バイトでクレーマーを撃退したらなぜか探偵事務所にスカウトされた
寄辺なき
バイトでクレーマーを撃退したらなぜが探偵事務所にスカウトされた1
近所のコンビニでバイトを初めて数か月。季節が初夏に差し掛かった頃。俺はようやく業務に慣れてきて、仕事中にあれこれ考える余裕がでてきた。
短い間ではあるがバイトを続けてきて気づいたことがある。意識していなくても常連の顔ぶれは不思議と頭に入ってくるのだ。例えば、今現在対応している女性は、この時間帯によくスイーツを買いに来る方だ。支払いはほとんど電子マネーである。
「ありがとうございました」
店長から教育された通り、頭を下げてはっきりと声を出す。はっきり、というのはあくまで俺の主観だ。他の人からは気怠げでやる気のない声に聞こえているに違いない。それでも別に構わないだろう。体裁が大事なのだこれは。
声を上げて次の人をレジの前に迎え入れると同時に、俺の両手が幾百幾千と繰り返した作業を無意識の内に開始させる。
そのまま業務は順調に進んでいったが、高校生の客の会計処理をちょうど終えたころ、閑静な街中にあるこのコンビニおいて似つかわしくない怒声が響き渡った。
「おいふざけんな! コーヒーの中身がいつもより少ねえぞ!!」
隣のレジ――入り口に近い方へ割って入ってきたのは仕事終わりと見られる中年男性だった。
ビール腹ではち切れそうになっているワイシャツの上をさらにぴっしりとしたスーツが覆っており、どこか滑稽な印象を受ける。激昂している顔や筋張る首筋に浮かび上がっている汗玉が、見ているだけで息苦しさを感じさせてくる。
「も、もうしわけございません!!」
そんなクレーマーを相手にあたふたしているのは、俺と同時期ぐらいに雇われた女子高生バイトだ。新人、しかも相手は年上の男性である。彼女には荷が重いと言える。
更に間が悪いことに、現在店長は不在であった。『二人も成長してきたし、少しの間店を任せもいいだろう』と言い残し一時間ほど前、店を出ていってしまった。つまり何が言いたいのかというと、このクレーマーは俺か彼女かが対応しなければいけないのだ。
「すいません、応援に行くので少しお待ちいただけますか?」
事態をすました顔で見届けている眼の前に客に一言断る。幸いなことに快い回答が得られたので、内心ため息を付きながら彼女に近づいていった。
「お客さま、何かありましたでしょうか」
男はこちらを睨みつける。
「お前が店長か!」
つい最近高校二年生になってコンビニでバイトを始めたばかりの16歳である。よほど俺が老け顔なのか、男が正気を失っているかのどちらかだ。後者であると信じたい。信じたくもないが。
「違います。ですがこの場の責任者は私ですので、私が責任を持って全て対応します。ひとまず事情を伺ってもよろしいですか?」
男は苛立ちを微塵も隠そうとせず、一方的に己の主張を押し付けてきた。
「この店でついさっきコーヒーを買ったんだ。外に出ていざ見たら中身がいつもの半分程度しかなかった。不愉快な思いをした。だからお金を返してほしいとさっきから言ってるんだ!!」
思い返してまた不機嫌になったのだろう、最後の方はがなり立てるようにして吐き捨てられた。
レジ台の上に置かれた件のものと思われるカップには確かに通常の半分以下の量しか入っていなかった。もちろんこれだけで男の主張が真実だとは言えない。この主張がまかり通るなら半分の飲んだあとにクレームを入れれば、無限にコーヒーが飲めてしまう。
「確認しますが、一度も口につけていないのですか?」
「……ああ。そうだ」
ただの予想でしかないが――この人は嘘をついている。
「当店ではコーヒーの分量は全て機械によって管理されています」
コンビニコーヒーは例外なく機械が淹れるものだ。セルフサービスのところが多いが、なぜかこの系列のコンビニの一部は店員がカウンターの内側で淹れ手渡しする仕組みとなっている。
「ですので、コーヒーの量が少ないといったことは起こらないと思うのですが……」
「その機械が壊れていたんだろう!?」
「ひっ!!」
怒気に当てられてバイトの子の口から悲鳴が漏れる。
しくじったのを自覚する。ヒートアップさせてしまったのもそうだが、話の進め方を間違えた。
このまま会話が進めば機械が壊れているかどうか、検証する流れになるだろう。
当然無償で行うわけには行かない。事態がさらにややこしくなる。そもそも口出しせずに、店長が帰ってくるまで時間稼ぎをするべきだった。
「もう一度コーヒーを淹れれば済む話だ。もちろん料金はお前たち持ちだからな」
懸念した通りの言葉を男は吐き捨て、してやったりの顔を口を閉ざすこちらに向けて浮かべた。後悔しても遅い。事態を穏便に済ませる方法を頭の中で模索する。
「ちょっといいかしら」
為すすべもなく立ち尽くす俺に、助け船が全くの予想外の場所から出された。
「わたしが買ってあげてもいいわよ。ちょうどコーヒーを飲みたいと思っていたところなの」
自信に満ち溢れた声の持ち主は、俺が先ほどレジで待たせていた女性だった。力強く芯の通った佇まいに、不敵な笑みを浮かべて彼女はそこに立っていた。
「私がやるので、黒崎さん! あとはお願いします」
与えられた逃げ道に飛びついたバイトの子は颯爽とコーヒーメーカーの前に陣取った。
「お客さまが注文なさった商品は何でしょうか?」
「……チッ、ホットコーヒーのMだ」
これについては嘘がつけない。レシートを見れば一発で分かる。念のため、レシート捨て場を確認すると、数分前にホットコーヒーのMサイズが購入されているのが見て取れた。
既に宣言しているとはいえ、形式上の注文の確認をとる。
「ホットコーヒーのMサイズでよろしいですか」
「ええ」
支払いの手続きを行い、後ろを向いて頷く。
バイトの子はパネルを操作して慎重にホットコーヒーのMサイズを押した。
黒い液体が豊かな香りとともにカップへ注がれていき、ついに問題なく通常の量が放出されたことを確認できた。
胸を撫で下ろした彼女は、ゆっくりとこぼさないように男が提示したカップの横に並べた。比較しても二倍程度の量がある。
「機械にも不備はなかったようですが」
ここで偶然その時だけ機械が不調だったんだ、とでも主張されたら平行線へもつれ込む恐れがあったが杞憂に終わった。
「分かったぞ。このガキが、ボタンを間違えて押したんだ!!」
一見ありえそうに思える可能性だが、とあることから否定される。
冷静ならこんなこと思いついてもすぐに間違いだと分かっただろうに。
「それはおかしいと思います」
「それは無理があるわね」
俺と助け船を出してくれた女性が発した言葉が重なる。
お互いの視線が交わり、次の瞬間には彼女は口を開いていた。
「あなたの発言には矛盾がある、君はそう言いたいのよね」
それは俺にバトンを受け渡す意図がある言葉だった。あとは任せたとでもいうようにスラリと身を引いて、俺とクレーマーを向かい合わせる。一歩引いた場所から観戦する心積もりのようだ。
男は対象を俺に向けて言った。
「どこにボタンを押し間違えていないという証拠がある」
おそらく彼も後に引けなくなっているのだろう。自らの過ちを認められずヒートアップしていく――よくある構図だ。
俺は聞かれた通り、ボタンを押し間違えていない理由から話し始めた。
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