第228話 傷ついた防具 後編

「ドワーフの国に行きたい、ですか?」


 鍛冶屋から屋敷に戻った俺は早速、自室で飲食店開業の準備をしているソフィアに相談をしていた。


 いつもの小テーブルを挟んで、俺達は椅子に向かい合って座っている。


「あぁ。御覧の通り防具が傷だらけでな。これじゃあ折角の魔法耐性も効果が薄くなっちまう」


「…………こんなになるまで戦っていたのですね」


 ソフィアはミスリルの小手を手にして、それを愛おしそうに撫でていた。


「外出の許可はもちろん出しますけれど、任務の方は大丈夫なのですか? 陛下の親征軍と連携なさっていると聞きましたが」


「任務自体は問題ない。それよりもドワーフの国までどれくらいの距離があるのかをまず知りたい。空を飛んで行くにしても2日後の夜には定期報告があるんでな、それまでに帰って来られる距離でないと厳しい」


「そうですね……」


 ソフィアはしばし思案しているようだった。


「――アイバさん、王都から要塞まではどのくらい時間がかかりましたか?」


「そうだな、4時間と少しだったと思う」


「…………その移動速度ですと、ここからドワーフの国まで直線距離でも1日半はかかります」


「げ、マジか」


 そんなにかかるんじゃあ、パメラとの定期報告までに帰って来られない。


 大体、1日半もかかるんじゃあ指輪の魔力も途中で何回も切れるから、結局丸2日はかかる工程になりそうだった。


「わたくしも直接会った事があるわけではないのですが、人伝えに聞き及んだ話ですと、人間に対しては排他的なドワーフも多くいらっしゃるとの事でした」


 そりゃそうか。


 この世界の人間は亜人達を見下し、差別をしているんだ。


 いくら俺が異世界から来たとて、そんなのドワーフには見分けはつかないし、仮にそうだと異世界人だと理解された所で、これまで人間が彼らに対して行った事を赦せるわけではないだろう。


「一応、鍛冶屋の親方から紹介状は貰ったんだがな」


 俺は紹介状をソフィアに見せた。


「――なるほど。でしたら念の為、わたくしも紹介状を書いておきましょう」


「ソフィアが? ……ドワーフに知り合いでもいるのか?」


「知り合いとお呼びしていいのかわかりませんが、ゼルデリアが健在だった頃にドワーフ王と会談した事があります。わたくしはまだ幼かったのですがご挨拶はさせて頂きましたから、きっと王は覚えておいでだと思います」


「それは有難いんだが、俺は別にドワーフ王に会いたいわけじゃないぞ?」


「わかっています。わたくしのは万が一の保険です。何かあった時の為に元ゼルデリア王家からの手紙を所持していたとなれば、ドワーフ達もアイバさんを蔑ろには出来ないでしょうから」


 そう言うと、ソフィアは首から下げている木製の人形を手にしていた。


「それは――」


「はい、アイバさんからお預かりしたものです。これは保険、でしたよね? ですからわたくしも、アイバさんに保険をお渡ししたいのです」


 やれやれ、参ったね。


 人からされて初めてわかるが、俺のやった行為は相当小っ恥ずかしい行為だったんだな……


「うん、まあ……紹介状、書いてくれると助かる」


「はい。では少々お待ち下さい」


 ソフィアは紙とペンを持ち出して、その場で紹介状をしたためてくれた。


 彼女は紹介状を封筒に入れて、蝋でしっかりと封をし、印を押す。


「こちらを」


「悪いな」


 俺はソフィアから紹介状を受け取った。


「ちなみにドワーフ王って、どんなヤツなんだ?」


「ドワーフは寿命が長いので、もう200百年近くは生きていると思います。お名前はスヴェイン王と言い、わたくしの記憶では大層剛毅なお方でしたね。快活で細かい事は気にせず、器の大きなオジサマでした」


 絵に描いたようなドワーフ王って事か。


「アイバさんは空を飛んでドワーフの国へ行かれるのですよね?」


「そうだが、何か不味かったか?」


「いえ、ただルートによってはオルフォード帝国やガロ王国の上空を飛ぶ事になりますので、彼らの魔法士部隊と接触すると少々厄介かと」


 ……確かに。


 下手をしたら外交問題になりかねない。


 かといって海の上を飛んで行くとなるとかなりの遠回りになる。


「……ま、多分大丈夫だろう」


 指輪の魔力であれば普通の魔法士では到達出来ない高度まで上がれるし、スピードだって三倍速だ。


 指輪の魔力が切れたらマントの魔力に切り替わるので高度とスピードは落ちるが、『隠密』を使えばそこいらの魔法士に見つかる事はないだろうし、仮に見つかっても俺がヴァイラント側の人間だとバレなければいい話だ。


「出立はいつ頃を予定しているのですか?」


「なるべく早い方がいいけどな。ただ、少なくともこのクーデター騒ぎが収まるまでは動けそうにない」


「クーデターは収まる前提なのですね」


 ソフィアはクスクスと笑っていた。


「そりゃそうだろ。本来なら俺一人いれば収まるのを軍部や王家の面子をおもんぱかった結果、こんなに延びてるんだからな」


「アイバさん……本当に逞しく、立派になられましたね。もうわたくしの知っているアイバさんでは無いように思えます」


「自分でもそう思う。過ぎた力を手に入れちまったからな、大陸のパワーバランスを壊しかねない俺はもう化け物と呼ばれてもおかしくはない存在だ」


「そ、そういう意味で言ったのではありません。わたくしは――」


「わかってる、ただの冗談だ」


 ホント、ただの冗談で済めばいいけどな。


 いずれ化け物と嫌悪され、居場所を失うような事があったら、今度こそ俺に行く所は無くなってしまう。


 その時は、別の大陸にでも移住してみるかな……


「そういやまだソフィアには言ってなかったが、俺は以前、アイゼンシュタットで子供を拾ったんだ」


 思考がネガティブになって来たので、思い切って話題を変えてみる事にした。


「子供を……?」


 俺はマリーとのいきさつを話した。


「……アイバさん、その年齢でもう父親ですか」


 なぜか、ソフィアの視線が痛い程に突き刺さって来た。


「父親っつーか、近所のお兄さん的なポジションでいるつもりなんだがな」


 マリーは俺の事を「お兄ちゃん」と呼んでるし。


「……はぁ。それで、その子はこれからどうなさるおつもりなんですか?」


「クーデター騒ぎが終わったら王都で家でも借りて、そこにマリーと住もうと思ってる」


「……つまり、この屋敷からは出て行かれる――という事ですか?」


「結果的にはそうなるな。どうせ今だってロクに働いていないんだ。俺がいなくたって仕事の方は問題はないだろ」


「そういう問題では……」


「そういう問題なんだよ。いつまでもソフィアに甘えているわけにはいかないし、マリーを拾って来たのは俺の責任なんだ。マリーが大人になるまではきっちり面倒を見なきゃならん」


 すると、ソフィアは珍しくキッと俺を睨み付けるようにしてこう言った。


「でしたら、そのマリーさんと一緒にこの屋敷で暮らせばいいではないですか。アイバさんと一つ屋根の下で暮らすのとわたくし達と共に暮らすのでは、どちらがその子の為になりますか?」


 ……後者だろうな、確実に。


 俺は多分、ほとんど家に帰らないからマリーには寂しい思いをさせるだろう。


 この屋敷にいればヒルダや若草といったやかましい連中がいるから寂しいなんて感じる暇は無いだろうし、クリスにメイドとしての教育を施して貰えれば手に職をつけられる上、教養も身に付く。


 良い事ずくめじゃないか。


「……どうするかは、マリー本人の意志を聞いてから決める」


「くれぐれもお一人で何とかしようなんて思わないで下さいね? アイバさんは放っておくと好んで一人になろうとするんですから」


「俺が好んでるっつーか、周囲が俺を拒むんだ」


「いつ、誰がアイバさんを拒みましたか? わたくしはいつだってアイバさんを受け入れる覚悟で――」


 そこまで言いかけて、ソフィアはハッとしたように口元に手を当てていた。


「……そ、その、今のは別にそういう意味で言ったわけでは――」


「何だ、そういう意味って?」


「………………いえ、何でもありません」


 ソフィアはバツが悪そうに俯いてしまった。


 結局、ドワーフの国へ行くのは当分先の話になりそうだった。


 それまで、ミスリルの防具が壊れなければいいがな……


 心残りを抱えつつも俺はソフィアの自室から退散する事にした。

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