第30話
上弦の月がかなり膨らんだとある夜。
「順調にいけば、明日の夕方には渓谷に着きそうですね」
私とグエンが過ごす、最後の夜が訪れた。
「……そうだね。ティーニャは街に着いたらどうするの?」
グエンが私を騙そうとしているわけではないことは、あの石を見た反応で分かった。
それなら私がわざわざ態度を変える必要なんてどこにもない。
「家族が迎えに来てくれる予定なので落ち合う予定です」
「そっか、じゃあそこまで送って行くよ」
「ありがとうございます」
至って普通の返事をして、古びた床をギシギシと踏みしめる。
ここは獣道のそばにあった粗末な小屋。
偶然昔の山小屋を見つけた私たちは、今晩をこの中で過ごすことにしたのだ。
まだ街道が整備されていなかった頃に使われていた古い建物で中には誰一人としていなかったけど、ベッドも整えられていて誰かが定期的に掃除をしているのが分かる清潔感だった。
「一応中から鍵かけとくね」
「はい」
カーテンの閉め切られた月明かりも届かない部屋で、灯りもつけないままベッドを捲る。うん、ちっとも埃がついてない。今日はここで眠れそうだ。
パンパンに強張った肩から荷物を下ろして荷物を整理する。
グエンも隣のベッドに腰を下ろして荷物を床に下ろして寝支度を始めた。
「やっぱりベッドはいいね」
夜目が利いてきてグエンの輪郭がぼんやりと見える。
この旅の間何度も見たその顔。
最初は顔を合わせることさえ恥ずかしかったけど、今ではどれだけ見ても見足りないほどグエンに惹きつけられていた。
カッコいい、やっぱり素敵だな。
不思議そうに私を見下ろす金の瞳にうっとりと見惚れると共に心がギュッと苦しくなる。
「グエン……少し目を閉じてください」
「勿論。どうしたの、今日は積極的な気分?」
「まぁ、そんなところです」
ベッドに腰掛けたグエンに跨ると、驚きつつもグエンは私の身体を抱き締めてくれた。
グエン、好き。大好き。
その衝動のままに薄い唇にふにゅりと自分の唇を押し付ける。
寂しさや不安の隙間を埋めるように何度も何度もキスをすると、グエンは嬉しそうな顔で私のキスに目を閉じた。
「グエン、グエン……」
恐る恐る舌を伸ばして薄く開いた唇に割り込ませる。一瞬ビクリと肩を跳ねさせたグエンは、私の舌を見つけると自分の舌を絡ませてちゅるちゅると吸い上げた。
「舌、小さ……」
「ん、ふ……」
グエンの口の中は思ったよりずっと大きくて私の舌では歯列にも届かない。それでもグエンとこんなに近くにいられるのが幸せで、嬉しくて、首に手を回してすりすりと自分の身体を密着させた。
グエンに触れたい、今だけはすべてを忘れてグエンと一緒にいたい。
その感情のままに、私は何度も何度も彼の唇に口を寄せたのだった。
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