第25話(全年齢シーンのみ)

「お気をつけてお帰りくださいませ」

「ありがとうございました」



 予め呼んでおいてもらった馬車に乗り込んで、荷物を運んでくれたドアマンにチップを渡す。

 ホテルでの滞在はこれで終わり。私達はここからまた旅を始めるのだ。



 本当に良いホテルだった。また来たいな。



「それでは、北の関所まで出発いたします」



 動き始めた馬車の揺れに身を委ねながらぼんやりとこれからのことに思いを馳せる。


 我が領地、光輝の渓谷はその名前通り山に囲まれた国土の北方に位置する街だ。国内最大の湖とその畔に広がる街並みは各貴族が別荘を持つほどに美しく、気候の厳しい夏場は避暑地としても人気だ。


 ただ、その山を越えるのは決して容易ではない。



「ティーニャ、関所を出たら俺のフリはもうしなくていい。下手に有名な名前を使う方が危ないからね」

「そうですね」



 光輝の渓谷の中心部に繋がる街道はいくつかある。

 そこを通れば馬車なら数日で旅の最終目的地に着くことはできるが、私たちはわざわざ関所で馬車を降りて徒歩で向かうことを決めた。



「まぁでも馬車にさえ乗らなければ山賊に襲われるリスクはグッと減るよ。あいつらも相手は選んでるからね」



 四方を山に囲まれた光輝の渓谷、そんな場所に行くのは別荘に向かう貴族や祭りに向かう富裕層、祭りで商機を狙う商人と比較的裕福な人間が多い。


 当然彼らは自分の足で歩くなんてことはせずに馬車を使うわけで、その積荷を狙う山賊に襲われるというのはよく聞く話だった。



「殺しをしないだけまだマシなんでしょうかね」

「そうだね、盗んだ上に殺しもしちゃうと自分も死罪になっちゃうから」



 山賊は盗みはするが殺しはしない。女だとバレたら乱暴されるかもしれないから男装は続けるけど、正直歩いて山を登るくらいならさほど問題はないとは思うんだけど……念には念を入れないといけない。



「グエンも気をつけてくださいね、私があげた宝石……やっぱりここで売っていきますか?」

「やだよ」



 意地悪だなぁと小突いてくるグエンにくすくすと笑いながらもたれかかる。

 さっきまでの真面目な雰囲気が嘘のようにガラッと変わってしまったけど仕方ない。


 カーテン付きのこの馬車は景色は見えないけど人目を気にしなくていい、つまり交際したての男女には大変都合がいいのだ。



 ……グエンとこうして過ごせるのも残りわずか。


 切ない気持ちで甘えるようにグエンの右腕をギュッと抱きしめる。


 悔いのないように、そうグエンに手を伸ばして、私達はそっと身を寄せ合ったのだった。





 ◇◇◇◇◇◇


 あれから、ティーニャの瞳はまた元の榛色に戻っていた。


 あの瞳の色は幻かと思いたかったけど、朝と夜で瞳の色が変わる当主がいるのであれば何らかの条件でティーニャの瞳の色が変わってもおかしくはない。



「ティーニャ、好きだよ」



 敵対してる?暗殺対象?そんなの関係ない。俺はティーニャとの未来を諦めないし、もしティーニャを殺さなければいけないなら俺もそのあとで死ぬ。


 その未来と俺たちがそれまでをどう過ごすかは、俺にすれば関係のないことだった。

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