1‐4

 国家の中心となる大都市と比べればやや劣るものの、ミリオーラもまた、田舎に比べればかなりの人口を誇る街だった。




 東西南北それぞれに大通りが敷かれ、それらは街の中央へと伸びている。


 その西側にある、商店が立ち並ぶ通りの一本裏側。そこに、ルクスが目的としている店はあった。


 背の高い、石や煉瓦造りの建物に囲まれたその場所は、昼間だというのに陽が遮られて少しばかり薄暗い。




 その一角にある店では、狭苦しい店内に収まりきらない武器や防具が、幾つも路地裏にはみ出していた。


 椅子を持ち出してそこに座りながら、特に客引きをするわけでもない、半ば老年に差し掛かった男は、ルクスを見て鬱陶しそうに顔を顰めた。




「またお前か」


「はい。オヤジさん、今日はこれを買い取って欲しくて……」


「あのな、うちは確かに武具の中古品を扱ってるが、別に廃品回収業者じゃねえんだ。こんなゴミ持ってきたところで幾らにもなんねえんだよ」




 言いながら、オヤジさんと呼ばれたその男は、ルクスが差し出した袋を覗いて中に入ってきたぼろぼろの武具を地べたに並べていった。


 その中の一つ一つを指さしながら、独り言のように呟く。




「こいつは修理すればまだ使える……。こりゃ直すより便利屋で同じの買った方がマシだな」




 数分間の見定めの後、結局値段が付いたのは持ってきた武具の半分にも満たなかった。その価格も、決して高いものではない。少なくとも怪我をしてゴブリンを討伐した代金としては、相当に安いものだろう。




「……本当にこの額でいいのか? 持って帰って自分で使った方がまだマシだぞ?」


「大丈夫です。一応、自前の剣を持ってるんで」


「いつ折れるかもわからねえだろうに……。まあいいか、ほれ」




 ちゃりんと音を立てて、子供の小遣い程度の額がルクスの掌に乗せられた。




「ありがとうございます!」


「……ったく」




 ルクスが屈託ない笑顔で礼を述べたため、オヤジさんは逆に気まずげに顔を逸らす。


 一度建物の中に引っ込み、武器の整備道具を持ってきて、ルクスが持ってきた中で最高の価値が付いたゴブリンの短剣を研ぎながら、




「……今日で三回目になるか? 多分森の魔物でも狩って装備を剥いでるんだろうが、なんでそんなことしてる?」


「……事情があって、報酬を受け取れないので。少しでもお金になればいいかなって」


「……ふん」




 オヤジさんは、ルクスの顔を睨むように見つめる。


 彼がその瞳について知っているかどうかはわからないが、いつもの癖で顔を逸らしてしまった。




「だったら別の方法が幾らでもあるだろうが。普通に働けば、もっと安全に稼げるぞ」


「……それは」


「まぁ、何か理由があるんだろうがな。魔物の討伐もできないってことは、そう言うことだろう」




 先回りして、オヤジさんはそう述べる。或いは、ルクスの口からそれが語られるのを拒否したのかも知れない。




「……英雄になりたいんです。そのために、今のうちから困ってる人を助けたくて」


「……なるほど、そう言う口か」




 呆れたような、そんな口調だった。


 砥石で手際よく武器を研ぎながら、オヤジさんは顔を上げて、建物の隙間から空を見上げた。


「魔王戦役からこっち、もう二十年か。英雄って連中は目立ち始めて、何処でも話題になってやがる。反面、国の運営はそいつらに頼らねえと立ちいかなくなってきてるみたいだけどな」




 オヤジさんは首を動かし、路地の奥の方を見た。


 それにつられてルクスもその方向を見ると、ここよりも更に薄暗い道が続いていて、何やら怪しげな雰囲気が漂っている。




「この辺りはまだマシだが、壊滅した都市も多いって聞くな。実際、人間達が住むすぐ傍の森ですら、魔物やならず者の所為で危険地帯になっちまってる」




 いつの間にか作業は終わり、オヤジさんの手元にあった短剣は、魔法でも使ったかのように綺麗な刀身へと変わっていた。




「騎士団じゃ仕事が追いつかないってんで、ギルドなんて連中が幅を利かせてる。すぐそこの通り、見たか?」




 ルクスは首を横に振った。


「何でもでかいギルドが入ってきたらしい。名前は覚えてないが……まぁ、俺みたいな場末の職人には関係ない話だがな」




 自嘲するように、オヤジさんは笑った。




「……あー、とにかくだ。こんな世の中だから、少しでも希望ってのは必要なんだ。だから、英雄になろうってのは立派なことだと思うぞ」


「が、頑張ります……!」


「……精々死なないようにな。それから、今度はもうちょっとマシな売り物を持ってきてくれよ」


「はい!」




 不器用なオヤジさんの励ましに、ルクスは大きく頭を下げて応える。


 ここに来る前の陰鬱な気分は多少はマシになり、軽い足取りで帰路につくことができた。

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