第27話「迷宮≪第一層≫」
「はぁっ!」
踏み込みに出した右足から、ズドンと力を地面に伝え、腰を落とす。
向かってきたモンスターに、十全に力を乗せた拳を、風を纏わせながら打ち出す。
その拳は思いきり顔面に入って、その衝撃を受け止めきれずに敵モンスターは迷宮の壁まで吹っ飛んだ。
豪快な衝撃音と空気の振動を起こしながら、壁に叩きつけられた敵はそのまま消えていく。
「これで最後……」
「だね」
集団で襲ってきたモンスターたちをなんとか倒し切った。
「ここに来て、あんな風にちゃんとした連携をしてくるなんて……」
「彼らも学習してるからね、一筋縄じゃいかないと思うよ」
流石は第一層最後の迷宮、モンスターたちも伊達ではないということか。
「今私たちがいるのって、何フロア目だっけ?」
「ここは六フロア。第一層の迷宮は全八フロアで、最後のフロアはボスのいる大部屋だけだから、実質あと一フロアだね」
「なんだかんだ、結構登ってきたんだなぁ」
上の層へ行くための迷宮は、各フロア探索、最奥にあるとされる転移板を探して、登っていく仕組みになっているらしい。
そうして登っていった先、最後のフロアで待ち受けるボスモンスターを討伐して、ようやく新しい層へと行くことができる。
迷宮という名にふさわしく、道はあちらこちらで枝分かれする完全な迷路となっていて、行き止まりや罠などももちろん存在する。
それらを確認しながら順々に攻略していく……はずなのだけれど。
「……全然攻略してる感じはないわね」
「そうかな?」
「そうでしょ? だって、地図があるんだから……」
数日前、この迷宮と最奥に控えるボスモンスターについての情報をパミクルテで収集活動しているときのこと。
『……迷宮の地図?』
たまたま出会った、快い笑顔した冒険者が渡してくれた。しかもお金などを請求されることもなく、これから第一層の迷宮へ挑んでいくと見抜かれた上で。
『お前さんたちの顔は見慣れないからな。そんでもって二人とも、底知れねぇ威武を持ってるとくりゃあな。二人パーティーで攻略しようってやつは見たことないがな』
『…………』
『ま、とにかく持ってけよ』
『……いいんですか?』
『それが俺たちのやることだからな。強いて対価を上げるなら、ちゃんと第二層に到達してくれよってことくらいだな』
『……分かりました。受け取っておきます』
『おうっ』
悪い雰囲気を纏っているということはなかったけれど、どうにも胡散臭さが抜けきらない、そんな印象の男だった。
だからこの地図も、受け取った時には半信半疑だった。しかし実際に迷宮へと足を踏み入れて地図と照らし合わせてみると、枝分かれする場所も、行き止まりの場所も、罠の存在する場所やセーフゾーンの在り処まで、全てが正確に一致していた。
それが全八フロア中七フロア分しっかりと存在していて、その力を頼りにここまで順調にやってくることができた。
「ボクも初めて受け取ったけど、ここまで正確なんだね。この迷宮って、定期的に様相を変えるから、ここまで正確な地図を作るのは難しいんだけど……流石としか言いようがないね」
「流石?」
「迷宮ハンターって言われてる人たちがいて、その人たちが迷宮の様相が変わるたびに立ち入って。たちまち攻略してしまう。その人たちが作ったのが、今ボクたちが見てる地図ってわけ」
「ふーん。変な人たちがいるのね」
その恩恵にあやかってる以上、文句をつけたりはできないけど。
「……あ、もうすぐセーフティーゾーンだね。どうする? もう転送板も近いけれど、休憩していく?」
「もちろん休憩してから。焦ったって仕方ないしね」
セーフティーゾーン。迷宮の各所に設置されている安全地帯。
このエリアにモンスターが入ってくることはなく、またその周囲一帯にモンスターが湧くこともないから、エリアから出た瞬間に襲撃を受けるということもない。
最初このゲームが始まったばかりの頃はなかったそうだが、この迷宮のあまりの難易度の高さと攻略にかかる時間の長さを考慮して、調整の結果生まれた場所らしい。
「「ふぅ……」」
そんなゾーンに入るなり、二人して大きく息を吐く。
同時に、ドッと疲れが身体にのしかかってくるような感覚に襲われる。
「地図ありきとは言え、もう3時間も迷宮にいるんだから、疲れて当然よね……」
「だねー。休み休み来てるとはいえ、使ってる集中力も今までの比じゃないもんねー」
アッシェンドレ回廊と違ってそれほど道は広くなく、モンスターと遭遇すればあっという間に包囲されてしまう。
しかもこれまでのモンスターたちと違って、ちゃんと連携して隙が少ないから、戦闘がより苛烈なものに変わっている。
そしてその連携に対して、私たちの連携ははるかに後れを取っている。
個々の実力だけを言えば私たちのほうが圧倒的に上。でも、一匹一匹はそれほど手強くなくても、組んで戦えば格上も食える使い手と変化する。
ただ、唯一の救いは敵に後詰めがいないことにある。
目の前の敵を倒せばいいだけだから、まだなんとかなっている。
「これで後詰めまでいたら、手の打ちようがなかったな……」
私たちの最大の弱点は、中距離以上の攻撃札がないということ。
エンは完全な近距離タイプだし、私も有効な中距離以上の強力な魔法を覚えられていない。
しかも今のところ超近距離魔法ウィンドパルマストライクを中心に戦闘を組み上げてるから、中・長距離には不利。
「エンとの連携と、距離的問題の解決は必須……」
課題は沢山ある。でも裏を返せば、私たちはまだまだ強くなれる。
その高揚感に、身体を震わせる。
「ところでその服はどう? ウォール=プリズマティークを倒した戦利品なんだよね?」
「う、うん……。まぁ、多少は効果があるのかな?」
私が今纏っている服は、ウォール=プリズマティークを倒した後、いつの間にかアイテム一覧に増えていた和の意匠が入った服。
「確かに魔法に対する防御力はかなりあるみたいだけど……」
さっきの戦闘でも、中距離から飛んできた魔法を躱しきれずに貰ってしまったものの、この服の持つ魔法耐性のおかげか、それほどHPは減らなかった。
「ただこの服、露出がね……」
肩とか背中とか思い切り出ているし、……左右の胸横が少し出るかでないかという際どさ。
それにスカートの丈もちょっと短めで、太ももの露出範囲が広い。
和服用の帯とか背中のリボンとかは可愛いし意外にも軽くて動きやすいけど、服として見るとちょっと心許ないというか、正直恥ずかしい。
でもお姉さんの戦闘スタイルに合ってるからね、その服の効果は」
「う、そうなんだよね……」
私の弱点は、中・長距離からの魔法による狙撃。
もちろん意識のうちにしていれば躱すことはできるけど、意識の外から攻撃されてしまうとそれも難しい。
故にこの服は、私の弱点を補うのに最適。
でもやっぱり、この露出はちょっと……。
「そ、それよりも! 今は休もう?」
まだ先は長い、休むべきところで休んでおかないといざという時対応できなくなる。
「あ、誤魔化したね、お姉さん」
「うーるーさーい。いいからエンもちゃんと休んで」
「はぁい」
そうしてなんとか話を遮って、休憩に入る。
背伸びしたり、準備体操したり、脱力したり。二人で思い思いにしばらく時を過ごす。
「……そろそろ大丈夫?」
「うん」
肩の力も抜けて、身体の強張りもなくなったところで、迷宮攻略を再開する。
とは言えその先も地図の力を借りて、あっという間に第七フロアへと到達、モンスターと戦いながらとうとう第八フロアへと続く転送板の前までやってくる。
「それじゃあ、行こう」
二人で転送板を踏む。
板に刻まれた魔法陣が光って、私たちの身体を宙に浮かす。
白い光が周囲を包み込んで、やがてそれが収まると、次のフロアへと到達している。
「……真っ直ぐな一本道と、その先に大きな扉?」
周囲には他に何もない。
「扉が開いてるってことは、他のパーティーがいる?」
「そうなの?」
「終わるまで待つ?」
「待つって言われても……待てるの?」
「この道にはモンスターは湧かないから、実質的にセーフティーゾーンと同じになってるからね」
「うーん……」
どうするべきか、悩んでいると。
「きゃあああああぁぁぁぁぁ!!!」
「「っ⁉」」
一本道の向こう、扉の奥から聞こえてくる悲鳴。
急いで駆け出して、扉の前から部屋の中を覗くと——
「なっ……」
——そこは、惨憺たる地獄だった。
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