合掌

あめはしつつじ

ミタマスクイテ

 小学校から、帰ってきたら、

 お母さんが、黒い服を着ていた。

「今からおばあちゃん家に行くよ」

「今から? じゃあ、着替えなきゃ」

「いえ、制服のままで良いわ」

「宿題、まだやってないけど、」

「明日はお休みだから大丈夫」


 おばあちゃんの家には、

 お母さんの妹のリサちゃんがいた。

 こんにちは、と

 元気よく挨拶したら。

 こんにちは、

 目と目が合った。

 お目目が真っ赤。

 目は、お母さんの方に向く。

「舞ちゃんには、まだ、言ってないの?」

「まだ、一年生だし、言ってもねえ」

「ねえー、おばあちゃんはー?」

「しー、静かに、舞ちゃん、おばあちゃんは、

 ちょっと眠っちゃっているから。

 お母さんと、静かに挨拶してきてね」

 おばあちゃんは、お仏壇の部屋の、

 隣の部屋で眠っていた。

 お母さんは、おばあちゃんを見て、

 手を合わせる。

 私もそれに合わせる。

「リサ、あとは私がやっておくから、

 舞の世話、お願い」

「でも、お姉ちゃん」

「大丈夫よ、お父さんの時もやってるんだし。

 親戚の連絡先、まとめてたやつくれる?」

「うん、分かった……。じゃあ、舞ちゃん、

 お姉ちゃんと一緒にお風呂入ろっか?」

 リサちゃんは、妹なのに、

 自分のことをお姉ちゃんと言うなんて、

 変なの、と私はいつも思っていた。

 

 お風呂の中で、

「舞ちゃん、晩ごはんは何を食べたい?」

 私の頭をしゃりしゃりと、

 洗いながら、リサちゃんが聞いた。

「おばあちゃんのご飯は、

 なんでも美味しいから好きー」

「そっかー、でも、今日は店屋物かな?」

「てんやもの?」

「出前をとるってこと」

「じゃあ、来来軒の五目ラーメン!」

「舞ちゃん、五目ラーメン好きだもんね。

 はい、じゃあ、頭流すよー」


 お風呂から上がると、

 お母さんは立ったまま電話をかけていた。

「舞ちゃん、お母さんは忙しいから、

 あっちでテレビでも見てようねー」

「おばあちゃんは?

 おばあちゃんと見る」

 私は廊下から、部屋を二つ

 開けっぱなしの襖を抜けて、

 お仏壇の部屋に走った。

 隣のおばあちゃんが寝ている部屋には、

 知らないスーツの男の人がいた。

「おや、お嬢ちゃん、走ると危ないよ」

 真っ黒なスーツに、白い手袋が目立った。

 男の人は、私の頭を通り越して会釈をした。

「どうも、すいません。お邪魔しちゃって」

「いえ、ご家族の方なのですから、

 邪魔だなんて、明日の夕方までは、

 大丈夫だと思います。お通夜の前に、

 また来ますので」

 男の人は去っていった。

 おばあちゃんが寝ている布団の上には、

 遠足の時に使った、ビニールシートが、

 引いてあった。


 晩ごはんに五目ラーメンを食べる時、

 リサちゃんが、

 ふーふーってしてくれたけれど、

 私はもう、大丈夫。大人だからって、

 自分でフォークで食べた。

 おいしかった。

 歯を磨いたあとは、

 テレビを見て、

 リサちゃんと、

 せっせーのをして、

 あやとりをして、

 トランプをして、

 いろいろ遊んだ。

 あんまり、楽しくなかった。

 眠くなった。

 あくびをしたら、

「舞ちゃん、そろそろお休みしよっか。

 舞ちゃんは、もう一人で寝てるの?」

 うん、と私は頷いた。

 寝室は二階。

 二人で登る階段は、ぎしぎしいう。

 布団に入って、天井を見る。

 おばあちゃん家の天井は怖い。

 あちらこちらから、私を見ている気がする。

 今日は二人で眠りたい。

「じゃあ、お姉ちゃん、

 お母さんのとこ行くから。

 一人でちゃんと寝れる?」

 何も言わず、私は、

 リサちゃんの手をぎゅっと握る。

「いつもは大丈夫なの、

 でも、今日は一人で眠るのが、

 なんだか、怖いの」

「んっ、じゃー、二人で寝ようか」


 目が覚めると、とても明るくて、

 多分お昼ごろ。

 私は一人で眠っていた。

 お寝坊さんだから仕方がない。

 手すりのない階段を降りるのは怖い。

 壁に手を這わせ、ゆっくりと降りていった。

「おはよう」

 知らないおじさんに挨拶をされる。

 私は突然のことで、何も言えなかった。

 おじさんはそれから、何も言わずに、

 靴を脱いで、家に上がった。

 おばあちゃんが寝ている部屋に向かった。

 おじさん、だけじゃない。

 今、おばあちゃんの家に、

 たくさんの人がいる。

 そう感じた。

「お母さん」

 急須と湯呑みを乗せたお盆を持った。

 お母さんが通った。

「あら、舞、お寝坊さんね。

 今日は忙しくなるからね、

 先にご飯食べちゃいなさい」

 お母さんについてって、

 台所のある部屋に行った。

 知らない黒い服の人たちが、

 ご飯を食べていた。

「おんや、舞ちゃんらねっか。

 おーきっなって」

 真珠のネックレスをした、おばあさんから、

 声をかけられる。

「ほら、舞、ごあいさつ」

「ど、どーも」

 どーも、だなんて、大人の挨拶。

 だって、なんて言えば良いか、

 分からなかったから。

「ほれ、舞ちゃん、こっち座り、」

 真珠のおばあさんが、隣に座布団を敷く。

 正座をするけど、お尻の場所が決まらない。

「舞、これ食べたら、歯磨いて、着替えて、

 あなたに、手伝ってもらうことがあるから」

 塩のおにぎりと、

 たくあんと、きゅうりの糠漬け。

 茄子のお味噌汁。

 寝てる間に、汗をいっぱいかいたからか、

 おにぎりがとても、美味しかった。


 小学校じゃないのに、制服を着るなんて、

 変な気分。

 多分、おばあちゃんの家では、

 初めて着る服。

「それじゃあ、おばあちゃんの所に行って、

 リサのお手伝いをしてきてね。

 お母さんは仕事があるから」

「うん」

 お仏壇の部屋まで、

 知らない黒い人たちが、

 お茶を飲んで、おしゃべりをしていた。

 さっと、駆け抜ける。

「リサちゃん、お母さんが手伝ってってって」

 部屋がなんだか涼しい。

「舞ちゃん、じゃあ、こっち座って」

 リサちゃんは、座っていた座布団から、

 隣に座り直し、座布団をぽんぽんと叩いた。

 正座で座ろうとすると、

「結構時間がかかるから、

 足は崩した方が良いよ」

 と言われた。

「もうそろそろかな、おばあちゃんを、

 よーく見てて」

 

 眠っているおばあちゃんを、

 じーっと、見ていた。

 ぞわぞわ、とおばあちゃんの肌に、

 鳥肌がたった。

 鳥肌は、どんどんと大きくなっていく。

 ぶつぶつから、

 ぽつぽつと、

 絵筆で、ちょんとしたような、

 白い斑点がでてきた。

 うずうずと、

 おばあちゃんの体から、

 白い粒々が、湧き出してきた。


 お米だ。


 米粒が、おばあちゃんの全身を覆って、

 ふるふると、震えると、

 下に敷いてある、ブルーシートに、

 ざざーんと溢れていった。

「舞ちゃん、舞ちゃん」

 リサちゃんが呼んでいる。

「舞ちゃん、掬って、掬って」

 リサちゃんはお米を掬って、

 米袋に入れる。

「ほら、舞ちゃん、早くしないと、

 次のお米がでてきちゃうから」

 私は、掬って、入れて、掬って、入れて。

 掬って、入れて、掬って、入れて。

 おにぎりは温かいのに、

 お米って、冷たいんだと思った。




 きびき?で休んでから、

 久しぶりの学校。

 いつも通り、

 お勉強して、

 友達とおしゃべりして、

 給食の時間。

 日直の人のごあいさつ。

「みなさん、今日の献立は、

 牛乳と、

 野菜サラダ、

 フルーツポンチ、

 舞ちゃんのおばあちゃんのカレーライス、

 です。

 感謝していただきましょう。

 合掌、

 いただきます」

「「「いただきます」」」

 みんなが私に手を合わせて。

 そう、言った。

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合掌 あめはしつつじ @amehashi_224

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