第3話 迷い猫
「すまない……」
翌日、ハーストは更にしょぼくれていた。
昨日解かないまま寝てしまった髪には癖がついてしまっている。瞳は赤く戻っていた。
「朝食、用意しましたが食べられそうですか?」
「幸……きみは……」
「ご、は、ん」
「!」
「食べますか?」
「……い、いただき、ます……」
変な空気を振り払うように料理をしていたら作りすぎてしまった。反省したなら少しは協力していただこう。
・ ・ ・
『タスケテ』『助けて』
幸が食器を片付け廊下に出ると妖精が慌てていた。最近このパターンが多い気がする。
急いで向かうと厨房では妖精と毛玉が戦っていた。
虎柄の子猫だ。まだ生後数カ月がせいぜいか、手のひらに乗りそうに小さい。
鳥やネズミ以外にも動物がいるのは分かっていたが、こちらで猫を見るのは初めてだった。どこから入ったのだろう。
「猫ちゃん?」
動物を飼ったことはないが学校の近くに野良猫や地域猫はいた。
そういった野良にしては丸々している気がする。
猫とは打算的生き物である。彼らは自分達が可愛い容姿であることを利用して生きている。
子猫は幸の足元に転がりみぃと鳴いた。
・ ・ ・
「ひ」
猫を見せたハーストの反応は予想外だった。
怯えている。
「幸、あまりそれを近づけないでほしい」
「分かりました。猫、苦手なんですか?」
こんなに小さな猫なのに。タマさんよりもポチくんよりもよほど小さいのに。
「小さい頃……片翼をもがれそうになった……」
「もがれ???」
猫に????
いや、今はこんなナリとはいえ彼にもかつては幼い頃があったはずだ。決めつけは良くないと幸は思い直した。
「えっと、じゃあ外に放した方が良いんでしょうか?」
「いや、この国で猫は野生に生息はしていない。砂漠の国からの輸入種だ。獣捕りの罠があるからそれに入れて後で誰かに取りに来てもらおう。恐らく飼い主がいる」
ハーストは少し早口でまくし立てた。
「野良猫はいないんですね」
「幸の故郷ではこいつらがひしめいているのか……?」
「別にひしめくほど大量にはいませんけど……猫が沢山いる観光地は知ってます。猫島とか、イスタンブールとか」
「幸は、猫が好きなのか?」
「嫌いじゃないですし、可愛いとは思います」
何故かハーストは肩を落とす。
「でもペットは、弟が気管……胸が弱かったので、動物全般飼いたいと思ったことはありませんでした」
「そうなのか……」
「お魚の方が好きかもしれません。学校に大きな水槽があって、校長先生が熱帯魚を寄贈してたんです。可愛かったなぁ」
「さかな……」
猫の飼い主は案外すぐに見つかった。
プルメリア・スカーレット
魔術師の女性らしい
一度騎士団にと思っていたが直接お屋敷に取りに来るそうだ。
「ねこ、良かったねぇ」
ふわふわの子猫は出汁取りに買ってもらったにぼしを与えると丸くなって眠った。
愛されて、帰る家があるのは幸せな事だ。
罠に入れようとハーストは主張したが、子猫は非常に大人しく逃げる素振りもない。幸が試しに布を引いたバスケットを差し出すと勝手に入った為、それで受け渡すことにした。
コンコンとノッカーが鳴らされた。
開けてみるとグレーのウェーブヘアに大きな丸メガネをかけた赤い瞳のプルメリアさんが立っていた。門に馬が繋いであるので暗くなる中ひとり乗ってきたのだろう。逞しい女性だ。
「あ、あの、すみません。うちのゲオルギウスがこちらでお世話になっているとうかがいまして」
ゲオルギウス
「特徴は……」
「縞の子猫で右前足の裏にだけ白い丸模様があります」
幸は子猫を転がしてみる。
模様も、あった。
存外子猫は強そうなお名前だった。
「ゲオルギウスぅ……どこいってたのよぉ……」
みっ
バスケットに縋り付いて泣く様はどこの国でもペットの飼い主は似たようなものと思い知らせる。
プルメリアは主人にお礼をしたいというので許可を取って談話室に通した。貴族というのは何かとしがらみが大変そうだ。彼女は外で待つと固辞していたもの、外は暗くなっているし滅多に無いポチくん以外のお客様だ。
談話室にお茶とお菓子を運んで待ってもらい、ハーストを呼びに行く。
「嫌だ。まだあの魔獣がいる」
「魔獣じゃないですし引っ掻いてきたら私が守ってあげますから」
正装を抱え、イヤイヤ言うハーストを部屋から引きずり出し髪をセットする。
ついでに洗濯場で乾いていたストールをかければハンサムな貴公子。うんうん、ハーストカッコいいよ。宥めすかしておだてて何とか整えた。
談話室に行くとプルメリアさんはお菓子を片手に固まっていた。
「おまたせしました。……お口に合いませんでしたか?」
「ひひえ……んく、あまりに美味しくて……」
お菓子の味に感動してくださっていたらしい。
「良かったらたくさんあるのでお土産に持って帰ってください。それとこちらが主人のハースト様です」
「ひょえ」
「礼は……不要なので……バスケットも、どうぞ……差し上げます」
急に頬を染め恥ずかしがり屋になったハーストに幸は固まる。照れている?もしかしてプルメリアみたいなひとがタイプなのだろうか。
「あ、ああ、あの。本当に申し訳ございませんでした。まさか本当に本物のロードナイト様にお手数おかけしてるとは……」
「気にして、おりませんので」
「わ、私は一応名ばかりとはいえスカーレットの当主ですので……何かお困りになったらお伝えください。家族を救って頂いたご恩は必ずお返しします」
ハーストの目は完全に泳いでいた。ハルフレイルさんと渡り合っていたきみはどこへ。
「暗くなりましたので、どうかお気をつけて」
耐えきれなくなったのかハーストは逃げた。
「申し訳ございません。猫ちゃんが相当に苦手らしく……」
「それは!生の8割を損していらっしゃるんですね!!勿体ない」
プルメリアも変だけれど悪いひとではなさそうだが、きっと犬派と喧嘩するタイプなので気をつけようと幸は思った。
プルメリアを見送ってからまた幸はハーストの部屋をノックした。
「一応猫ちゃんの侵入経路を塞いでおきたいので、お付き合いいただけませんか?」
ハーストは幸のスカートの裾をつまんでついてきた。
侵入経路と言っても候補は厨房周りに限られる。食品を納品される倉庫をランタンで照らすと、壁の板が1枚外れていた。
中を見ると下段のハムの包みにひっかき傷があり、干し魚の袋が破れていたのでここで腹ごしらえをしていたのだろう。
ハーストは倉庫から板と釘、ハンマーを持ってきて腐食した板を除き、新しいものに張り替えた。
厨房へは運搬用の籠経由か穴は見当たらなかった
「猫ちゃん、そんなに苦手なんですか?」
ランタンでハーストの手元を照らしながら幸は口を尖らせた。
「猫もそうだが、女性も苦手だ」
幸は出会った頃を思い出す。口下手ではあったがもっと親切だったような気がした。
「なるほど……私はカウント外なのか……」
ハーストは目を見張り幸を見る。
「……?どうしました?」
「出会った頃の俺は、きみから見て、どんな男だった?」
「親切で素敵な方でしたよ?」
ハーストは自分の指をハンマーで打った。
痛そうだ。
「大丈夫ですか……?」
「大丈夫……だ……」
幸には回復魔法など使えないのでハンカチを濡らして持ってきて、ハーストの指に巻いた。
「痛いの痛いの飛んで行けー」
「……幸、この後少し話をしても良いだろうか?」
「……?はい……」
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