今日も民主の学び舎で

そうざ

A Day in the Democratic Classroom

「皆さん、おはようございます」

 三十人学級の学活。この後に卒業式を控えている事以外は、いつもの日常が坦々と進行して行くだけである。

 学級の朝は、座席の指定から始まる。生徒と教壇、及び生徒間の距離の偏りを鑑み、その日毎に学級指導プログラムが無作為に席順を組み替え、公平性の担保に努めている。また、集中力の保持、同調圧力の回避、感染症の予防、発熱の検知の為、座席はサーモグラフィー内蔵の間仕切り板で囲われている。

「では、出欠を取ります。大きな声でお返事をして下さい」

 教師の発語を合図に学級指導プログラムが稼働する。

『T・Qさん』

「はい!」

 五十音順は序列の肯定に繋がるとされ、学級指導プログラムが無作為に個人名を読み上げて行く。その際、個人名に由来する渾名あだなの禁止を理由に、イニシャルでの確認が不可避となった。

『A・Iさん』

「はい!」

 指紋や光彩等の登録を義務付けている自動判定システムを導入すれば遥かに迅速な出欠確認が可能であるが、生徒一人一人の発声に依る応答こそが規範意識の育成にはしかるべしという年長世代の郷愁的判断が優位となり、従来のアナログ仕様に落ち着いた経緯がある。

『H・Sさん』

「はい!」

 性別、容姿、能力、思想、門地等々の違いは、幾星霜を経て多様性の一環と馴致され、嘗ての学び舎に付き物だったようやく根絶された。

『――出欠が確定しました。出席数29、欠席数

 教室の至る所から音にならない溜め息が漏れ、虚空に消えた。それを感じながら、教師は入学初日から続けている定型の発語をする。

「出欠の結果を承認するか否か、認否を示して下さい」

 誰もが隠すように手元の端末を操作する。他生徒の眼は間仕切りで遮断されているにも拘わらず、無意識にそうしてしまう。

『――認否が確定しました。承認数29、否認数0』

 教師は、この結果に満足しながら生徒に問い掛ける。

「本日卒業する皆さんへ、先生から質問があります」

 生徒の眼に動揺の色が浮かぶ。

「民主主義とは何でしょう」

 入学からこの方、教師からの不規則質問も、それに対する不規則回答も、一切交わされていないのである。

「心配ありません。この質疑応答は予め学級指導プログラムに組み込まれています。回答はちゃんと〔生涯内申点〕として加算されます」

 そうと判れば答えない手はない。忽ち生徒の目の色が変わった。

「自由!」

 教師は飛び出す回答を板書する。

「平等!」

「公平!」

 挙手に拍車が掛かる。

「権利!」

「責任!」

「多数決!」

 その他、幾つもの意見で黒板が埋まったところで、教師は超然として言った。

「この学級にいじめがなかったのは、皆さんが民主主義を正しく理解した結果です。皆さんは立派な民主主義者です!」

 いじめのない模範的学級に籍を置いていた生徒となれば、卒業後も何かと優遇措置を受けられる。生徒の中から自然と拍手が起き、教室に満ち溢れた。

 この空間の何処かに、決して出欠数に現れない民主的生贄いじめられっこが存在する。しかし、学級指導プログラムに依って毎日三十分の一の確率で無作為に抽出されるその生徒の個人情報を知るすべはない。皆、明日は我が身と心得、特定不可能な存在を民主的無視しかとし続けるしかないのだった。

 今日もまた学活の終了を、そして卒業式の開始を告げるチャイムが高らかに鳴り響く。

「では、いつものように唱えましょう。民主主義、万歳!」

「民主主義、万歳!」

「民主主義、万歳!」 

「民主主義、万歳!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日も民主の学び舎で そうざ @so-za

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説