第20話 義理の父と母親と
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妹ふたりに身守られながら病院食を食べ進めていると、玲華が何かを思い出したかのように手のひらを叩いて口を開いた。
「あ、そういえば今夜、お父さんがお見舞いにくるそうですよ?」
「なっ、お義父さんが!?どうしよう、心の準備がまだできてないんだが……」
「ふふ、そんなに緊張しないでください。実は既にお見舞いに来てたのですが、兄さんはまだ眠ってましたからね。目が覚めたことをお父さんに連絡したら、仕事を切り上げてすぐに行くって言ってました」
「まじか。そこまでしなくてもいいんだけどな……」
俺のためにわざわざ義父がお見舞いに来てくれるとは。しかも仕事を切り上げてまで来てくれるのだから、余計に申し訳なく思う。
「あの……。お父さんと会うの、やっぱり気まずかったりしますか……?」
「気まずいって、そんな訳ないだろ。高校生になるまで一緒に住んでたんだぞ?あはは……」
「兄さんってば、取り繕ってるのが顔に出ちゃってます……。でも安心してください、私もなるべく一緒にいて気まずくならないよう努めますから!」
「お、おう。それは頼もしいな」
玲華は胸に手を当てて自信満々に答えた。正直、彼女が居てくれるのは非常に心強いのでありがたい限りだ。彼女の言葉に感心していると、父親の話になってから一言も発さなくなった冬華が口を開いた。
「そんなこと言って、なにかと理由をつけてお兄と一緒にいたいだけなんじゃないの?」
「ち、ちが……くもないですけど!そういう冬華こそ、たまにはお父さんとちゃんと話してみたらどうなんですか?」
「……絶対いやだし。あんな奴、顔も見たくないっての」
冬華は不満げに頬を膨らませると、スマホを取りだして画面をいじり始めた。どうやら未だに父親とは打ち解けられていないらしい。まあ、お互い無口な方だし相性が良くないと言えばそれまでなのだが。
「もう、いつまでもお父さんにそんな態度取ってちゃだめですよ?」
「そんなことお姉に言われる筋合い無いし。とにかく、あたしは絶対会わないから。あいつが面会に来たらこの部屋から出ていく」
「むぅ……。まったく冬華ってば……」
冬華は頑として譲る気は無いらしく、玲華も呆れたように溜め息を吐いた。とはいえ、冬華の気持ちも分からなくもない。俺とて義父と馴染めているかと言われれば、首を縦には振りづらい。そのうえ冬華は思春期だろうし、親に反抗したい気持ちの一つや二つあって当然だろう。
「でも羨ましいな。実の父親とどう接するかなんて、今まで考えたこともなかった」
「あっ……。え、えと……。すみません!兄さんの辛い過去を思い起こさせてしまって……」
「ああいや、謝らなくていいよ。ただ本当の父親ってどんな存在なのかなーって思ってさ」
「お兄……」
俺の言葉を聞いた二人は気まずそうに俯いた。そこまでされると逆にこっちが申し訳ないので、別に地雷を踏み抜いた訳では無いことを説明しつつ、俺はゆっくりと食事を食べ進めたのだった。
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目が覚めてから数時間が経って、連絡通り義父が見舞いに来てくれた。一緒に母親も着いてきており、病室には駆け足で出て行った冬華以外の家族が久しぶりに集まる形となった。
「蓮也くん、具合はどうかね?」
「はい、お陰様でだいぶ良くなりました」
義父は俺の手を握り、体調を気遣ってくれた。それに返事をしつつ、改めて目の前の男性を観察する。白髪混じりの髪に、顔に刻まれた皺と黒縁の眼鏡が特徴的な男性だ。
「出来ることなら、私の医院で診てやりたかったのだがね……」
「ああいえ、お仕事の邪魔になったら悪いですから……。ていうか、俺なんかのためにわざわざ来てくださって……その、ありがとうございます」
「蓮也くんは私の息子なのだから、見舞いに来るのは当然のことだ。どうか気に病まないでくれたまえ」
義父はそう言うと、肩を優しく撫でてくれた。その温もりが逆に緊張を呼び起こすのだが、ぐっと堪えて笑顔を作る。そんな俺を見てか、隣に座っていた実母が声を掛けてきた。
「ねえ蓮也、身体はもう大丈夫なの?警察の人から電話がかかって来た時には、私もう生きた心地がしなくて……」
「心配かけてごめんな、母さん。俺はもう大丈夫だから、そんな大袈裟にならなくても……」
「ねえ玲華ちゃん、また一段と可愛くなったわねぇ。こっちにきて彼氏とかできたの?」
「ふぇっ!?や、やだなぁお義母さん。まだ出来てないですよ。あはは……」
「っておい!息子の話くらい真面目に聞けって」
心配してくれているのかと思ったのも束の間、玲華にちょっかいをかけ始めた実母に俺は思わず突っ込んだ。いや、別にいいんだけどさぁ……。もう少し真面目に息子を心配してくれてもいいのだが。
「あら、ツッコミができるなら心配なさそうね。それにしても蓮也あんた、まぁー見ないうちに男らしい顔つきになっちゃって……」
「分かりますお義母さんっ!いつの間にかすごく背も伸びてましたし、顔もシャープで素敵ですよね!アイドル歌手のイッチーみたいで!」
「あらやだ確かに似てるかも!ていうか玲華ちゃん、イッチーわかるの!?世代だから嬉しいわぁ〜」
母親と義妹は、二人で楽しそうに盛り上がっていた。ていうかイッチーって誰だよ。いやそんなことはどうでもいいのだが。取り残された男二人の間に会話が生まれるはずもなく、この空間が気まずくてしょうがない。
「……玲華、それと純子さん。すまないが、しばらく蓮也くんと二人にしてくれないか?」
「あらごめんなさい、ちょっと盛り上がり過ぎちゃったかしらねぇ?」
「ええと……。兄さん、私が一緒にいなくても大丈夫ですか……?」
「あ、ああ。ずっと病室にいるのも疲れたろ。この際だし、軽く外の空気でも吸ってきたらどうだ?」
「はい、兄さんがそれでよければ……」
「まあまあ。たまには男同士にしてあげないとね。それより玲華ちゃん、この前言ってた美味しい肉じゃがのレシピ、詳しく教えてあげるわよ〜〜」
「えっ、ほんとですか!?あの東家直伝の……!?知りたいですっ!ぜひ教えてください!」
玲華は謎のレシピに釣られて、母親と共に病室を出ていった。二人が出て行ったのを確認すると、義父はほっとしたようで軽く溜め息を吐いた。
二人きりになったことで、室内の空気が一気に重くなる。俺は気まずい雰囲気に耐えられず何か話題を振ろうとするも、何を話せば良いか分からずにいた。すると、義父がゆっくりと口を開く。
「蓮也くん。まだ娘を守ってもらった礼を言いそびれていたね」
「え、いや……。そんな礼なんて……」
「冬華のことを身を挺して守ってくれて、本当にありがとう」
「あ、頭を上げてください!俺は別に、兄として当たり前のことをしただけで……」
義父は頭を下げると、深々と礼を言った。俺は慌てて顔を上げさせようとする。
確かに冬華を庇って怪我こそしたが、別に礼を言われるようなことではないだろう。あくまで当然の行いをした結果だ。
「当たり前では無いのだよ。そこまでの大怪我を負ってまでも君が身を挺して守ってくれたからこそ、冬華は無事だったのだと思う」
「それは……」
義父の言う通り、もしも俺が何もしなかったら、今頃冬華は怪我をするどころではすまなかっただろう。そう考えると肝が冷えて仕方がない。
「本来なら私が、冬華を守るべき立場の人間だ。だがもしその現場に私が居合わせたとしても、この老骨に出来ることは限られている。だからこそ、精一杯の感謝を君には伝えたいのだよ」
「いえ、そんな……。俺はただ……」
義父の真剣な眼差しに気圧されながらも、俺は何とか言葉を返そうとするも上手く出てこない。すると義父は続けて言葉を紡ぐ。
「蓮也くん、君は本当に優しい子だ。だからこそ大事な娘達を安心して預けられた。これまで本当によくやってくれた」
「え……?」
「単刀直入に言おう。今回の一件でようやく学んだ。やはり都会には危険が多い。よって、来月から娘たちを家から近い別の進学校に通わせることにした」
「なあっ……!?」
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