第06話 ※この話だけ抜けていました


「あ、もうこんな時間。そろそろ大学行かなきゃ」

「俺も学校に……って、はぁ」


 姉、秋城潮帆は現在大学二年生。美術系の大学に通っている。将来の夢はネイルサロンを開くことらしい。その為に経営関係の勉強もしているようだ。


「……ゴクリッ」


 そんなことを考えながら。俺は今、トイレの前に立っている。


 理由は明快、尿意を感じたからである。

 なぜこんなところで立ち往生しているのか。説明は不要だろう。


「なぎ、あんたもそろそろ行くよっ」

「あ、ねーちゃん。チョット待って。俺、トイレ行きたい」

「んえ? あ、うん。玄関で待ってるからね」


 そう言って家を出て行く姉。


「……ふぅー」


 決意を固める――俺が男でないことを再認識して絶望する為の決意だ。勢いよく引き戸を引き、中に入り――――。


 数分後。


「ぅえっぐっ……ひぐっ……」


 便座を上げ、立ったまましようとしたが――やはりモノがないため断念。スカートとパンティを降ろし、仕方なく座って……。ああ、だめだ。もう一回泣きそうだ。


 覚悟はしていたつもりだが、やはりせがれの居ないお花摘みは精神的につらい。


 壁に掛けられた花言葉カレンダーを見る。一面、タンポポの花畑。ああ……。

 もう一度……息子と一緒にお花をっ……タンポポを摘みたかったっ……。


「あっ……」


 タンポポの花の花言葉が目に入り――――『タンポポの花言葉は「別離」。綿毛が風邪に乗って飛んでいく様が、巣立つなどの「別れ」を彷彿とさせます。』


 俺の息子は、どうやら父親のもとを巣立って行ってしまったらしい。字面だけ見れば非常に喜ばしいことだ。それはもう号泣ものである。


「うわぁぁあぁあん!」


 ……最も、俺は別の意味で号泣しているが。


 ◆


「綿毛……綿毛……」

「はぁ? どしたの、あんた。ワタゲ……? ってか、大丈夫? 目、すっごい赤いけど……」


 姉は玄関ポーチで待っていた。更に涙が出てくる。


「……泣いた」

「どーしたの。もー、可愛いお顔が涙でぐっちょりじゃない。ほら、こっち向いて」


 そう言って、姉はカバンに手を突っ込む。

 あ、まずい。また写真を――――。


「――え?」


 ふわりとフローラルな香りが鼻腔をくすぐり、ハンカチが俺の目元を覆う。


「ね、ねーちゃん」

「あんた、昔から泣き虫だったからねー。ほら、覚えてる? 小さい頃、あたしと一緒に公園に行った時のこと。あんた、何も無いとこですっ転んで大泣きしたんだよ」

「そんなことあったっけ」


「あったあった…………はい、拭けたよ。ほら、ティッシュ。鼻かみな?」

「あ、ありがとう」

「にひひ。どーいたしまして。じゃ、行こっか」

「チーン……ゔん」


 やっぱり、ねーちゃんはねーちゃんだ。俺が女になっても、俺の姉であることに変わりは無いのだ。

 そのことに安堵しつつ。ねーちゃんと並んで、いつも通っている通学路を歩く。


「あたしね。もし自分に妹が居たら~って、たまに考えるんだよね。だってさ、妹が居たら、一緒にこうやって通学出来るし、彼氏とかの恋バナで盛り上がれるし!」

「……弟で悪かったな」

「えへへ。別にいいよ。結局妹になったんだし! 結果論ってやつだよ」


 姉よ。それは何というか、少し間違っている気がするぞ。


「……言っとくけど。つ、通学はともかく、俺は彼氏なんか作る気ないからな」

「えぇー。あたし、妹の結婚式に出るのも夢だったんだけどなぁ」

「あー、あー。知らない知らない。だいいち、俺の中身は男なんだよ。そういう気もないし。普通に無理」


 別にボーイズラブとかガールズラブをけなしている訳では無い。そういうのが好きな人も居るし、そういうコンテンツを否定もしない。各々で楽しむものだと分かっているからだ。俺は理解あるオタクでありたいのだ。


 ただ、俺は女の子が好きな男が女になっただけ。それだけなのである。


「……あ~、確かにあたしも無理かも」

「はっ? な、なんだ急に……手のひら返したみたいに。ねーちゃんは元々――」

「そーゆうことじゃなくて。……確かにあたしも、あんたに彼氏が居るのは、無理」

「……えぇ?」


「――――だってこんなに可愛いんだよ? それなのに、他の男のものになっちゃうなんて耐えられないんだけど!?」

「な、何か知らんけど。いいぞ、もっとそういうので! なんかこう……うん!」


 頭の中でどんな化学反応が起きているのかは知らないが、ねーちゃんも俺に彼氏が出来るのは耐え難いようだ。その事実に安堵している自分が居る。

 と言うのも。男でも紹介されたらどうしようかと思っていたからだ。姉はいわゆるリア充の部類に入る。顔も広いため、男の一人や二人簡単に手配できるだろう。


 そうこうしているうちに、俺の姉は一つの結論に達したようだ。


「絶対お嫁には行かせん。でも彼女は許す」


「……おぉ」


 その迫力に感嘆の声を漏らしてしまったが、実際に俺は感動した。現時点で俺が求める完璧パーフェクトがやって来てしまったからだ。


「それは……その……。彼女はいいの?」

「彼女は許そう」

「おぉぉぉ……」


 姉が女神に感じる。いや、間違いない。目の前に立っているのは女神だ。姉君と呼ばせてもらおう。おお、天の神、地の神……。

 ……って、何をやってるんだ俺は。別に俺が誰と恋愛をしようが俺の勝手じゃないか。なんで姉が許可をする側になっているんだ。


「ご、ゴホンッ。ねーちゃんがそう言うなら。俺は好きにさせてもらうぞ」

「ああ、好きにしたまえ弟よ。…………彼氏は作るなよ?」

「あたぼーよ。作らねー作らねー」


 これが漫画やアニメなら、俺のような境遇の奴はきっとイケメンとくっ付かされるのだろうが。これは俺の人生だ。俺の好きなように生きてやるぜ。ぐへへへ。


 ◇ ◇ ◇

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