再び生きると書いて

九十九 那月

第一頁

 はじめに目を覚ました時、私は真っ白な部屋の中に居ました。

 しばらく茫然と、その白い光景を眺めていました。


 そのうちに気付きます。真っ白な何かだと思っていたものは陽の光だったこと、目が慣れてから見れば周りが何ら特別なことのない部屋だということ、自分がその中で座っていること。

 加減もせず開いていた目が眩み、痛みます。――それにしても、


 いったい、これは、いつぶりに見る光なのでしょう?




 それからまた、暫くの間、壁をじっと眺める時間が続いて。

 ふと、誰かが部屋の扉を開けました。


 その向こうにいた人は、私のことを見て、何故かひどく驚いた様子を見せて、どこかへと去っていきました。

 かと思えば、誰かを連れて帰ってきて――その人の格好を見て、ようやく私は、ここが病院なのだと理解するのでした。




 お医者様は私に対して、いくつかの質問をしました。


 私の声は聞こえていますか? ――はい。

 この指は何本に見えますか? ――二本です。

 ここがどこかわかりますか? ――病院、でしょうか?


 では……あなたのお名前は? ――――


 答えようとして、その答えが存在しないことに気付きました。

 私が戸惑い、返答できずにいると、お医者様はそれで何かを理解した様子で頷いて、ベッドの傍にあった引き出しを開けます。

 そこには、一冊のノートが入っていました。


 それを私に向かって差し出しながら、お医者様はこう言います。


 これは、過去のあなたからの手紙です。

 あなたは、或る病気のせいで、記憶を失ってしまったんです、と。


 それでようやく、私はこれまで感じていた違和感の正体を理解しました。


 なるほど、今の私には、が、全く存在しないのでした。

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