第6話 避けられてる気がしなくもない。
「なあ玲華、そこにあるスポンジ取ってくれないか?シンクの隅にあるやつだ」
「は、はい!どうぞっ!」
「おー、サンキュ。なんで一旦トングで掴んで渡すんだ……?」
「それは、えーっと……。そっちの方が衛生的かなと!」
「スポンジに衛生的もなにもあるかよ。玲華、最近なんか変だぞ?」
「そ、そうですかね?あはは……」
義妹たちがウチに居候して早一週間。こうして食後に玲華と一緒に皿洗いをするのが恒例になった。だが、最近の玲華はどこか様子がおかしい。すれ違う度に不自然な距離を取ってきたり、言動もいつも以上に丁寧というか、明らかに俺に気を使っている節がある。
「もしかして俺、玲華になんかしたか……?」
「いえ、それはないです!まだなにもされてないです……」
「そっか。気のせいならいいんだけどさ」
とは言うものの、数日前から明らかに変化があったように思う。こうして一緒に家事をしたり会話をしてくれるあたり、避けている訳では無いのだろうが、それにしてもこちらとしてはやりづらい。
「なあ、ちょっとおでこ触るぞ」
「ひゃっ!?だ、だめです触っちゃ……!」
もしかして熱があるのではないかと思い、手を拭いて彼女の額に付けてみせた。手のひらから確かに温度は感じるものの、これといって熱があるようには思えない。というか、何故か猛烈に嫌がられたのですぐに手を離した。
「も、もう!いきなり触っちゃダメですってば!」
「すまん。手に泡ついてたかな」
「そういうことじゃなくて……ふわっ!?」
玲華があまりにも勢いよく離れるものだから、壁に追突した衝撃で棚の上にあった調理器具が落ちそうになった。俺は慌てて彼女に覆い被さり、落下物から身を守ろうとする。
「っぶねー……。こら、危ないからキッチンで慌てるなよって……あれ?」
「……もう、好きにしてくださいっ。ごめんね冬華ぁ……」
俺の腕の中で、何故か玲華は涙目のまま妹に対して謝罪の言葉を口にしていた。どういうことなのかまるで意味がわからない……。
「なんで冬華に謝ってんだよ。やっぱ変だぞ、玲華」
「だって、冬華から兄さんのこと奪っちゃいそうで……。私だって、こんなことしたくないのに……」
本当にどうしてしまったのだろうか。理由を聞くまでもなく彼女はそのまま泣き出してしまった。事情を知ってそうな冬華は日課のランニングに行っており、不在のため助けも呼べない。俺に出来ることはと言えば、泣き止むまで傍に居てやることしかできなかった。
「どうだ、落ち着いたか?とりあえずお茶でも飲めよ」
「うっ……ぐすん……」
ようやく落ち着きを取り戻した玲華は、ソファの上で体育座りをして膝に顔を埋めたまま動こうとしない。時折聞こえる嗚咽が、彼女がまだ泣いていることを教えてくれる。
「一体なにがあったんだよ。話してくれなきゃ分かんないだろ」
「それはこっちのセリフです……。兄さんには冬華がいるのに、なんで私にまで気があるふりするんですっ」
「は、はぁ……?なんのことだよ」
「とぼけないでくださいっ。冬華とこのソファで、えっちなことしてたじゃないですかっ!わたし、見てたんですからね……」
玲華は顔を真っ赤にしながら、潤んだ瞳で見つめてきた。彼女の言葉を聞いて、なんとなくだがこれまでの行動にも合点がいった。
「あー……。もしかして、俺と冬華を恋仲か何かだと思ってんのか……?」
「えっ、違うんですか?あんなことしてたのに……」
「あれは違うぞ?その、話すとややこしいんだが、罰ゲームみたいなもんでさ……」
その後、俺は玲華の誤解を一つずつ丁寧に解消していった。どうやら彼女は本気で俺たちか付き合っているのだと誤解していたらしい。
「そうだったんですね……。勘違いで良かったです。私ってば妹の彼氏と仲良くするどころか、姉なのに恋敵になっちゃいそうで怖くて……」
「玲華って見かけによらず想像力豊かだよな。俺が妹に手を出すような男に見えるか?」
「んぅ……」
玲華はじっと俺の瞳を見つめてくる。すぐに否定しないあたり、どうやら俺の信頼度は低いらしい。確かに、これまでのラッキースケベ的な実績を踏まえれば頷けるが……それでも心外だ。
「安心しろって。襲ったりしないからさ」
「私の事ベッドに引きずり込んだ癖に、説得力ないですよ」
「あ、あれは本当に悪いと思ってる。てか、妹相手に欲情なんてするわけないだろ。あはは……」
愛想笑いで取り繕ってみたものの、当の玲華は笑うどころか頬をふくらませてムっとした表情を浮かべている。まずい、またも墓穴を掘ってしまったようだ。
「……本当に、私たちのことえっちな目で見てないんですね?」
「お、おう。ただの可愛い妹だとしか思ってないぞ」
「じゃあ、その事を証明して欲しいです」
「証明するつったって、どうすればいいんだよ」
「簡単ですよ。今日は私と一緒に寝てください」
突然の提案に思わず思考停止してしまう。いやまて、いくらなんでも玲華と同じベッドに入るのはまずいだろ。
「いやいやいや、それは無理だ!」
「どうしてですかっ?昔は仲良く一緒に寝てたじゃないですか」
「それは昔の話だろ……。今そんなことしたら、お義父さんに二度と顔向けできなくなる」
「私の提案なので兄さんは悪くないですよ。妹に欲情しない兄さんなら、別に私と一緒に寝たってなんの問題もないですよね?」
「ぐっ……。でも、俺のベッド1人用だし狭いから無理だよ。諦めてくれ」
「全然構わないですっ。というか、前に引きずり込まれた時もそこまで圧迫感なかったですし」
俺が理由をつけて断ろうとすると、玲華は食い下がることなくグイグイと詰め寄ってくる。彼女がこんなにも積極的に何かを要求することはなかったので、正直とても驚いた。結局、押し問答には敗れてしまい、俺は渋々ながらベッドを共にすることを了承したのであった。
「はぁ……分かったよ。そこまで言うなら玲華の好きにしろ。その代わり、家族には絶対内緒だからな」
「はいっ!じゃあ決まりですね。今晩は楽しみにしてますから!」
「はいはい……」
嬉しそうな笑顔を浮かべる玲華。そんな彼女とは対照的に、俺の心は不安で満ちていた。玲華には妹としてしか見れないとは言ったものの、内心では間違いを起こさないか不安になっている自分がいた。
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