまうので、将来的には人材不足が懸念されるが、今の所は客も少ないので全く問題にならない。
ソフィアもソフィアで新しいスタッフの募集を考えているようだしな。
俺達は氷上に案内されて席に着いた。
四角い木製のテーブルに俺と音羽が並び、対面に白鷹と星居が並んでいた。
「メニューはこちらでございます。お決まりの頃、お伺いに参りますね」
氷上は丁寧にお辞儀をして俺達から離れて行った。
氷上の職業は歌手である。
歌を歌うのも悪くはないが、若草と違って氷上はオペラなんか歌えないし、店の雰囲気とも若干異なっている。
その代わり、氷上は自分の声に歌スキルのバフ効果を乗せる事が出来る。
つまり、氷上は喋っているだけで相手をリラックスさせたり、高揚させたりする事が出来るのだ。
若草の音楽との相乗効果で音羽達もすっかり緊張を解いてリラックスしているように見える。
「いい雰囲気のお店じゃない」
音羽が周囲を見渡しながら呟いていた。
店内の内装はシックであり、年季の入っている建物だったが逆にそれを活かした調度品なんかを用意している。
この世界は夏でもクーラーなんて無いから窓を開け放っている為、外からは店内の様子が丸見えだが、逆にそれがヴァイオリンの良い宣伝効果になってくれる事を俺は期待していた。
「そうね。これはお料理も楽しみだわ」
白鷹が音羽に追随していた。
星居はメニューの書いてある料理の内容が分からないらしく、さっきからメニューとにらめっこをしていた。
「メニューは俺のおススメでもいいか?」
「あ、そうしてくれると助かるかも~」
やはり星居はメニューを理解していなかったらしい。
俺は氷上を呼んで打合せどおりのメニューを注文した。
「それにしてもセシリア主任、残念だったわね」
「そうだな。まあでも、今度はティーナと一緒に連れて来るさ」
音羽の言葉に俺が同意すると、なぜか白鷹から睨まれた。
「相羽君、そうやって何人も女の人をここへ誘ってるの?」
「そんなわけあるか。こんな事をするのはお前達だけだ」
「……それはそれで問題発言のような気もするけれど」
「無駄よ、美夏。コイツは相手が女性だからどうこうとか考えるような甲斐性は無いんだもの」
いつの間にか白鷹の事を下の名前で呼ぶようになっていた音羽が厳しいツッコミを入れて来る。
「でもさ~、お屋敷で一緒に住んでるのも女の人だけだし~、相羽君って女の人に囲まれる星の下に生まれたんじゃないのかな~?」
「言われてみればそうね。セシリア主任にティーナさん、それにシスター・ミリィもだし、この前拾って来たマリーちゃんも女の子だもんねえ?」
星居に乗っかって音羽がジト目で凄んで来た。
「偶然だ。俺が意図してそうしたわけじゃあない」
「だから~、そういう星の下に生まれて来たんだって~」
「最低の星の下に生まれて来たのね」
「最低は言い過ぎかもだけど、確かにいつも女の人に囲まれている感じはするかな」
女子が三人集まってガールズトークが繰り広げられると俺の分が悪いな。
「――お待たせ致しました」
そんな俺に助け船を出すかのように、氷上が料理を運んで来てくれた。
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