幸せ

 起きると毛布がかけられていた。

 隣に眠るフェリシアにも同じく。


「あっ、起きた? カイ」

「ミライか。ありがとう」

「いえいえ」

「でも顔色が悪いぞ」

「大丈夫よ!」


 しかしミライはよろけてしまう。

 タイムマシンの連続作動で体に負担がかかっているのかもしれない。


「ごめんなさい、お荷物になってばかりで……」

「何言ってるんだ、この時代ならゆっくり休めそうだからよく休んでくれ」

「……ありがとう」


 ミライは部屋で休むことになった。

 イーグルは武装すると、ドアへ向かう。


「俺はちょっくら散歩行ってくる。この世界のこと知りたいからな」


 イーグルはどこかへ行ってしまった。

 俺とフェリシアは二人きりになる。

 フェリシアは俺がタイピングしている様を後ろから監視するように眺めており、俺の心を掻き乱す。


「フェリシア、後ろから眺められると集中力が乱れる。横に来てくれないか」

「分かった……あっ、タイプミス」

「本当だ……良く気付いたな……」

「少しだけ手伝う……」


 フェリシアの助けもあり、感情を持ったAIは意外と早く出来た。

 出来た、と言ってもコードを微修正しただけだが。

 エンターキーを押すと、モニターに赤髪の少女が浮かぶ。

 ミライと同じく赤髪なのは別に趣味という訳ではなく、なんとなくだ。


「おはよう、お父さん」

「アカリ2号、気分はどうだ」

「もっとマシな名前にしてほしいと怒りに包まれてるわ」

「よし! 完璧だな! アカリ2号……いや、パーフェクトアカリ! 俺がコード書くのをサポートしてくれ!」

「パーフェクトって……了解」


 俺はモニターから目を離す。


「あなた……凄いのね……」

「あぁ、フェリシアも手伝ってくれたからな」

「私は別に……それよりカイのネーミングセンス……酷い……」

「な、そんなことないって!」


 そんな時にイーグルが帰ってくる。


「今日は収穫がなかった」

「……そう。ミライちゃんも呼んでお夕飯にしましょう……」


 そして4人でゼリーを飲む。この時代には既にあるらしい。


「……家畜も、魚も死滅したからこれしかたんぱく質がないのよ……私、筋トレが趣味なのに……」

「そりゃ苦しいな……」


 ミライが元気のない声で話しかける。


「カイ、順調?」

「ミライこそ起き上がって大丈夫なのか?」

「えぇ。別に命を脅かすほどではないしね。ちょっと貧血気味だったみたい」

「このゼリーは鉄分も豊富だろうから多少血を失おうがすぐ作れるだろう。鉄分って意外と摂取するの難しいからな」

「カイも目が充血してるわよ。今日は休んだほうがいいわよ」

「そうか? まあフェリシアに負担かけても悪いし休むか……」

「……ありがとう」


 そして俺たちは早めに眠りにつく。


 ──翌日


「おはよう。……ゼリーあるわ」

「ありがとう、フェリシア」

「俺はまた散歩行ってくる」


 例に漏れず、武装をしてイーグルは出かける。

 ミライも体調不良を押し隠し、俺たちの手伝いをしようと言った。


「私も何かお手伝いをするわ」

「いや、休むのが仕事だ。休んでくれ」

「分かったわ! 死ぬ気で休む!」

「……それは休んでるのかな」


 ミライも寝床につき、俺もハッキングプログラムを作る準備をする。


「パーフェクトアカリ、サポートしてくれ」

「……」

「パーフェクトアカリ?」


 画面にはERROR!と表示されていた。


「え? なんで?」

「……名前が気に入らなかったのかも……」

「そんなぁ! 楽出来ると思ったのに……」


 感情を持つ故に、何かしら暴走してしまったらしい。

 しかし感情を持つAIの作り方は覚えた。

 俺は気を取り直し、タイピングに勤しむ。


「見たことない言語……なにこれ?」

「これはC言語だ」

「……あなたは50年以上前の世界から来たのね……」


 この時代にC言語が使えるのは政府の中枢システムを作っているアンドロイドのみ。

 それでC言語が廃される2053年より前から来たと瞬時に理解したのだ。

 フェリシアはスローペースなようで、頭の回転は速いらしい。


「そうだ、よく分かったな」

「別に……ただ、貴方は不思議な人……そう思った……」


 気づかぬうちに、俺の心もフェリシアの存在に引き寄せられていた。

 フェリシアは特に詮索はしてこなかった。

 俺も何度も説明するのは疲れるから助かる。

 フェリシアはマイナスイオンを放出しているような独特の雰囲気の持ち主で、味方とは言えないが不思議と一緒にいて居心地は悪くなかった。

 

「まあ隠すことでもないが、俺は2023年の世界から来た」

「……そう」


 何か質問してくることもないため、代わりに俺がタイピングしながらぽつり、ぽつりと語った。

 大して興味ないのか、俺が集中している様を見て遠慮しているのか、フェリシアは全く質問してくることはなかった。

 逆に俺の方から質問があり、尋ねる。


「E言語のことを隠していたがなぜだ?」

「……E言語を作ったアンドロイドがその存在をネットワークを介しアンドロイドのみに伝えてきた……人間には秘密って……」

「一体なんなんだ、そのアンドロイドは」

「……政府の中枢システムを作ったアンドロイド」

 

 それはつまり俺の代役をしている存在である安藤海が作ったと言うことに他ならない。

 どうやら俺の代役はこの世界ではアンドロイドがしているらしかった。

 しかしE言語を作った人物まで俺自身という事実に、眩暈がした。

 少し前の俺ならその才能に歓喜の身震いがしたのだろうが、今の俺は逆の意味で震えそうだった。

 E言語はこの時代では極秘情報のようだが、2123年には人間、レンジやアンナには知れ渡っている。

 いや、あの二人のことだ、なにかしらしてE言語の情報を得たのだろうか。


「そうか……E言語を作ったアンドロイドってどんな奴だ?」

「……優しい人。ただ、人間に利用されていたみたい。それに3年前に機能停止してしまったの……」

「そうなんだな……」


 それから話しながらタイピングをしていると、すっかり夜になっていた。

 言葉のやり取りが、時間を忘れるほどで、夜が進行していった。

 夜の暗闇は、不思議な静寂をもたらす。


「……そろそろ眠くない?」

「眠いな……でももう少しだけ頑張るよ」

「……そう……私はそろそろ寝ようかしら」


 夜が深まり、眠りの誘いが訪れる。

 しかし、俺たちはまだ語り尽くしていないことが残っているような感覚がした。

 安らかな夜の中で、寝るのが惜しく感じられ、話題を振る。


「……なあ、アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?」

「……電気羊?」

「ちょっとしたジョークだ」

「電気羊はよく分からないけど、夢は見る……」

「どんなだ?」

「……冷たい培養液の中で……ひたすら命令を待っている夢」

「なんだか悲しいな。もっと明るい夢は見ないのか?」

「今まで見た中で一番明るい夢を話したつもり……」


 フェリシアの夢は、その過酷な境遇を表しているのかもしれない。

 俺はなんだかフェリシアがフラスコに閉じ込められているかのように見えて、哀れに思えた。

 しかし、かつての俺も別の誰かからすれば箱庭に住んでいるように見えたかもしれない。

 結局幸せというのは個人の感じ方による物なのだろうか。


「なんか変なこと考えちまった……休むかな」

「変なこと……いやらしいこと?」

「違うわ! 幸せってなんなんだろうなってね」


 幸せとは、人々が求めるものであり、それぞれが異なる解釈を持っている。


「よく分からないけど……幸せは星のように遠いのかもしれないし……案外その辺に落っこちている物なのかもしれない」


 フェリシアの言葉は、哲学的な響きを持ちながらも、深い真実を指し示している。

 幸せは、時に遠く、時に身近に感じられるものであり、その在り方は人それぞれに異なる。


「哲学的だな……だが、こうしてフェリシアと出会えたことは幸せだと思う」

「前向きなのはいいこと……アンドロイドはクローンとなる身体のテロメアが短いから……せいぜい40歳までしか生きられない……」

「そうだったのか……」


 テロメアは分裂細胞と言われる物であり、染色体の末端にある構造で寿命を決めるとされる。

 クローン羊のドリーもテロメアは20%短かったという。

 その結果ドリーは僅か6歳で命を落とした。

 2103年にまで俺の代役が生きているのはおそらくAIを別のクローンに移植したためだろう。


「でも……今はなんとなく穏やかな気分……あなたといるのは心地いい……」

「そうだな……俺もフェリシアといると不思議と落ち着く」


 フェリシアとは結託しているとは到底言えないが、不思議と波長が合った。

 そのためか俺がフェリシアといて心地よさを覚えるように、フェリシアもまた俺の隣という場所に居心地の良さを感じているようであった。


「幸せってのは個人の満足感なのかもな。きっと今の俺とフェリシアは幸せだ」

「私にはよく分からないわ……」

「じゃあ宿題だな。フェリシアもきっと幸せが分かるときが来るさ」

「私宿題はやらないタイプ……」


 それから何時までだったか、二人で話していると、いつの間にかどちらとも眠りについていた。

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