悪役大司教、自らの運命を悟り本気で勇者の命を狙う ~大司教になって私腹を肥やしたら勇者に殺されるそうなので先に殺そうとするも、いつのまにか聖者と呼ばれるようになったのはなぜなのか~

雨雲ばいう

第一章 聖イグラネウス修道院編

第1話

 俺は将来を約束された選ばれし特権階級である。


 父親は大司教で母親は金貸しの商人の娘、もう父を継いで大司教となり思いっきり私腹を肥やせることが確定しているようなものだ。


 聖堂の裏にある金庫室で金貨を数えながら、俺はにやにやと笑いが止まらなかった。この目の前にある黄金の山は将来全て俺のものになるのである。


「アドライト様、夕暮れの礼拝の時間でございます。」


「わかった、今いく。」


 父の手下である助祭が俺を呼びにきたようだ。


 楽しみを邪魔された俺は舌打ちをしながら聖堂にむかう。聖歌隊の歌声を聞きながら、俺は聖堂の椅子の上で眠りについた。




 ……見慣れた豪華絢爛な聖堂が焼け落ちていく。祭壇の後ろでうずくまっているのは俺だ。


 背後から金属同士がこすれあう音が聞こえてくる。みっともなく震える俺に鎧をきた男が青白く光る剣をむけた。


『もう観念しろ、なんの罪もない人々から金を搾りとった悪徳大司教のお前にも報いが来たんだ。』


『俺は大司教だぞ、下賤な平民どもから金を没収してなにが悪い!』


『っ! もういい、僕は勇者としての責務を果たすまでだ!』


 鎧の男が剣を振りおろす。首に冷たい感触が走ったかと思うと視界が暗くなった。




 あまりにも生々しい悪夢に俺はとび起きた。慌てて首に手をあてる。


 なんとひどい夢だったのだろう。金を下民から集めただけで勇者と名乗るおかしな男に首を切り落とされるなんて理不尽極まりない。


「アドライト様! 首に傷跡が!」


 あまりにも不条理な夢に俺が不機嫌になっていると、隣で慌てた声が聞こえる。


 さしだされた鏡でみると、どう考えてもここ数時間の間にできたとは思えない古傷の跡が首を一直線に横切っている。


「これは聖痕に違いありません!」


 感極まった様子で騒ぎ立てている助祭の横で、俺は例の悪夢をもう一度思い返す。


 たしか勇者とかいうやつに剣を振りおろされたのはこのあたりだったような……。


 俺はゾッとした。あの悪夢だけなら単なる思い違いだと無視できたが、首筋に跡が残っているとなると話は別だ。


「過去には殉教される数年前に脇腹に槍の跡ができた聖人もいらっしゃったとか……。」


 そうだ、過去にも奇妙な古傷が刻まれた聖人というのは無数にいた。今までは迷信だと嘲っていたのだが、まさか自分の身に降りかかることになるとは思ってもいなかった。


 そういった聖痕と呼ばれる傷跡はたいてい聖人の死の瞬間を暗示するものだったはずだ。


 俺は顔の血の気がすっとひいていくのを感じた。まさか、俺の最期は妙な言いがかりをつけてきた勇者による惨殺だとでもいうのか。


「み、認めん……。」


「アドライト様、いかがなされました?」


「そのような最期など認めてたまるかぁ―――!」


 衝撃と怒りで意識が遠のく中、俺はせめてもの抵抗とばかりに叫んだ。




 息子のアドライトに聖痕が宿ったらしい。教会の大司教を務める小太りの男、ホルトロンはその知らせに狂喜した。


 聖痕といえばまさに神の愛の象徴。そんなものを息子が手に入れたとなれば自身の教会での名声はそれこそうなぎ登りだろう。


 目まぐるしく打算を働かせているホルトロンのもとに、アドライトがやってきた。


「お父上、ひとつお願いがあるのですが。」


「なんだ、ひとつと言わずいくつでもいいなさい。なにしろお前はめでたくも神の愛情をうけたばかりなのだからな。」


 ご機嫌なホルトロンの表情は、アドライトの次の言葉を聞いた途端凍りついた。


「このアドライト、"聖イグラネウス修道院"にて修行に励みたいのです。」


 "聖イグラネウス修道院"とは、邪竜を討伐したという聖者イグラネウスが創建し、怪物の討伐を使命と定める修道院である。


 創建者の偉業に心酔しあまりにも過酷な修行に身を投じる修道士たちは教会の中でも異質な集団であった。


「な、なんだってそんなところに……。」


「我が家の繁栄のためです、なにとぞ!」


 耳を疑うような願いにたじろぐホルトロンにアドライトが詰め寄る。その目は血走っており、とても正気だとは思えなかった。


 悪霊でもとりついたのかと疑うホルトロンだったが、ふとある考えに思い至った。


 もしかすると、アドライトは教会内の権勢をさらに確実にするために手を打とうとしているのではないか。


 ホルトロンの物欲を快く思わない者は教会の中にも多い。せっかくアドライトに聖痕が宿ったとはいえ偽物だと吹聴するものも現れるだろう。


 だが、あの"聖イグラネウス修道院"にてアドライトが修行を積んだとなれば誰も文句は言えないに違いない。息子はそれを狙っているのだ。


 ホルトロンは感激にむせび泣いた。まさか息子がこれほどまでに立派に育ってくれたとは……。


「いいでしょう、もはやなにもいいません。存分に神の教えを極めてきなさい。」


 アドライトの手をぎゅっと握りしめ、ホルトロンは我が子の成長をしみじみと噛みしめた。




 お父上からの許しを得た後、俺はすぐさま修道院にむけて旅立った。


 あの悪夢が正しければ、俺はそのうち大司教として私腹を肥やすようになり勇者に殺されることになる。


 だが、使えきれないほどの金貨の山を築きあげるという夢を俺は捨てられない。


 ならば、残された選択肢はひとつだけだろう。




 ――――――殺されるまえに、殺す。




 勇者さえ殺せば、俺は破滅の運命から逃れられる。そのためにも、俺は絶対に強くならなければいけない。


 切りたった岩山の上に建つ修道院を視界に収めながら、俺は決意を新たにした。

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