○○

ヤグーツク・ゴセ

○○

 寝てた。窓を開けたら、どうしようもない夏が待ち受けていて、外に出たくなかった。夏らしい色をした空が気に入らなかった。

 「また、明日ね」って言われて、小さく頷いたのは覚えてる。そこまでは覚えてる、ちゃんと。大概、君と趣味は同じだった気がするし、嫌いなものも同じだった気がする。君は、友達だった気もするし、恋人だった気もする。

 外の気温は36度を超えていて、昼下がり、重い石を引きずるように家を出た。目的地はいつも、君と行った場所、美術館。その美術館は静かで、静かで、なによりも懐かしい。その静かな美術館の中で、いつも立ち止まってしまう絵があった。大きい絵だ。その絵は、縦は2メートル、横は10メートルに満たないぐらいの大きさだった。その絵を見た瞬間、なぜか溺れていくように見入ってしまう。誰かと見た絵だ。その絵は何が描かれてるのかわからない、わからないけれど、なぜかのめり込んで見てしまう。美術館は静かなのに、その絵を見ている時だけは声が聞こえる。懐かしい声だ。その絵を見ると、声が聞こえてくる、溺れていく、僕には思い出さなきゃいけないものがある気がする。

「また、明日ね」

また、同じ台詞。また聞こえてきた。

声が聞こえてから数秒経って、溺れていたことに気づく。思い出せそうにない、僕の心の中にいた誰かを。その絵には、魔力みたいなものがあると思う。その絵の周りには、自分以外に誰もいない。僕は懐かしい声の正体を考えながら、再び歩き出した。外はやっぱり暑くて、夏って感じの空が嫌だった。

 歩くのも考えるのも疲れた、寝過ぎたからか。そもそも僕は『思い出』は好きじゃないし、別に生きていく上で要らないと思う。別に。懐かしい声の正体が知りたいだけなんだ。

僕の心の中にいる誰か、心の奥底にいる誰か。

僕にとって、多分、大切な人。

 

 美術館を出て、歩き続けていると同級生の○○から電話がかかってきて、少し話した。最後に、

「また、明日ね」

と言われて、小さく頷いた。

頷いて気づいた、君だったのか、

僕にとって大切な人。


寝過ぎたからか、今日の、夏真っ直ぐな空は少しだけ好きだ。


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○○ ヤグーツク・ゴセ @yagu3114

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