完全なるツチノコの日

上面

もっと鏡を見て《See more glass》

 この年の暑さは記録的だった。日差しは生物に厳しく降り注いでいた。

 墓地の石畳は日の光を反射し、生者の生存を許さなかった。

 ここに居る二人の男女も日の光に焼かれて、半死半生であった。

「お参りも終わったし、ツチノコを捕まえに行こう」

 お盆ということで店を休みにし、竜胆誉リンドウ・ホマレは墓参りをした。

 水羊羹の缶詰を墓にお供えし、秒速で回収した。夏の暑さで水羊羹をダメにしたくなかったからだ。

 ホマレは亜麻色の長髪を後ろで束ねた女である。無地のシャツに、青いジーンズを履いている。身長は百七十センチを超え、女性としては長身の部類であった。モデルのようなスレンダーな体型で起伏は無い。元々は警察官であったが、現在は実家の中華料理屋『是我痛ゼーガペイン』を経営している。

「はい。ですが、その前に水分補給をしましょう」

 ホマレの後ろに控えていた男が、麦茶の入ったペットボトルを渡す。

 ワイシャツに黒いネクタイと黒いズボンを履いている。ここまでキッチリとした格好をしてこなくてもいいとホマレは事前に言ったつもりで何も伝えていなかったのだ。

 男の名前は竜胆光リンドウ・ヒカリという。ホマレの旦那である。かつては極道ヤクザ暗殺者ヒットマンであったが、今では足を洗ってホマレの中華料理屋の従業員をしている。

「ツチノコって、食べたらどんな味がするんだろう」

 ホマレはもちろんツチノコを食べるつもりはなく、捕まえて換金するつもりだ。ツチノコは現在一億円で取引がされている希少動物である。研究用としても観賞用としてもいくらでも需要は存在する。

「蛇みたいな味じゃないですかね?」



 事の発端は某村でツチノコが発見されたというニュースだった。某村の老人は一度に三匹もツチノコを捕獲し一気に億万長者になった。ツチノコが一度にここまで発見されたことは無い。二匹目のドジョウならぬ、四匹目のツチノコを探しに日本中の人々がT県某村に押し寄せていた。

 これを見たホマレはツチノコを捕まえるかという気持ちになったのだ。

 ヒカリが運転する黒いCX-5は墓地から一時間ほどで某村に着いた。

 某村の市街地は四方を山に囲まれた平地にある。市街地の駐車場に車を停めて、ホマレたちは土産物屋を物色した。

「ツチノコの出そうな雰囲気がする」

 ホマレは村の土産物屋でツチノコ饅頭の箱を手に取り、そう言った。

 ツチノコという商機を見出した村人たちはツチノコ饅頭やツチノコクッキー、ツチノコ像などを土産物として販売していた。またツチノコを狩りに来た観光客向けに自動小銃や弾が販売されていた。ツチノコは希少動物ではあるが、蛇の一種とされているため、反撃を受けた場合は毒で死ぬ。ツチノコの持つ毒について研究が進んでいないため、解毒剤は無い。

「どんな雰囲気ですか?」

 ホマレの何も考えていない発言にヒカリは突っ込んだ。

ヒカリ、語りえぬものについては沈黙せねばならないよ」

 ホマレはウィトゲンシュタインを引用して誤魔化そうとしていた。

 この場面においてウィトゲンシュタインの引用は適切ではないが。

「上手く言語化できないだけじゃないですか」

「ツチノコのラベルの飲み物あるー」

 ホマレは露骨に話を逸らして、ツチノコのラベルが貼られたお茶を手に取った。

 


 山中にはツチノコを目当てにやってきた観光客がわんさか居た。

 木々が七で、観光客が三ほど居た。

「自販機まで山中にある。凄いね」

 山中の中腹にあるキャンプ場のような開けた場でホマレは追加でお茶を買った。

 二人は観光客を避けてどんどん山の上に登った。一時間ほど山中を歩いているといつの間にか山を降りていて、気がつくと霧の立ち込める湖畔にたどり着いた。湖畔には塗料の剝げかかったスワンボートや怪しげな釣り人たちや貸しボート屋の怪しげな店主などが居た。

「あっ、仮設トイレある。私、お花摘みトイレに行ってくるから」

 貸しボート屋の横には仮設トイレが設置されていた。ホマレはここが観光地であることに初めて感謝していた。自販機の置いてあった地点でトイレに寄らなかったことをホマレは三十分前から後悔していたのだ。

 ホマレが仮設トイレに近づこうとした瞬間、湖から何かが飛び出した。緑色の体色に頭部の皿、これは。

「河童!?」

 河童は一直線にホマレに迫ってくる。しかし、河童の速度は速かった。

 時速三百キロを越えていた。セスナ機並みの速度だ。それが三体。

 素手の河童が二体、装甲アーマード河童が一体である。装甲アーマード河童は特殊な防弾服を着込み、電磁パルスブレードの発振器を装備している。

「若いお客さんに湖の者どもが興奮している。お客さん、戦うしかないぞ」

 貸しボート屋の店主は冷静に状況を説明してくれた。自分は河童たちに襲われないという確信があるようだった。ちなみに、河童に襲われた人間は腸管を引きずり出されて捕食される。

「邪魔だな……」

 ホマレは流れるような動きで、河童の首を手刀で切断していた。

 これは斬鉄拳という技である。指先を気功で硬化させ、完成形としては鉄を切断する手刀となる。大抵の者は人間の肉を切り裂ける程度までしか極められないまま一生を終えるが、ホマレは車を楽々と両断するまでにこの技を極めていた。

「ここは私が片付けます」

 ヒカリホマレに迫る河童の顔面に拳を叩き込んだ。この拳は金属のの如く硬く重い。ヒカリ常時発動パッシブ型殺人拳のスキルとして硬気功を常時行使している。動く鋼鉄の塊のようなものと考えて貰いたい。河童は後頭部から脳漿をまき散らし即死した。

 ホマレはハンドサインで感謝の返事をし、高速で仮設トイレに入っていた。

「あと一体死ねば、湖も大人しくなるだろうよ。だが最後の一体は手強いぞ」

 貸しボート屋の店主は粗末な貸しボート屋の奥の冷蔵庫からビール瓶を出しつつ、背後で起きている河童殺戮劇を把握していた。最後の一体は装甲アーマード河童。素手の河童とは戦闘力が違う。

「河童の姿が見えませんが……」

 ヒカリは姿の見えなくなった河童が逃げたわけではないと認識していた。

「光学迷彩だ。攻撃を当てると光学迷彩は解除される」

 貸しボート屋の店主は簡単に言うが、見えない相手に如何にして攻撃を当てろというのか。

 ヒカリは目を閉じ、河童の気配に集中した。空気の流れから河童の位置を探る。装甲アーマード河童は電磁パルスブレードを振り回した。ヒカリの背にブレードが直撃する。

「がああああああッ!」

 電磁パルスブレードによって人体に含まれる水分が蒸発し、背の皮膚が破裂した。

 エネルギー兵器を中心とした河童の攻撃は硬気功で防御力を高めたヒカリの肉体にも通用する。

 だが、通用するとはいえそれは皮を裂くだけであり、肉を切り裂けはしない。

 ヒカリは裏拳を装甲アーマード河童に当てた。

 裏拳の一撃で装甲アーマード河童の光学迷彩はダウンした。

 装甲アーマード河童はヒカリから距離を取る。

「時間切れか」

 貸しボート屋の店主は装甲アーマード河童の勝ち目が無くなったと判断した。

 ホマレが仮設トイレから出てきたからだ。

「ごめんね、河童の始末任せちゃって」

 ホマレ装甲アーマード河童の胸から手を突き出しながらヒカリを労った。装甲アーマード河童の背後から貫手を突き刺したのだ。

「構いませんよ」

「背中の怪我も痛そう」

 ホマレヒカリの背中の怪我を見て、眉を歪めた。

「大丈夫と言いたいところですが、けっこう痛いです」

「ところでお二人さん、湖には興味ないだろうか?あるいは人魚に」

 貸しボート屋の店主は二人に話しかけた。最初から半分独り言のような発言を続けていたが。

「いや私たち、ツチノコを探しに来たわけで。人魚には興味ないかな」

 ホマレは人魚の肉を食べると不老不死になるということを知った上で、人魚には興味がないと言った。ホマレヒカリもまだ二十代で、老いを気にするような年齢ではなかった。これがもう十年後であれば悩んでいたかもしれない。

「そうだ。それが良い。人魚なんて追わない方が良い。ドブ臭くて食えたものじゃないからな」

 貸しボート屋の店主は満足そうに笑った。

 ホマレたちは怪しげな釣り人たちと共にバスに乗って村の市街地まで戻っていった。

「ねえ、子供の名前をつけるとしてどういう名前が良いかな?」

 ホマレはふと思い立ち、ヒカリに訪ねた。

「そうですね。女の子だったらマモリ、男の子だったらマモルでどうですか」

 





 

 

 

 

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