ヒールが効かない貴族の息子

@moguzo

とある戦争

願い

・リカルドの侍女ミーア 戦闘終結後

 

 ご主人様はもう3日も昏睡状態だ。

 戦は大勝したと言われている。だが、ご主人様はながれ矢に当たってしまった。

 毒が塗ってあった。

 そして、ご主人様には治癒魔法が効かない。

 私には、何もできない。

 乾いてゆく唇に、濡れたガーゼを当てて湿らせる。

 これが、唯一できること。


 お願いします。目を覚まして。

 お願いします。目を覚まして。

 お願いします。目を覚まして。


 私を奴隷から解放したとき、リカルド様は怒ってくださった。

 私を引き取り、大事にしてくれた。

 つらかったこと、悲しかったこと、すべて話した。

 貴族には分からないと、暴れたこともある。

 すべて受け入れてくれた。


 私はまだ、何も返せてない。

 お願い。目を覚まして。





・小聖女アルフィーナ 後方基地(開戦前日の夕刻) 


「ご心配には及びません。小聖女様。第二王子もご出陣されています。きっと明日には蛮族どもを追い払うでしょう」

 侍女はそう言って、出征を嫌がっていた私を、なだめようとした。


 ここは、本陣後方の離れた基地。

 味方は相手の3倍はいると聞いている。


 うつむく私に、気遣ってくれる。

 だが、いつまでも黙ったままの私を見て、小さなため息をついて、出ていった。


 彼女は、私の本当の不安が何か、分かっていない。

 戦に巻き込まれること、ではない。


 治癒の力。

 この力が失われてしまうと、恐れているのだ。


 なぜ神は私にこの力を与えたのだろうか?

 怪我や病気の人々を救うためではないか。

 それなのに、教会は、戦場へ、私の派遣を決めてしまった。

 殺し合いの場。

『小聖女も参陣される。神は勇者を愛する』

 などと言って戦意をあおる。

 兵士達は、怪我を負っても私が癒すと、信じている。


 そんな力などない。

 たしかに、昔、姫様の大けがを癒したのは私だった。

 でも、たくさんの人々を癒す力はない。

 もちろん、亡くなった人にも何もできない。


 教会もそれは分かっている。

 だから、私の本当の仕事は、お飾り。

 戦場へ添える花。


 神より授けられたこの力。

 それが、戦場へ兵士を導く。

 私は、道具となった。


 きっと神罰が下る。

 神の慈悲を道具扱いにするなど、許されるはずもない。

 私の力は消えてしまうかもしれない。

 リカルド様。

 あなたのお側にいられなくなる。

 その資格を失ってしまう。


 兵士達の心配より“自分のこと”しか考えていない、浅ましき自分。

 それに気が付き、私はただ、神に許しを請うしかなかった。



・小聖女アルフィーナの侍女

 私の主人、小聖女アルフィーナ様はまだ幼い。

 だが、整った顔。美しい御髪。

 神々しい。

 仕える私たちを虜にしている。


 今、その小聖女様が、暗い顔をしておられる。無理もない。戦場に連れてこられてしまった。これから起きる惨劇に、思い悩まれているのだ。


 バカな男ども。

 男どもが起こす問題を、なんとかするのはいつも私たち女だ。

 小聖女は奇跡を起こされる。

 だからといって、それを当てにして良いわけなどない。


 いつもの朗らかな小聖女様に戻って欲しい。

 どうしたらよいのだろうか。

 侍女は思い悩んだ。



・小聖女 アルフィーナ

 もともと私の力は小さなものだった。

 小さな切り傷しか治せなかった。

 手をかざし、「治りますように」と祈る。

 手から暖かい光があふれ、傷を癒す。

 ただ、それだけだった。


 リカルド様は教えてくださった。


 体は、小さな細胞からできている。

 いろいろ働きを持っている。

 そして体の構造。

 それを理解して治癒魔法を使えと。


 教わったのは誰も知らない知識だった。

 でも、おかげで大きな傷も治せるようになった。

 だから今の私は「小聖女」。

 小さな傷しか治せなかった平民の私が、今では侍女を抱える身分となった。

 リカルド様のおかげだ。


 だが、リカルド様は、

「細胞に働きかけられるって、すごいね!どうやっているの?僕にも使えるかな?」

 と不思議がっていた。

 そうなのだ。

 私も分からない。

 傷に手をかざし、神に祈る。

 手から暖かいものがあふれ、傷を癒す。

 なぜだろう。


 神より授かりし、この力。

 いつか取り上げられてしまうかもしれない。


 そして、リカルド様。

 あなたに治癒魔法が効かないのは、なぜ?

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