第2話
その時、僕は誰かに腕を強く掴まれ、後ろに引き戻された。
「こんなところで何してるの?」
僕の腕にいきなり抱きつき、甘ったるい声で上目遣いに話しかけてきたのは、私服姿の妹だった。
その派手でケバい姿は、ナオと同じ高校二年生だとは思えない。突然僕に抱きついてきた派手な女の子の登場に、ナオも驚いて微笑みを引っ込めて黙ってしまっていた。
何でこいつが僕のことを名前で呼びかけて、しかも僕の腕に抱きつくのか。こんなことは今までなかったのに。
そう思った時、僕はさっき僕のベッドの中で僕に抱きついたまま寝入っていた妹のことを思い出した。
嫌がらせか。
僕は珍しく本気でこいつに腹を立てていた。 昨日、僕とナオが一つの傘に入って一緒に駅に向うところを目撃した妹は、今日も僕たちが一緒なのではないかと思いついたに違いない。そしてこいつは、僕とナオが恋人同士だと思い込んでいた。
もう間違いない。こいつはわざわざ僕に嫌がらせをするために、こいつが勝手に思い込んでいる僕とナオの関係を邪魔することにしたのだろう。
「どした? ナオト、この人誰?」
妹が僕の腕に抱きついたまま僕の方を上目づかいに眺めた。何か柔らかなものが僕の腕に押しつけられている。
人というのは、こんなに純粋な悪意によって行動できるのだろうか。父さんたちの再婚以来、こいつが僕のことを徹底的に嫌っていることは十分にわかっていた。
自分の部屋のドアを開け放し、あられのない姿を僕に見せ付けるのだって、そんな自分の姿を覗こうとする僕のことを、父さんたちに言いつけるための嫌がらせだった。
そういう妹の行為に対して、僕は一定の範囲で理解して許容していた。
父さんと母さんは僕のことをいつも誉めてくれる。成績も素行もよく両親の言うことをしっかりと守るいい子だと。そのことが妹にとって強いプレッシャーになっていたことは間違いない。僕のことが妹の行動の原因の少なくとも一因にはなっていると考えると、心の底から妹を嫌うことはできなかった。
でも、次第に彼女は両親に対しても反抗し、僕に対しては、これまで以上に攻撃的なまでの嫌がらせを繰り返すようになった。
同時に僕と違う自分を演出しようとしたのか、妹は勉強とか部活とかには背を向け、遊び歩いているグループに入って、両親の帰宅が遅いのをいいことに夜遊びを繰り返ようになったのだ。
僕は、こいつの彼氏らしい男とこいつが、一緒に歩いているところを見たことがある。派手な格好で大きな声で傍若無人に振る舞う工業高校の高校生だった。
その時の僕は自分には関係ないと思いつつ、自分の妹がこんなやつのことを好きだということに、無意味に腹を立てたのだった。
「お邪魔してごめんなさい。あたしもう行かないと」
ナオが戸惑ったような声を出した。さっきとは打って変って笑顔もなく、僕に視線も向けてくれなかった。
「いや、ちょっと」
僕がナオにこいつは自分の妹だよと言おうとしたとき、妹が僕を遮るようにナオに話かけた
「あ、そう? 何か邪魔したみたいでごめんね。あたしいつもナオトと一緒に登校してるからさ」
妹に反論してこの一連の出来事が嘘だよとナオに言いたかったけど、ナオはその機会を与えてくれず、僕と僕の腕に抱き付いている妹にぺこりと頭を下げて、駅の方に去って行ってしまった。
ナオはもうこちらを振り向かなかった。
「・・・・・・何でこんなことした」
僕は怒りを抑えて妹を問い詰めた。きっと嘲笑気味に答が帰って来るだろう。僕はそのことは承知していたけど、それでも今朝の妹の仕打ちは許せなかったのだ。
「何でこんなことをしたのか言えよ」
案の定、妹はナオがいなくなるとすぐに僕の腕から手を離した。もともと僕に抱きつくなんて嫌で仕方なかったのだろう。
「あんただって同じことしたじゃん」
僕から離れた妹が僕をにらんだ。
「前にあたしが彼氏と二人で歩いているとき、あたしたちのこと邪魔したじゃない」
「ちょっと待てよ。僕は別におまえとおまえと彼氏のことなんか邪魔した覚えはないぞ」
「したよ。町で偶然に出会った時、あんた彼氏のこと虫けらでも見るような目で見てたじゃん」
それは本当のことかもしれなかった。妹のことなんてどうでもいいとは思っていたけど、それにしてもあんなクズと付き合っているとは思ってもいなかったから。だから、意識してしたことではないけど、妹の彼氏らしい男に無意識に見下すような視線を向けていたとしても不思議なことではなかった。
「あんたは確かにあたしたちを見ただけだよ。でもね、ああいう目で見下されただけでも心は痛むんだよ。あの後、彼氏が悩んじゃって大変だったんだから」
妹が言うには、自分を侮蔑的な目で見ている奴がいるから、ちょっと喧嘩を売ってきていいかと妹の彼氏が言ったらしい。
妹があれはあたしの兄貴だよと話すと、そいつは今までの威勢の良さを引っ込めて、俺って本当に駄目なやつに見えるのかなあと言って落ち込んだそうだ。
「その仕返しのためにわざわざ早起きして僕の後を付いて来たのか」
「それにあの子はあんたとは付き合えないよ」
「誰も付き合いたいなんて言ってないだろ」
でも妹はもう何も話そうとしなかった。
僕はその場に妹を置いて、黙って駅に向って歩き出した。確かに妹の言うことにも一理あるのかもしれない。人は暴力だけではなく、言葉や視線だけでも他人を傷つけることができる。
でも、僕が妹とその彼氏を目撃する前から、妹は僕に対して数々の嫌がらせを仕掛けていたわけで、こんなことは理由にならない。
こいつには言葉が通じない。これ以上話しても無駄だ。そう考えたことは今回が初めてではないのだけど。
ざわめく心を静めながら電車の中で吊り輪に掴まっていたとき、スマホにメッセージの着信通知があった。ディスプレーに目を落とすと、LINEの着信だった。一瞬、目に映ったのは見慣れないアイコンだった。
『ナオです。さっきは待ち伏せしたりお名前を聞いたりとか図々しくてごめんなさい。あと、彼女さんと待ち合わせしてるってて思わなかったんで、昨日のお礼を言いたかっただけなんですけど、彼女さんが誤解したとしたらすいませんでした』
このままナオの誤解が解けないのは嫌だ。そして誤解さえ解いてしまえば、この先もっとナオと親しくなれるかもしれない。僕はその時、もうどんなに恥をかいてもいいと思った。
ナオが僕のことを好きでなくてもいい。もうこれ以上僕の心には嘘をつけない。
普段臆病な僕だったけど、この時は妹との関係への誤解を解いてナオと親しくなりたいということしか考えていなかった。
『さっきの女の子は僕の妹です。あまり仲が良くないのですぐにああいう悪ふざけをするんで困ってるんですけど、あいつは僕の彼女ではないよ~』
一瞬で既読になり、数十秒後、ナオからのメッセージが再び表示された。
『そうだったんですか。妹さんの冗談だったんですね。まじめに悩んじゃった自分が恥かしいです(汗)』
『誤解させてごめん。でも悩んだってなんで笑』
今度もすぐに既読になったけど、しばらく待っても返信は来ない。何かまずいことを言っちゃったかなと不安になった。これでもうLINEのやりとりは終了なのだろうか。
数分後、もうあきらめてスマホをしまおうとしたとき、ナオから長文のメッセージが来た。
『ナオトさんって彼女いますか? さっきは面と向って告白する勇気はなかったんですけど、妹さんのおかげでLINEですけど、頑張って告白します
ナオトさんのことが好きです。明日の朝も駅前の高架下のところで待ってます。よかったら返事をください
それではまた明日』
「ふーん。そんなことがあったんだ」
渋沢が学食のカツカレー大盛りを食べながら言った。
昼休みになってすぐ、僕は渋沢に昨日と今朝のできごと全部話し、LINEまで見せて相談した。
「よかったじゃんか。初めて会って気になってた子が次の日におまえに告ってくるなんて、何かのアニメみてえだな」
それは渋沢に言われるまでもなく、自分でも考えていたことだった。こんな僕にはもったいないほどの幸運としか言いようがない。
「まあ素直におめでとうと言っておこう。由里もこのことを聞いたら喜ぶよ。どういうわけかあいつ、やたらおまえのこと気にしてるしさ」
志村さんは約束どおり、僕の恥かしい勘違いの告白のことを誰にも言わなかった。彼女は、彼氏になった渋沢にさえ、その告白を黙っていてくれたのだ。
「そんで明日も駅前で待ってるんだろ、その富士峰の高校の子って」
「うん」
「きっちり決めろよ。おまえいざと言うとき無駄に迷うからな。こういうときは余計なことを考えずに素直にただ一言、俺もおまえが好きだ、でいいんだからよ」
「・・・・・・僕も君が好きです、じゃだめかな?」
「それでもいい。僕とか君とは普通は言わねえけど、おまえはそれが口癖になっちゃってるしな。変に気取ってもすぐにばれるだろうしよ」
渋沢に相談していると僕はだいぶ気が楽になってきた。
大学に来る途中、ナオのメッセージを見た時の興奮や歓喜は、時間が経つにつれ僕の中でプレッシャーに変化していたのだ。
こんなに都合よくあんな美少女が僕に告白するはずがない。だとしたら何で彼女は出会った翌日に、ろくに会話したこともなくどういう男かわからない僕なんかに告白したのだろう。
しかも今朝は妹の嫌がらせもあったわけで、彼女の僕に対する印象は最悪のはずだった。
でも渋沢はそんな僕の心配なんか、今は考える必要なんかないと言った。
「ナオトさんが好きですってはっきり書いてあるじゃん。これ以上彼女に何を求めてんの? おまえ」
渋沢はあきれた様子だった。
「とりあえず彼女のことが気になるんだろ? それなら明日、君が好きって言えよ。付き合ってみてこんなじゃなかったって愛想つかされることなんか心配してたら、いつまで経っても彼女なんかできねえぞ」
多分渋沢の言うとおりなのだろう。
彼に励まされ背中を押されて少し気が楽になった僕は、明日の朝、君のことが好きだと返事することにした。
明日までの緊張に耐えられそうになかったので、できれば今日中にLINEで返事をしたかった。渋沢もそれでいいんじゃね? って言っていたけど、彼女から明日の朝返事をするように言われていた僕は、とりあえずまだ完全には無くならない緊張に耐えながら、彼女の言葉に従うことにしたのだった。
帰宅すると家には誰もいなかった。両親は今夜も遅いか職場で泊まりなのだろう。もともとうちは、昔から両親が家にちゃんといる方が珍しいという家庭だった。
僕にとって幸いなことに、二日間も連続して僕に嫌がらせをしてきた妹は、今夜はまだ帰宅していなかった。多分、彼氏と夜遊びでもしているのだろう。妹は両親がいない夜は家にいる方が珍しいのだ。
そしてそんな妹のことを、僕は余計なトラブルを起こすのが嫌だったから、両親に告げ口したことはなかった。妹がよく言うようにあいつのことは僕とは関係ないのだ。
とりあえず今日は簡単な食事を作って寝てしまおう。僕は明日の朝、ナオの告白に返事をしなければならない。そんな重大な出来事を抱えて普段のように夜を過ごすことなんか考えられなかった。実際、今だって胃がしくしく痛むほどのストレスを感じているのだから。
僕は妹がいないことを幸いに、義務的に味すら覚えていないカップ麺だけの食事を済ませるとさっさとベッドに入って目をつぶった。
ようやく眠りにつきそうだった僕は、階下でどたんという大きな音が聞こえたせいで目を覚ましてしまった。
大きな物音に続いて、けたたましい笑い声がリビングの方から響いてきた。
僕は強く目をつぶって階下の出来事を無視しようとした。
明日は早起きしてナオに告白しなければいけない。こんな夜に階下に下りていくのは、心底から嫌だった。少しだけこの騒音を耐えていれば、すぐに収まるに違いない。僕は無理にもそう思い込もうとした。
父さんと母さんが深夜に帰宅したときは、僕たちを起こさないよう、できるだけ音を立てないようにシャワーを浴びたりしてくれていることを僕は知っていた。だから階下のこの騒音は。夜中に帰ってきた妹に違いないのだ。
階下の騒音を無視することして毛布を頭からかぶろうとしたとき、何かのアニメの音楽が強烈な音量で流れ始めた。ここにいてさえやかましいくらいのボリュームだ。
しばらくして、僕はついにこのまま寝入ることを諦めた。これでは近所の人たちにも迷惑なほどの音量だったし、このまま放ってはおけない。
階下に下りてリビングに入った僕はまっすぐにオーディオ機器の方に向かい、アンプの電源をオフにした。突然静まり返ったリビングのソファには、思っていたとおりだらしなく横たわっている妹の姿があった。
リビングの床には、妹の派手な服が転々と脱ぎ捨てられている。当の妹はお気に入りの音楽を消されると、ソファから起き上がり、何か聞き取れない声で怒鳴りながら僕に掴みかかってきた。
妹の顔が僕のそばに寄ってくると強く酒の匂いがした。やっぱり飲んでいたのだ。
「何で勝手に音楽消すのよ。あんたには関係ないでしょ」
身体をかわされた妹が僕をにらんだ。でもその声は呂律が回っていなかった。
「近所迷惑だろ。何時だと思ってるんだよ」
「うっさいなあ。あたしのそばに来ないでよ」
妹は明らかに泥酔していた。
「とにかくシャワー浴びて寝ちゃえよ。ガキの癖に酒なんか飲むからこんなことするんだろうが」
僕は本当にいらいらしていた。明日は早起きしてナオに告白しなければいけないのに、何でこういう日にこいつはこんなトラブルを持ち込むのだろう。
「ガキって何よ、ガキって」
妹はふらつきながら再び僕をにらんだ。
「とにかくシャワー浴びて寝ろ。今ならまだ母さんたちにばれないから」
こういうことは前からたまにあったけど、ここまで酷いのは初めてだった。僕は妹との間にトラブルを起こすのが嫌だったから、こいつが飲酒していることはこれまで両親には黙っていた。
それでも今夜のこれは酷すぎる。ここまで来ると黙っている僕さえも同罪かもしれない。
僕は一瞬両親にこのことを話そうかと思ったけど、すぐにその考えは脳裏から失われた。
今の僕はそれどころではない。高校生の妹の飲酒癖は早めに直した方がいいに決まっているけど、結局は妹の自己責任というか自業自得じゃないか。
僕は明日早起きして駅までナオに会い、彼女の告白に返事をしなければならない。こんな深夜に妹の面倒をみている場合ではないのだ。
「どいてよ」
突然妹がそう言って僕の横をすり抜けリビングを出て行った。
しばらくすると浴室の方からシャワーの音がした。僕はほっとした。これで少しは妹も正気に戻るだろう。
僕は妹が脱ぎ散らかしたコートとかハンドバッグとかを拾い集めた。もうこんな時間だから両親は泊まりで仕事をしているのだろうけど、万一遅い時間に帰宅したときに、こんなリビングの様子を見られるわけにはいかない。
それは姑息な誤魔化しだったけど、今の僕には他にいい手段は思いつかなかったのだ。
ソファを片付けていると、その片すみにバーボンの小さいボトルが転がっているのが見えた。粋がっている高校生の飲酒なんて、せいぜいビールとか缶入りの梅酒とかだろうと思っていたのだけど、それはアルコール度数四十度の強い酒だった。
仮にこんなものをどこかで飲んでいたとしたら、妹が家に酔っ払って帰ってきたとしても不思議はない。
僕はため息をついてそのボトルに残っていた酒をキッチンのシンクに流して捨てた。
リビングがだいたい片付いた頃、リビングのドアが開いて全裸の妹が戻ってきた。
茶髪が濡れているところを見ると、シャワーを浴びていたのは本当だったようだ。こいつはろくに髪も体も拭いていないのだろう、髪も体もびしょ濡れのままだ。
「お兄ちゃんの言うとおりにシャワー浴びたてきたよ」
さっきまで激怒していた妹は嫣然と僕に微笑みかけた。
「どう?」
「どうって何が・・・・・・つうか服着ろよ」
僕は妹の裸身から目を逸らした。
何でこいつが突然僕にお兄ちゃんなんて話しかけるのだろう。そもそも何でこいつは服を着ていないのだ。
「お兄ちゃん、ちゃんと見て。これでもあたしはガキなの?」
先入観から、僕は妹の肌とかは穢れていて汚いという印象を持っていた。彼氏がいたり夜遊びするような妹が清純な少女のはずはない。
でも目を逸らさなきゃと思いながら思わず見入ってしまった妹の裸は綺麗だった。あれだけ遊んでいるビッチとは思えないほど。
白い肌。思っていたより控え目な胸。細い手足。
「ねえ。これでもあたしってガキなの?」
妹が僕の方に近づいてきた。
「あたしを見てどう思った?」
クスクスと笑う妹の声。
「あ、そうか。お兄ちゃんってキモオタだから見ただけじゃわかんないのか」
「おい、よせよ。僕たちは兄妹だろ」
「何言ってるのよ。本当の兄妹じゃないじゃん。それにそんなことは今関係ないじゃん」
妹が裸の腕を僕の首に巻きつけようとした時だった。
「あれ、何か揺れてるよ。あれ」
シャワーを浴びたことも効果がなかったようだった。妹は酔いが回って目を廻したのだろう。
妹が床に崩れ落ちる寸前に、僕は妹の裸身に手を廻して辛うじて彼女を支えることができた。
妹は僕に抱きかかえられたまま寝入ってしまった。酔いつぶれている人間を、二階の部屋のベッドに運び込むことがこんなに大変なことだと、僕はその日初めて思い知らされた。
手っ取り早くお姫様抱っこしようとしても、ぐんにゃりとした妹の体はとても持ち上げることはできなかった。
結局僕は妹をの肩を抱きかかえて、半ば無理に立たせた彼女を引き摺るようにしながら、ようやく二階の彼女の部屋に運び込むことができた。
もう下着とか服を着せるのは無理だった。僕は妹をベッドに投げ出して、こいつの裸身に毛布をかけてから自分の部屋に戻った。
泣きたい気分だった。仲の悪い酔った妹から裸を見せつけられるような悪ふざけをされた。
早寝するどころではないうえ、明日、というか今日の早朝には寝不足のまま、ナオに会って告白の返事をしなければならないのだ。
いや、そんなことを嘆いている場合ではない。とにかく寝過ごしてはいけない。僕は目覚まし時計のアラームを確認すると、スマホのアラームもセットした。明日だけは何としても遅刻できない。
僕は再びベッドに潜った。ようやく眠りについたとき、その短い眠りの中で夢を見た。
夢の中の少女はナオでもあり妹でもあった。そしどういうわけか夢の中の少女は清楚で恥かしがりやで、でも積極的な女の子だった。
夢の少女は全裸で僕に微笑んだ。
『お兄ちゃんのことが好きです。明日の朝も駅前の高架下のところで待ってます。よかったら返事をください。それではまた明日』
『ナオトさん、これでもあたしってガキなの?』
『ナオトさんあたしを見てどう思った?」
クスクスと笑う妹の声。いやそれはナオの声だったのか。
「あ、そうか。ナオトさんってキモオタだから見ただけじゃわかんないんですね」
俺に抱きつこうとするナオ、いやそれは妹なのだろうか。
その時、時計と携帯のアラームが同時に鳴り出し、僕は目を覚ました。嫌な汗が全身を濡らしていた。
朝食を省略しシャワーだけ浴びて、昨日の夢と汗を洗い流して、僕は早々に家を出た。
妹の部屋を覗くと妹はぐっすりと寝入っているようだった。
ただし、昨夜僕がかけた毛布ははだけていて、ベッドの上の妹は一糸まとわぬ全裸のままだった。僕は妹から目を逸らした。
緊張したまま駅前の高架下に着くと、所在なげに立ちすくんでいるナオの小柄な姿が目に入った。
このまま黙って通り過ぎたいと思うほど、僕の胸は激しく動悸がし、胃は痛んだ。でもここでへたれるわけにはいかない。僕は渋沢の言葉を思い浮かべた。
そうだ、既にメールで僕は告白されているのだから、万に一つだってナオに断られることはないのだ。
ナオが僕に気がついて顔を赤くして頭を下げた。
「おはようナオちゃん」
「おはようございます。ナオトさん」
彼女は恥かしそうに微笑んだ。でも体の前で震えている手が彼女の余裕を裏切っていた。
こんなに美少女のナオちゃんだって、告白の返事を聞くときは緊張するんだ。何だか僕は新しい発見をしたよう気分になり、少し気が楽になった。同時に僕は妹との酷い夜のことが心の中から薄れていくのを感じた。
「遅くなってごめんね」
「いえ・・・・・・わたしが早く来すぎただけですから」
しばらく僕たちの間に沈黙があった。でも今日だけはその沈黙を破るのは僕でなければいけない。
「メール見たよ。僕もナオちゃんのこと好きだよ。よかったら付き合ってもらえますか」
僕の前に立っている華奢な少女の目に少しだけ涙が浮かんだようだった。僕は言うことを言ってじっと彼女の返事を待った。
「・・・・・・はい。嬉しいです」
ナオは僕に抱きついてきたりしなかったけど、潤んだ目で僕を見つめてそっと自分の白く華奢な手を伸ばして僕の手を握ってくれた。
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