【第6話】

 壁を通り抜けた先にある東京の街並みは荒れ果て、物々しい雰囲気に包まれていた。



「東京ってゴミも落ちてないぐらいに綺麗な街並みじゃなかったっけ。汚いな」


「まるでストライキが起きた欧州みたいですね」



 車を運転するリヴの隣で、ユーシアは窓の向こうに視線を投げる。


 壁の内側とは打って変わり、あまりにも汚さが目立つ。街路樹の葉は伸び放題となり、花壇は雑草だらけとなり、ゴミが植木に突き刺さっている。空き缶やペットボトル、お菓子の袋ゴミまで地面に散乱していた。

 道路沿いに並ぶビルに明かりはついておらず、窓は割れているし何だったら入り口も盛大に破壊されて荷物がまとめて運び出されていた。おかげで見える場所にある店舗はすっからかんとなっている。


 ユーシアは懐から【DOF】である黒い煙草を取り出し、



「やだな、こんな汚いの」


「きっとこの場所は【OD】が支配したんでしょうね。壁の内側は【DOF】を検知された途端に死刑が待っているから、壁の外に逃げざるを得なかった」



 リヴは無表情のまま、ボコボコと足場の悪い道を突き進んでいく。



「身体が綺麗な連中だけ壁に囲って何がしたいんだか」


「都合悪いものは殺せってことですかね。随分と頭の悪いことを考えますよ、本当に」


「体内の【DOF】を検出することが出来るのは頭がいいと思ったのに」



 ふとユーシアが車のバックミラーに視線をやる。


 ゾロゾロと、どこからか姿を見せた人間たちが壁に向かっているのだ。その先にあるのはユーシアたちが今しがた車で通り抜けてきた大穴である。窓越しに日本語の言葉が聞こえてくる。

 おそらく、こんな荒れ果てた街並みではなく綺麗な街並みに移動したいのだろう。その気持ちは大いに分かる。壁の向こう側には物資も溢れており、清潔感があって、住みやすさがあるだろう。こんなゴミだらけの汚い街並みに誰が住みたいと願うものか。


 だが、それを許さない連中がいる。壁の内側という限られた世界を守る警察組織だ。





 ――ドガガガガガガガガガガガガガガ!!





 耳朶に触れる銃声。


 弾かれたように壁へ視線を投げると、大穴から銃弾が雨霰あめあられのように飛んでくる。壁の大穴を通じて内側に入り込もうとした連中を全員撃ち殺す勢いだ。実際、撃たれた連中は身体から鮮血を吹き出して紙屑のように吹き飛び、ひび割れたコンクリートに墜落して死んでいた。

 当然ながら、壁からそれほど離れていない場所を走っていたユーシアたちにも被害は出る。大穴から飛んでくる銃弾から逃げるように車が加速するが、地面がボコボコになっているので車は盛大に揺れる。


 助手席にしがみつくユーシアは、



「リヴ君、気持ち悪くなってきた」


「吐いたら殺します」


「運転を何とか出来ないの?」


「道路の状態が悪すぎるんですよ、走ることが出来るだけマシだと思ってください!!」



 アクセル全開で車を加速させるリヴだったが、ついにその時がやってきてしまう。





 ――パン!!





 背後から何かが弾ける音がして、車が一際大きく跳ねた。それから徐々にスピードが出なくなり、やがて強制的に止まってしまう。

 車が傾いているので、おそらくタイヤがパンクしてしまったのだ。足場が悪い上に背後から容赦のない銃撃を受けていればパンクでもするだろうと思ってはいたが、ついにその時が来てしまった訳である。これでは車で逃げることが出来ない。


 リヴは聞こえるような舌打ちをし、



「仕方ないですね、車を捨てて歩きます。積み込んである荷物は持っていきましょう」


「お前さんのレインコートの下、しまえる場所ある?」


「あるに決まっているでしょう。そうでなければこんな提案はしませんよ」



 リヴは運転席から降りると、後部座席の扉を開ける。荷物に埋もれるようにしてお菓子を口に運んでいたネアが「ついた?」と呑気な声を漏らす。



「タイヤがパンクしてしまい、もう走ることが出来ません。ここからは歩いてください」


「おかしたべてていい?」


「お菓子は一旦止めましょう、ネアちゃん。いつ後ろから撃たれるか分からない状況なので」



 リヴに言われ、ネアは「はぁい」と素直に応じる。食べかけのお菓子の箱はスノウリリィに小さく折り畳んでもらい、肩から下げた熊さん型のポシェットにしまっていた。

 親指姫の異能力を駆使して、リヴは次々と車に詰め込まれていた商品をレインコートの下に収納していく。クリーニング屋の商品といえば洋服だ。しかもクリーニングが必要となるものといえば、そこそこ値段が張るものが多い。いざとなったらこれらの衣類を売却して金銭を得る作戦だろう。


 ユーシアもまた助手席を降りると、バラバラと聞き覚えのある大きな音が耳朶を打った。



「まだ追いかけてくるの?」


「知らないんですか、シア先輩。日本人はしつこいんですよ」


「それ自分にも返ってきてない?」



 空を飛ぶ軍用ヘリコプターに悪態をついたユーシアへ、リヴがしれっとそんなことを言う。彼自身もまた元を辿れば日本人なので、その理屈で言うならリヴもしつこい男に分類されてしまう。

 リヴが「僕のどこがしつこいって言うんですか」と憤る様を適当に流して、ユーシアは抱えていたライフルケースを足元に置く。蓋を蹴飛ばしてしまったばかりの対物狙撃銃を拾い上げた。


 排莢し、新たな弾丸を装填する。無防備にも1機で飛んでくる軍用ヘリコプターに狙いを定めると、



「もう死んでよ、しつこいな」



 吐き捨て、ユーシアは引き金を引く。


 大口径の銃口から放たれた弾丸は、軍用ヘリコプターを的確に貫通する。ユーシアの異能力が適用されるのは生物のみとされているので、人間や動物以外は通用しないのだ。その為、無機物であるヘリコプターは問題なく射抜ける。

 銃弾が貫通した軍用ヘリコプターは、空中で爆発四散した。爆発四散ということは、乗組員は全員死んだと見ていいだろう。巨大な鉄の塊がコンクリートの上に落下し、耳障りな轟音を立てる。


 純白の対物狙撃銃を大きなライフルケースにしまい、ユーシアは「これしまっといて」と言う。



「重いから持ちたくない」


「僕はアンタ専用の運び屋じゃないんですよ」


「いいじゃん、あのヘリコプターを撃墜したんだから。代わりに狙撃銃の方を寄越して」


「我儘ですね」



 リヴは対物狙撃銃を収納したライフルケースをレインコートの下にしまうと同時に、ユーシアへ普通のライフルケースを渡す。愛銃である純白の狙撃銃が天鵞絨ビロード張りの台座に置かれていることを確認してから拾い上げた。

 ネアもスノウリリィも後部座席から荒れ果てた東京の街並みに降り立ち、周囲を見渡して「ごみいっぱい!!」「汚いですね……」などと感想を述べている。先程まで見えていた綺麗な街並みとは違ってゴミだらけの世界なので混乱するのは大いに理解できる。


 すると、



『ネオからの来訪者だ』


『それに見ただろう、あの白い銃を』


『あれを使うのは1人だけだ』


『ようやく見つけた』



 ボソボソとした日本語が飛び交う。


 いつのまにそこにいたのか、ユーシアたちはマント姿の集団に囲まれていた。全身を真っ黒なマントに覆い隠した謎の集団は、不思議なことに裸足でひび割れたコンクリートの地面を踏み締めている。

 ユーシアたちを取り囲むマント集団は『我々の勝利が見えた』『一矢報いる時だ』などと日本語で語りかける。日本語が理解できないユーシアは首を傾げるばかりだが、生粋の日本人であるリヴは苦々しい表情を見せてレインコートの袖から軍用ナイフを滑り落とす。


 明らかに臨戦態勢な相棒に、ユーシアは「ねえ」と話しかける。



「何なの、こいつら。何て言ってる?」


「悪質な宗教みたいな言葉の羅列です。耳を傾けると脳味噌から改造されて死にますよ」


「怖ッ」



 ボソボソとした言葉の羅列が呪いの言葉に聞こえてきたユーシアは、ネアとスノウリリィを側に呼び寄せる。相手が何をしてくるか分からない以上、離れるのはよくない。


 ユーシアたちに何かを語りかけていたマントの集団から、誰かがのっそりと歩み寄ってくる。ユーシアと同じぐらいの身長を持つそれは、例外に漏れずやはりマントで全身を覆い隠していた。

 頭まですっぽりと覆われたマントの下から、鋭い眼光が覗く。雰囲気は日本人というより、身長も相まって外国人のような気配さえあった。


 その誰かはユーシアたちの前に立つと、英語で話しかけてきた。



「来い、我らが王のお待ちだ」

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