第26話「心を赦せる何か」
「……こんなところかな」
話してしまえば、なんの面白みもない、つまらない話だ。他人に聞かせるような話じゃない。
それをまさか、エンに話すことになるなんて、夢にも思わなかったけれど。
「……じゃあこの間会った人たちって」
「同じ学園に通う、同学年の生徒」
「一番お姉さんに突っかかった、あのイヤーな人も?」
「彼はきっと、三溝雄也(さみぞゆうや)だと思う。私と同じ学年でサッカー部所属、去年は一年生ながらレギュラー入りしていた、自称スーパーエース」
そして、私のことを一番恨んでいる男子。
元々彼は私のことをよく思ってなかったらしい。
一年生ながらにレギュラー入りするという近年稀に見る(らしい)実績も、日本一という肩書を持っていた私の前には薄れてしまい。
私が落ちぶれてようやく活躍の場が回ってきたと思ったらその権利を私が原因で奪われた。
恨まれて当然だろう。
そんなサッカー命と思っていた彼が、このゲームをプレイしていることは意外だったけど。
「うーん……」
「エン?」
突然難しい顔をして、うんうん唸り出す。
やがて一回大きく頷くと、いつも通りの表情に戻って問いかけてきた。
「ねぇお姉さん」
「なに?」
「お姉さんって、お人好しすぎない?」
「お、お人好し……?」
予想外のエンの言葉に、つい変な声を上げてしまった。
「だって、お姉さん何も悪くないじゃん。大会で負けたのはお姉さんの実力不足だったとしても、後輩の子を傷つけちゃったのは仕方ないことだし、それに……」
「待って待って」
エンの言葉を途中で遮る。
「私は悪くないって、そんなことはない。大会で負けたことは、確かに私の実力不足。でもそのことを燻らせたまま、何も見えなくなって。あの時の私は、対戦相手のことを見ていなかった、卑劣で恥知らずだから……」
礼儀や敬意を忘れた、剣士としてあるまじき行為。
私の心の弱さが原因。
「それに私は、みんなの期待を裏切った……」
日本一という称号にみんなの期待がのしかかって、私自身も浮かれていた。
心のどこかで、驕っていたんだ。
その結果敗北という罰が下った。
みんなが失望するのも当然。
「みんなが不幸になることもなかった……!」
私が自分を見失わなければあの一件も起きなかっただろう。
学校に粛清の手が伸びてくることもなかったはず。
全ては私が引き起こしたこと。
だからみんなが私を恨むのは当然で、私がそれを甘受しなくてはいけない。
彼らに忌み嫌われることも、剣を握れなくなったことも、全ては私が背負うべき罰。
「……そっか。お姉さんは、自分で自分を許せないんだね」
その通りだ。
エンに言われなくても、本当は気づいていた。
私は私の剣で、誰かを傷つけてしまった。
誰かの期待を裏切ってしまった。
そのことを、許せない。
しかも、相手を見ることなく、自分が作り出した幻想と戦って。
その幻想との戦いに巻き込んで、あの子を傷つけた。
その上、そのたった一度の過ちで、多くの人を不幸にしてしまった。
悔やんでも悔やみきれない。
その結果、私は剣を握れなくなった。
もう誰も傷つけないように。もう誰も不幸にならないように。
だからこれは必然で、当然の罪。
「でも、お姉さんは十分に罪を償ったって、僕は思うよ」
「そんな! そんなこと……」
「十分苦しんで、自分の罪を認めてる。これ以上、自分を傷つける必要はないよ」
「でも……!」
「人は誰でも過ちを犯してしまうことはあるよ。……ボクだってそう。でもそこからどう立ち上がるかで、その人の価値は決まる。そんな当たり前のこと、お姉さんが分からないはずはないって思うけど」
「それは、そうかもしれないけど……」
「人の選択は、過去の記憶と経験から決まるもの。お姉さんは自分の罪を知った、ならもう二度と、同じ過ちは繰り返さないよね?」
「それはもちろん……」
「なら大丈夫、もう自分を赦していいんだよ」
「自分を、赦して……」
でも、私は……。
「そろそろかな?」
「そろそろ?」
「ちょっと来て?」
また私の腕を引っ張って、今度は時計塔の反対に回ってくる。
「もうすぐだよ」
エンの指さす空が、暁色から茜色へ変わっていく。
そして、その最奥から昇ってくるのは、金色の光。
「日の出……」
道場の窓から陽の光が射すところは見ていても、こうやってちゃんと日の出を見るのは初めてかもしれない。
「これはボクの好きな言葉。『陽はまた昇る、明けない夜はない。金色の時間のあとには、真っ暗な闇が来るけど、その後にはまた金色の時間が来る』」
「金色の時間……」
茜色の空に輝く、金色の太陽の光。綺麗な比喩表現だ。
「お姉さんは今、真っ暗な闇の中かもしれないけれど。きっとその闇を晴らす金色の時が来るはず。大丈夫、お姉さんも前に進めるよ」
「エン……」
「大丈夫、お姉さんが辛いときはボクが支えるから」
目の奥が、じんわりと熱くなって、視界が歪む。
「お姉さん?」
「あれっ……なんでだろ……」
陽の光が眩しくて、目に染みたんだろう。きっとそうだ。そうに違いない。
なのに、止まらない。止まってくれない。
「エンは……」
「うん?」
「赦してくれるの? こんな、私のことを……」
「赦すも何も、ボクは最初からお姉さんのことを信じて、疑ってないよ」
「…………」
「それにもう、お姉さんは色々な人を助けたよ。ボクのことも、アッシンドレ回廊で出会った人たちのことも。お姉さんはもう、誰かを助けてる、それだけで十分だよ」
「……そっか、そうなんだ」
今、ようやくわかった。
おじいちゃんが言っていた、あの言葉の意味。
心を赦すことのできる“何か”。
私のことを赦してくれる存在。
私にとってそれは、エンなのかもしれない。
「エン」
ギュッと抱き寄せる。
「えっ。お、お姉さん?」
「ありがとう、エン……」
「…………。どういたしまして」
ゆっくりと話して、目元を拭く。
「さてと、そろそろ戻ろっか」
「そうだね。でも、どうやって戻る?」
今のところ私たちはここに不法侵入している。つまり誰にもバレずにここから離れないといけない。
「それはもちろん」
「もちろん?」
もちろん、なんなのか。
「というわけで、ちょっと失礼して」
相変わらずの早業で、私の身体を抱き上げる。
「……ねぇちょっとまさか?」
「うん、そのまさか」
「ひゃあああぁぁぁ!」
私を抱えたまま、屋上から飛び降りる。
「怖かったら目を瞑っててもいいんだよ?」
「……大丈夫」
エンが私を落とすなんてことはない。
安心して、身を委ねられる。
「じゃ、しっかり掴まってて」
「うん!」
そうして、朝陽の昇る金色の光の中を、飛んでいく。
決して忘れることのない、私たちの夜明けを。
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