幻の言語
「しかし最後の未知の言語はなんだったんだろう……」
アンナはブラックボックスでの失敗を振り返る。
「F言語ってところか?」
「いや、それがE言語に使われてるオブジェクト志向は使われていなかったんだ。まるで時代を逆行するかのようなコードだった」
「……なぁ、そのコード思い出せるか?」
「うん、確かこんな感じで……」
そしてアンナはコードを思い出しながら書く。
#include <stdio.h>
#include <string.h>
unsigned int hash(const char *str) {
unsigned int hash = 5381;
int c;
while ((c = *str++))
hash = ((hash << 5) + hash) + c; // hash * 33 + c
return hash;
}
int main() {
const char *storedHash = "a5d84491"; // Replace with the actual hash
char input[50];
printf("Enter password: ");
scanf("%49s", input);
if (hash(input) == strtoul(storedHash, NULL, 16))
printf("Access granted.\n");
else
printf("Access denied.\n");
return 0;
}
俺はそれを見て仰天した。
「! これは……」
「この未知の言語に何か心当たりあるの?」
「未知の言語……? これはC言語だ」
「え!? これがあのC言語!?」
アンナの驚きの声が、部屋に響き渡る。
「俺は100年前の世界でC言語を主に使っていた」
レンジは思索の深みに耽るように顎に手を当て、俯く。
「……C言語は70年前、2053年には政府によってその存在が抹消され、D言語へ移行した。中枢システムを作った政府のアンドロイドも約20年前に機能停止したという。この世界ではアンドロイドを含め使える者がいない」
「ブラックボックスはmismatch……言語が不一致でああなったんだと思う。つまり……」
「カイが、ブラックボックス攻略のカギを握っている……!」
図らずも俺がこの世界の命運を左右する存在となった。
しかし、何故C言語がこの世界の中枢を担っているのか。C言語はとてつもなくメジャーな言語だ。痕跡を消去するなんて途方に暮れる労力が必要、いや、不可能に近いだろう。
それにブラックボックスの街並み……中枢システムを作った奴は100年前の2023年になにかしら思い入れでもあるのだろうか。疑問が次々と湧き上がる。
「C言語は突如姿を消した幻の言語と言われているんだよ。それも中枢システムにするためだったんだろうね」
海の民、マヤ文明など、栄えていた集団が突如歴史から姿を消すことはある。
確かに政府のみが知るロストテクノロジーを使えばそれは強力なセキュリティになるかもしれない。
しかし本当に俺が使っているC言語が鍵を握っているというのか? あまりにも都合が良く思えた。
「……とりあえず、C言語を使うにしてもコンピューターが必要だ。だが夜も遅い、作戦は明日練ろう」
レンジのその方針に従い、俺たちは眠りについた。レンジはそれでもまだ考え込んでいる様子であった。
──翌日
眠る夜が明け、新たな日の幕が上がる。レンジはその鋭い瞳の奥で次の一手を考えていた。
「さて、また窃盗をしたいところだが前回はコンピューターの処理性能不足にも悩まされた。そこで欲を言えば次はスーパーコンピューターを狙いたい」
スーパーコンピュータと言っても、その姿は巨大で、実際、四人がかりでもその重さに苦しむほどだろう。
「スーパーコンピューターなんてでかい代物どうやって盗むって言うんだ?」
「狙うのはスーパーマイクロコンピュータだ。小さいが処理速度は前のコンピューターの1000倍はある」
形容詞が多いが、この時代にはそんな代物まであるらしい。アンドロイドの知能が高いことからより高度な研究が出来て作られたのだろうか。
「そのスーパーマイクロコンピュータはどこにあるのかしら?」
「そこで情報収集から始めたいわけだが、まともな性能のコンピュータがない。アンドロイドに聞いて答えてくれるわけもない」
「じゃあスーパーコンピュータを手に入れるためにまた窃盗するわけね」
「いや、シンジュクの電気街は警備がイケブクロより遥かに強い。俺たちがイケブクロにいたのはそのためだ。しかしイケブクロの方も流石にバレているだろう、今さら潜入は非常に厳しい」
「もしかして、今かなりピンチなんじゃないかしら……」
ミライもすっかり悲観的になってしまった。しかし俺は希望の糸を手繰り寄せる努力を怠らなかった。
「コンピューターならあるじゃないか」
「え?」
「ほら、ケルベロス。こいつにはコンピューターが入ってるだろ」
そして俺は銀色の洗練されたボディのケルベロスの顎を撫でる。
ケルベロスはクゥーン、と愛らしく鳴く。
鳴き声も犬そのもので実に愛らしい。
「そういえばそうだったな。そのケルベロスとやらを上手く使えば多少は情報が手に入るかもしれない。イアン、頼む」
「イアンじゃ……まあいいや、はいはいっと。えぇと、こうやって接続すればいいのかな?」
アンナは鞄からモバイルモニターを取り出して接続し、折りたたみ型のキーボードも広げ、タイピングする。
「流石にアンドロイドが信頼を寄せているだけあって警備ロボの割に性能がいいね。えぇと、シンジュク周辺のスーパーコンピューターは……」
「
やはり、窃盗は難しいのだろう。重い空気が流れる。
「……ん、でも、え、ほんと?」
「どうした?」
「僕たちハッカーが暴れたから政府のセキュリティを強めるため、スーパーコンピュータを慌てて1台搬送するって。それがあろうことか應慶大学シンジュクキャンパスから」
「本当か!?」
「極秘プロジェクト扱いになってる。搬送は今日23時だって。ただ、扱うスーパーコンピュータはかなり大きい。おそらく車で運ぶだろうね」
ようやく希望が見えた。次は窃盗ではなく、カージャックをする事になったが、それでも朗報に違いはない。
「俺に車の運転は出来ないぞ。レンジなら出来るのか?」
「運転はAIがしてくれる。なんとかなるだろう。イアン、ガードは堅いか?」
「極秘だけあって意外と手薄。多分先制攻撃すればなんとかなるんじゃないかな」
「よし、なら今すぐ準備してくれ。到着は早いに越したことはない。ただ、車を奪う都合上4人で行くのは得策ではない。それに車を盗むのはリスクも同時に高い。だからここは俺とミライで車を盗み、念のためヨヨギで車を廃棄する。カイとイアンは台車で運ぶためにヨヨギで待ち合わせて欲しい」
「私が行くのね! 分かったわ!」
ミライの意気込みが、陰りを振り払うように広がる。しかし、俺の心には淡い不安が漂っていた。
「ミライ、気をつけてくれよ」
「大丈夫よ。任せて」
「どうにも嫌な予感がするんだ」
「心配性ね。朗報を待っててちょうだい」
そう言いミライはウインクする。
そしてレンジとミライは應慶大学シンジュクキャンパスへ速やかに向かう。俺とアンナもヨヨギへ向かった。
成功さえすれば、一気に勝率が上がる作戦だ。失敗は許されない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます