20年使い続けたメイドロボットが故障した。

秋桜空白

第1話

20年使ってきたメイドロボットの様子が最近おかしい。

片付けていた食器を落として割ってしまったり、

洗濯物を洗濯機に入れたまま干すのを忘れていたり、

ドレッシングと間違えて洗剤をサラダにかけようとしたり、

そんなミスが頻繁に起こるのだ。


ついに寿命が来てしまったのだろうか。

なんたって20年も休むことなく使い続けたのだ。

故障していてもおかしくはない。


もし故障していたら、違うロボットに買い替えなきゃいけなくなるだろう。

そう思うと気持ちがとても沈んだ。

俺が十歳の時に家にやってきて、

それから両親が亡くなった後もずっと一緒に過ごしてきたロボットなのだ。


「マスター。今日の家事はすべて終了しました」

俺が悶々と寝室で悩んでいるとメイドロボットがドアを開けてそう言った。

「ああ。そうか。ありがとう」と俺は言った。

彼女の姿を見て俺は自然と笑みがこぼれた。

開発者が魂を込めて作ったこのロボットは外見にもとても力が入っており、

俺は彼女の顔が大好きだった。

初恋の相手も実は彼女だ。

ロボットなのでもちろんその恋が成就することはなかったわけだが。

「失礼いたします」と彼女が言い

「おやすみ」と俺は言った。

彼女は自分の充電器が置かれているリビングへ戻っていった。



朝起きて、リビングで充電されているメイドロボットの前に立った。

すでにメーカーには電話をしたので午前中には整備士が点検に来るだろう。


午前6時ちょうどになると彼女は目を開けた。

「おはようございます。マスター。これから朝食づくりを開始します。今日はパンとごはんどちらにしますか?」

プログラムされたいつもと同じ言葉を彼女は発する。

「おはよう。…朝食は作らなくていいよ。今日はメーカーの人に君の点検をしてもらうんだ。だからじっとしていてくれ」

と俺は言った。

彼女はその言葉を理解したようで

「了解しました」

と言ってまた目を閉じた。


俺はそわそわした。

もうすぐ彼女とお別れになるかもしれないと思うと

やはり胸にこみあげてくるものがある。

やっぱり今日は整備士に引き返してもらって、

もう少しの間彼女を使いつづけようか。


俺がそんなことで悩んでいると、急に

「マスター」

とメイドロボットが声を出した。


俺は少しびっくりしながら

「どうした?」

と彼女に言った。


「マスターはロボットの私にいつもおはようとか、おやすみって言ってくれました。それが、本当にすごく嬉しかった。私、マスターが大好きでした。マスター、ずっと、ありがとうございました」

彼女はそう言うとまた目を閉じて動かなくなった。


俺はその言葉に感動し、同時にとても感心した。

恐らくこれは開発者の粋な計らいで、

故障したときに最後にこう言うようにプログラムされていたんだろう。

20年前の開発者たちのそのプロ意識に俺は尊敬の念を抱いた。



まもなく整備士が家に来て、メイドロボットの点検を始めた。

「2時間ほどお時間をいただきます」

と整備士は言うので、俺は外で散歩して気を紛らすことにした。


家の近くにある丘を登り、そのてっぺんにあるベンチに腰掛けた。

冷たい風が吹いて、体が震える。

もうすぐ冬が来る。

俺はもうすぐ見れなくなるであろう遠くの森の紅葉を

じっくり味わうように眺めた。


その森から鳥が数羽飛び立って

少しづつこちらに近づいて、俺の遥か上空を通り過ぎていった。

何だか俺は無性に寂しくなった。


彼女が修理だけで済むといいなあ、と心の底から思った。

俺は家に帰ったあとのことを想像した。


家に帰ると整備士の人は何事もなかったかのように

「このロボットには修理するところはどこもありませんよ」

と言うのだ。

「けれど、彼女は確かに最近ミスが多かったが」

と俺が言うと、整備士は優しく微笑む。

「どうやら、このロボットはあなたに恋をしているみたいなんです」

「恋?」

「そうです。あなたのことを意識しすぎて普段通り家事を行えなくなっているみたいで」

「そんなことありえないだろう。ロボットだぞ」

「私も信じられませんが、そういうこともあるんじゃないですか?二十年も一緒に過ごしてきたんでしょう?」

「……」

俺は何も言えないでいると、整備士はにっこりして

「あのロボットのミスを治すことができるのはあなただけです。ロボットだから結婚とかは難しいかもしれませんが。それでもあなたは彼女の気持ちにちゃんと向き合うべきだと私は思います。他に何かありましたら、また連絡をください。それでは」

と言い、家を出ていく。

そこから俺はメイドロボットに告白をして、

これから先もずっと一緒に過ごし続けるのだ。


馬鹿な妄想だと思う。

30歳の男がこんな妄想をしているなんて誰かに知られたら、

異常な目で見られるだろう。

俺はため息をついてベンチから立ち上がり、家に戻った。


家に帰ると整備士は平然と

「点検が終わりました。どうやらもう買い替えの時期のようですね」

と言った。

俺は心をぺしゃんこにつぶされたような気分になって、途方に暮れた。

「ほら、見てください。マザーボードがこんなに焦げてしまってる。よくこの状態で今日まで動き続けたものです。今日にでも廃品として回収し、新しいロボットに替えた方がよいでしょう」

彼は彼女の胸部に埋め込まれていた基板を見せてそう言った。

「今から修理で治すことはできないのか?」

と俺は聞いた。

「残念ですがそれはできません。このロボットはかなり古い機種ですので、修理するための部品がもうないんですよ」

と整備士は言った。


結局俺は彼女を廃棄して新しいメイドロボットを買うことになった。

話を聞くとやはり、そうすることしかできなかったのだ。



一週間後、新たなメイドロボットが家にやってきた。

最新のメイドロボットは前のロボットよりも効率がよく、会話もでき、価格も安く、顔も美人だった。

どの面から見ても前のロボットより優れている。

それが逆に寂しかった。

「どうですか?最新のロボットはすごいでしょう」

と整備士は楽しげに俺に言った。

「そうかもしれないが、やはり前のロボットの方が俺は好きだったなあ」

と俺は言った。


ふと、俺は前のメイドロボットが一番最後に発した言葉を思い出した。

「そういえば、前のロボットは故障したときに俺に感謝の言葉と愛の告白をしてくれたけど、あれはかなり感動したなあ。あんなところにまで気が回るなんてあなたのところの開発者は本当にすごいね」

と俺が言った。


整備士はそれを聞いて首を傾げた。

「言ってることがよくわかりませんね。うちのロボットには昔も今もそんな機能はついてませんよ?」

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