第1章 2回目の世界-神を冒涜する二つの禁忌-
誕生
静寂に包まれた部屋。暗闇が狭い空間に広がり、タイピングの音だけが響いている。
俺は高校3年生の年齢に達しているが、学校には通っていない。通う必要がないとも思っている。
なぜなら、俺は周囲とは「違う」、いわば選ばれた存在だからだ。
指先がキーボードを軽やかに叩く音が響く。
#include <stdio.h>
#include <string.h>
void decrypt(char* message, int key) {
for (int i = 0; message[i] != '\0'; ++i) {
if (message[i] >= 'a' && message[i] <= 'z') {
message[i] = (message[i] - 'a' - key + 26) % 26 + 'a';
} else if (message[i] >= 'A' && message[i] <= 'Z') {
message[i] = (message[i] - 'A' - key + 26) % 26 + 'A';
}
}
}
int main() {
char encryptedMessage[] = "Vjku ku pqv cp cejgpv!";
int decryptionKey = 10;
decrypt(encryptedMessage, decryptionKey);
printf("Decrypted Message: %s\n", encryptedMessage);
return 0;
}
しばらくしてエンターキーを押す。
コンピュータは即座に演算処理を開始し、プログレスバーが進行していく。
70%… 80%… 99.9%… そして、ついに100%に達した。
モニターには長い赤髪の少女が浮かぶ。少女は俺を見て話しかける。
「おはよう、お父さん」
「俺の名を言ってみろ、アカリ」
「安藤カイ」
「よし! 素晴らしいぞ! 俺の言うことを完全に理解して応答している。これさえあれば……」
俺は歓喜に打ち震えた。遂に、遂に成功したのだ……!
これを公開すれば俺の名はたちまち知れ渡り、誰もが俺のことを認める。
「お父さん、私の中にエ──」
しかしその興奮も束の間、モニターに電光が走り、徐々に亀裂が広がり始めた。
「な、なんだ!? 何が起きているんだ!?」
広まる一方の亀裂。やがてモニターから何かが浮き出てきた。
頭から現れるのは……赤髪の少女。
やがて少女はモニターから地面に叩きつけられると、起き上がる。
「いたっ! ここどこ……?」
俺は驚きのあまり言葉を失った。
「あなたは……?」
あまりに非現実的。俺は言葉を振り絞る。
「な、なんだお前は!? まさか俺のAIが実体化したのか!?」
我ながら突拍子のない、情けない発言であった。
「私は……あれ? 思い出せない……」
そう言い少女は頭を抱える。
「思い出せない……? お前は俺の作ったAI……アカリか?」
「いえ、私は……ミライ。それだけは分かる。でも他には何も分からないの…….」
ミライ……俺が造っているAIの少女ではないらしい。
「俺のプログラムが実体化したわけじゃなかったのか……しかし君は一体何者なんだ?」
「いや、私も気付けばここにいたから何が何やら……とりあえずここどこ? あなたは?」
「ここは東京池袋、俺はカイ。君こそなんなんだ、どこからどうやって来た?」
「それが分からないのよ……」
非現実的な光景を目の当たりにし、俺は深呼吸をして平常心を取り戻す。
そして天才の頭脳が休まることなく、あらゆる可能性を模索する。
「うーむ、どこかの研究機関の実験か……? 恐らくテレポートか……あるいは他世界から物理的に……?」
「あのー……」
思索に耽っていると、少女が俺の顔の前で手を振っていることに気付く。
「なんだよ、今考えてるんだ」
「ねぇ、都合の良い頼みだとは思うんだけど私の記憶を取り戻す手助けをしてくれない?」
俺の返事は決まっていた。
「断る」
「そんな、どうして?」
「都合が良すぎるからだ。第一手助けって何をすればいいんだ。くそっ、俺もプログラムが実体化するなんてアホなことを抜かして……」
それより俺は、アカリの開発に続く偉業の達成を成し遂げるために頭脳をフル活動しなければならない。
仮に他世界解釈が正しいと証明されれば、俺はノーベル物理学賞、いや、歴史に名を残すことになるだろう。
「むぅ……私はどうすればいいの?」
「あぁ、まあ警察にでも行けばいいんじゃないか」
「冷たいわね……」
「いや、待てよ。ひょっとしたら記憶が戻ればこの現象の正体も分かるかもしれない」
「助けてくれるの? ありが……」
その時ぐぅ、と音が鳴る。
「……私じゃないわよ?」
ミライはそう言って目をそらす。
どうやら嘘が絶望的に下手らしい。
「そ、それに仮にお腹が鳴ったからって何だというのかしら? こんな生理現象誰にでも起こり得るわ」
顔を赤くし、早口でまくしたてるミライ。
意外とかわいげなところもあるようだ。
いや、よくみるとなかなかに整ったルックスをしている。
目はぱっちりと開いた二重まぶたで、奇麗な緑色の目をしている。
小顔で、鼻は通っていて……
「……どうしたの? 顔を赤くして」
「あ、いや。しょうがない、飯にするか」
理由は分からない、いや、分かりたくないがどうやら俺まで赤面していたらしい。
そして俺は冷蔵庫から弁当を二つ取り出し、電子レンジに入れる。
「実は私お腹ペコペコで……」
「お腹が減るって事はやはり人間か」
「私が人間じゃなかったらなんなのよ」
「そりゃAI……いや、アンドロイドか」
「私は人間よ!」
「分かってるさ。君には感情もあるみたいだしな、羞恥心とか」
「むぅ……」
話していると弁当が温まり、一緒に食べる。
ミライはペペロンチーノをやたら美味しそうにガツガツ食べる。
相当飢えていたらしい。
「うっ、ふぐっ、うぅ……」
ミライは涙まで流しながら貪るように食べていた。
「そ、そんな美味しいのか?」
「……美味しい」
しかし記憶が戻るまでは穀潰しでしかない。
とりあえずショックでも与えるべきか?
あるいは時間が経つのを待つしかないのか。
「……ありがとう、ごちそうさま」
ミライは涙を拭い、手を合わせる。
何故たかが弁当で泣くのか。
もしかしたら記憶を失う前は過酷な境遇だったのかもしれない。
途端に哀れに思った。
「なあ、何か少しでも思い出せないか?」
「いえ、名前しか……ごめんなさい」
「なんで謝る? 俺の方こそさっきは悪かった」
「……あなた、思ったよりいい人ね。一宿一飯の恩は忘れないわ」
「一宿って……泊まる気満々なのか」
「とりあえずベッド借りるわね。おやすみなさい」
ミライは俺のベッドに勝手に入ると、すぐに眠ってしまった。
なかなかに大胆な性格だと思った。
俺はやむを得ず、床で寝ることにする。
──翌日
「むにゃ……はっ!」
「ミライ、起き……うわっ!」
ミライはたちまち俺の腕を取り、組み伏せた。
「な、なんだ!?」
「あ、ごめんなさい、つい」
「つい……? それより記憶はどうだ?」
「いえ、戻らないわ」
「そうか……何か手がかりさえあれば……」
その時、突如割れたはずのモニターが不自然な光を発した。
「ねぇ、これって……私が来たところと繋がっているんじゃないかしら?」
ミライが恐る恐るモニターに手を入れると、その手は透けて貫通した。
「モニターから現れたからまたモニターに入ればいいって理屈か? 確かにテレポートならその線もあるか……」
好奇心もあった。
ここは着いていくべきか。
「……そうだな、女の子が困ってるんだ。エスコートするよ」
「でもどこに繋がってるか分からないわよ?」
「並行世界に飛んだりしてな。だが解明すればノーベル賞ものだ」
「そう……じゃあ入りましょう。きっとそこに記憶を戻す鍵があるはず」
ミライの記憶は俺にとっては半分どうでもいいが、この光の向こうが気になる。
俺とミライは光に向かって手を伸ばす。
その瞬間、俺達はモニターの中に引きずり込まれていった。
そして、世界を造り替えるという思いがけない冒険の始まりを迎えることになるのであった……
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