ハッキング
それから1週間の間、アンナは未知の暗号をひとつひとつ解き明かしていた。
コンピュータの性能が低く、それにより苦戦しているるしい。
俺はSランクの問題を30問中、17問ほど解いていた。
それにアンナの代わりに、レンジが回収した四つ足のロボットの解析もしていた。
もっとも、企業向けの警備ロボにすぎないのでハッキングに役立つ情報は無かったが。
しかしプログラムを多少改変することで、俺達の護衛ロボになるかもしれない、いや、それ以上の活躍を見せてくれる可能性を見出していた。
俺はこの警備ロボをケルベロスと名付けた。
「ケルベロス、お前の射撃性能を見せてくれ!」
「ワン!」
とりあえず25mの距離から性能を確かめる。
ケルベロスは背中から機関銃を露出させ、たちまち的を粉砕した。
「おぉ、思った以上に優秀だ、よしよし」
「ワンワン!」
敵だと途轍もなく厄介だが味方だと頼もしい。
そして、いざという時に備えて特別なプログラムも作成していた。役に立つかどうかは分からないが、万が一の際に備えての心構えだった。
「カイ、そいつ危険じゃないの?」
「そいつじゃない、ケルベロスだ。ケルベロスは実に優秀だ」
そう言いケルベロスの頭を撫でる。
ケルベロスの無機質な銀色のボディに触れながら、その設計の美しさに惹かれていた。
ケルベロスは兵器のはずだが、意外にもお手やおすわりなどもしてくれる。
フリスビーがあったら、きっと投げたらキャッチしてくれるに違いない。
しかしミライは腑に落ちない様子で俺とケルベロスのスキンシップを見ている。
ミライもこの1週間で成長し、射撃の腕前を更に向上させていた。
レンジの言葉を思い出すと、ミライには射撃の経験があるのかもしれないが、その過去については謎のままだった。
しかし記憶喪失でも身体が覚えているのだろうか?
「カイ、ミライ、いよいよハッキングする。来てくれ」
レンジに呼ばれ、慌てて向かう。
アジトに向かうとアンナは5つのコンピュータと3つのモニターに囲まれていた。
「あっ、この左のモニターはカイくん用ね。ハッキングプログラムは2つ作ってあるから僕と同時に進行してね」
ようやく、俺自身の能力が発揮される時がきたのだろう。この瞬間を待ちわびていた気がする。俺の才能を、これから示す時がやってきたのだ。
「わかった。だがE言語でのハッキング経験はない。本当に俺で大丈夫か?」
「あのE言語の問題、僕は全部解けるって言ったけど正確には僕が全部作ったんだ。カイくんもSランクになった途端苦戦してたけどそれも政府へのハッキングを想定しての問題だったからなんだ」
そう言えばレンジはAランクまでしか解けないと前に言っていた。確かにSランクで飛躍的に難易度が上がったのは気付いていたが、まさかアンナが……
「だからSランクを解けるなら少しは戦えるはず。カイくんも第二層、アンチウイルスプログラムのところはお願い。正直僕だけじゃ難しいんだ」
ここにきてE言語を学んだのが活きた。そうだ、俺はC言語では17歳にしてその名をとどろかせる予定の天才だ。存分にこの腕を振るってやろう。
「じゃあ……いくよ!」
「カイ、アンナ……頑張って!」
「あぁ!」
画面にはセキュリティが写し出される。
まず直面したのは壁。30ものファイアウォールだ。これはアンナのプログラムで自動ドアのようにいとも容易く開かれた。
「イアン、カイ、どうだ?」
「問題ないよ、レンジ。計算通り。問題は次から」
ファイアウォールを突破すると、小さな小部屋に辿り着き、アンチウイルスプログラムが待ち構えていた。青いスライムのような外見だが、その内部には強力な防御メカニズムが隠されているはずだ。
しかし同時に何故ゲームの敵キャラクターのような外観をしているのか疑問だった。
このセキュリティを作った奴はゲームが好きなのだろうか。
それともこのセキュリティを作った奴にとって、アンチウイルスプログラムとの戦いはゲームに過ぎないとでも言うのだろうか。
まるで高みから見物されている気がして不快感が募る。
「カイくんは奴の足止めをして! 僕がウイルスを流して狂わせるから」
「分かった!」
俺とアンナはモニターから目を離さずにタイピングする手を止めない。
俺たちの必死の形相を見てかミライとレンジは祈ることしか出来なかった。だが無理もない、ここからは天才の領域だ。
スライムは動きが鈍重で、行けそうだと思い俺が作った簡易的なウイルスを流し込む。
import e_security
function spreadVirus() {
let systemFiles: [string] = getAllSystemFiles();
for file in systemFiles {
infectFile(file);
logVirusSpread(file);
}
}
function main() {
spreadVirus();
}
これで少なくとも動きが止まるかと思ったが暴走して暴れ回った。
「カイくん、足止めしてって言ったでしょ!」
「いや、俺が作ったウイルス流し込めば機能停止するかなって……すまない」
「もう!」
俺の判断ミスが明らかになり、アンナの不満がこみ上げる。しかし、アンナのプログラムがスライムに迫り、攻撃を仕掛ける。
アンナはスライムに殴りかかるも、その攻撃は弾力により弾かれた。
「それならこうだ!」
アンナのプログラムが巨大な注射器を手に生成し、スライムにウイルスを注入し、制御不能に追い込んだ。
「よし、次行くよ!」
「あぁ!」
2体目は1体目より厄介そうな2mほどの、ゴーレムのようなごつい外見だった。
やはりゲームのように進めば進むほど強いプログラムが待っているらしい。
このセキュリティの制作者は、段階的な難しさを盛り込んでいるようだった。
しかし何故遊ぶようなセキュリティを作ったのかは分からない。
あるいは俺なら、どこまで破れるか見て、人材発掘に使うかもしれないが国が自らを危険に晒す真似はしないだろう。
それとも、このセキュリティを作った奴は俺と趣味や考え方が似ているのだろうか。設計者の意図や背後にある目的は分からないが、このシステムの設計にはその人の人格が投影されているような気がした。
ゴーレムはその右腕を振り上げ、俺のプログラムに殴りかかるが、プログラムはそれを回避した。
「ナイス足止め!」
アンナがウイルスを叩き込み、2体目も撃破出来た。3体目、4体目と順調に撃破できたが10体目は格が違った。
赤い鬼のような外観のプログラム。
俺が足止めをする、という戦略を学習したのか、俺を全力で潰そうと狙ってきたのだ。赤鬼は凄まじい速度で俺のハッキングプログラムに迫る。
「アンナ、やばい! デリートされる!」
「そのまま持ちこたえて! 囮が出来て逆にチャンスかも!」
「俺が囮!?」
不本意極まりないが、囮を務めることになった。
俺は精一杯コードを書き、防御プログラムを展開する。赤鬼は俺のプログラムに巨大な腕を振り下ろすも、それは弾かれる。
「ナイス、ウイルスを叩き込むよ!」
アンナのプログラムは巨大な注射器を赤鬼の背中にぶっ刺し、ウイルスを注入する。すると赤鬼は倒れた。
「よし、しばらくこの戦術でいこう!」
「俺の負担が半端ないんだが……」
28階層まではこの作戦が通じた。29階層はあえてアンナが囮になり、俺がとどめを刺すことでなんとか乗り切れた。
そして最後の30階層。
「……」
そのモニターに映るのは、小さな人型の真っ黒なプログラムだった。その黒いプログラムの存在感は異様なものがあり、俺の内なる警戒感を刺激していた。
一瞬、人型のプログラムが動いたのが見えた。
俺は防御プログラミムを展開するべくタイピングする。
しかし次の瞬間モニターにはこう浮かんでいた。
DELETED!(削除されました)
「は?」
「カイくん、援護して! カイくん?」
「……デリート、された」
「えぇ!? ちょ、どうするのこれ!」
衝撃的な事態に動揺するアンナ。しかし、レンジは即座にキーボードを操作しながら、次なる戦略を練っていた。
「やむを得まい、俺、カイ、ミライで手分けしてF5キーを連打してサーバへ過負荷を与えてイアンを援護するんだ」
途端に物理的な手段をとる羽目になった。だがこいつを倒さないことには始まらない。
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