第5話 大魔王、条約を結ぶ




「えー、転入生を紹介します」


「どーも。『深淵の扉』改め、アビスゲイト国から来ました、シュウです!! 見ての通り下位デーモンですが、魔法には自信があります!!」



 ざわざわ、と周囲の学生たちがざわめく。


 フレイベル帝国が俺のダンジョンへ使者を送ってきた日から早一ヶ月。

 俺はフレイベル帝国の帝都にある学園の学生となり、留学という形で訪れていた。


 それも、女型のデーモンに化けて。


 前世では健全な男の子だった俺が、見た目だけでも美少女になるとは……。


 世の中どう転がるか分かったもんじゃない。


 あ、どうしてそうなった!? と訊きたいことは山程あるだろう。

 俺は今日に至るまでの出来事を、走馬灯のように思い出すのであった。











「和平の申し出、受け入れよう」



 ものの一時間で会議を済ませた俺は、再びボス部屋へと戻って勇者アリアを含めた帝国の使者にそう告げた。



「よ、良いのですか?」


「ああ。というわけで、今からお宅の王様と詳しい内容を詰めたい」


「なるほど、では――え? い、今から?」


「そうだ。あっ、もしかして議会制だったりするのか?」


「い、いえ、我が国の最高決定権は皇帝陛下にありますが。今からですか!?」


「時は金なり。早ければ早いほど良いだろう」



 しかし、俺一人で乗り込めばカチコミと思われるかも知れない。


 だから一人、確実に身分を証明できる者を連れて行こう。



「勇者。少し手を貸せ」


「え? な、何を?」



 俺は勇者アリアの手を握り、転移魔法を起動。



「え?」


「おっと。座標がズレた」



 移動したのは転移目的地であるフレイベル帝国の帝城――ではなく、その上空。


 ふむ、やっぱり誰かと転移するのは苦手だな。


 この前なんか配下と一緒に地面の中で生き埋めになりかけたし。

 まだまだ俺も未熟だ。



「きゃああああああああああああッ!!!!」


「うわ、ビックリした」


「き、貴様この状況で何故落ち着いている!? 死ぬぞ!! このままじゃ私も貴様も地面の染みになって死ぬぞ!?」


「勇者がこの程度で狼狽えるな」



 ったく、初代勇者リンデなら真顔で着地作業に入るってのに。


 でもまあ、さっきまでの余所余所しい感じじゃなくなったのは嬉しいな。

 やっぱり勇者は魔王に敵意を剥き出しじゃなくっちゃ。



「勇者」


「お父様、お母様!! 申し訳ありません!! アリアは先にあの世でお二人をお待ちし――」


「おい、勇者。勇者コラ、勇者アリア!!」


「な、なんだ!! 今は女神クリシュにお祈りをしているというのに!!」


「偶像の神など知るか。それよりお前、風魔法は使えるか?」


「む、い、一応!!」


「なら地面に向けて全力で撃て。あとは俺に任せろ」


「わ、分かった!!」



 勇者アリアが俺の言葉に頷いて、地面に向かって全力の風魔法を放つ。


 アリアの身体が浮き、落下速度が落ちた。


 俺はその間に先に地面に着地して、遅れて落ちてきたアリアをキャッチする。



「良い風魔法だったな、勇者」


「あ、う、うむ。……お、降ろせ。この抱えられ方は……ごにょごにょ……」



 おっと。受け止めやすいからお姫様抱っこしたが、失敗だったか。

 まあ、魔王にお姫様抱っこされたい勇者なんかいないわな。


 俺はアリアを地面に降ろした。



「ひ、姫様!?」


「なっ、今は使者としてダンジョンに行っているはずだぞ!?」


「いや、待て、あの男は!!」


「ま、魔王!? くっ、まさか姫様を人質に攻めてきたのか!?」


「くっ、か、囲めー!! 陛下をお守りするのだー!!」



 あれ? なんか包囲されてるんだが。


 見たところ降り立ったのはフレイベル帝国のお城の訓練所みたいだし、当たり前っちゃ当たり前か?


 もう少し離れた場所に転移すれば良かったな。


 さてどうしたものか。

 と、俺が悩み始める前にアリアが前に出る。



「ま、待て!! 魔王……じゃなくて、魔王殿は和平を申し出を受け入れると言った!! これは襲撃ではない!!」



 その一言で、兵士たちが多少なりとも警戒心を解く。

 しかし、あくまでも多少だ。


 魔王という脅威を前に完全に肩の力を抜くような兵士は一人もいなかった。


 ふむ、フレイベル帝国の兵士は良い兵士だな。



「じゃ、早く王様のところまで案内しろ」


「き、貴様、ものには順序があるという言葉を知らないのか」


「知らんな。ほら、早く」


「くっ。お父様の厳命が無かったら斬りかかっているぞ。こっちだ」



 勇者の後ろについて歩く。


 そうこうしてるうちに、王様がいる部屋にやってきた。



「お父様、魔王殿をお連れ――」


「邪魔するぞ」


「オイ」



 謁見の間に足を踏み入れると、大勢の護衛と思わしき兵士たちが待ち構えていた。

 いや、フルプレートアーマーだし、格好からして騎士か。


 いきなり来たから警備が厳重なんだろう。


 少し居心地が悪そうに王様と思わしき中年の男が無数の装飾を施した椅子に座っている。



「よ、よくぞ参った、魔王殿」


「シュトラールだ。あと大魔王だから間違えるな」


「む、そ、そうか。余はフレイベル帝国の皇帝、ヴェイン・フォン・フレイベルと言う。どうかヴェインと」


「ああ。よろしく、ヴェイン」



 周囲の騎士たちが眉を寄せる。


 まあ、自国の王様に対してタメ口な上、これっぽっちも敬意が無かったら不満だわな。元人間だからそれくらいは俺にも分かる。


 でもこちとら魔王なんだ。人間のマナーなんぞ知ったこっちゃない。


 魔王、というか魔物は基本的に強い者に従う。


 ヴェインが俺よりも強かったら懇切丁寧な対応をするが、そうでもなさそうなのでこれくらいが丁度良いだろう。



「ヴェイン、不可侵条約を結びたいってのは事実か?」


「う、うむ。可能なら、だが」


「こちらは構わん。むしろ無駄な戦いをしなくて済むのは良いことだ。ただ――」



 俺は全身から魔力を放出し、その場にいる全員を威圧する。


 刹那、騎士たちの八割が失神、泡を吹いてその場に倒れてしまう。

 数少ない実力者と思わしき騎士は歯を食いしばって立っているが、全身をガタガタ震わせていた。


 勇者ですら肩を震わせている。


 そして、魔王ムーブはせずに、シュトラールとしての本音で言葉を発する。



「万が一、そっちがこの条約を破ったら我がダンジョンの総力を以って潰す。王族は無論、貴族も、かすかでも帝国の血を引く者は殲滅する。俺は裏切られるのが大嫌いなんだ」


「……うむ、分かった。皇帝として、不可侵条約を我が国が違えることはないと誓おう」



 意外だったのは、ヴェインが俺の言葉に力強く頷いたことだ。


 少し、俺の中のヴェインの評価が上がる。


 なるほど、こいつは傑物だ。

 魔王の威圧を正面から受けて平然としているのは正直に凄いと思う。


 ……こういう奴は、嫌いじゃない。


 俺は転移魔法でヴェインのすぐ側に移動し、彼に話しかける。



「ぬお!?」


「くっくっくっ。良いリアクションだな、ヴェイン。ところで、我から提案があるんだが。これは提案だから断ってくれても良いぞ」


「……な、なんですかな?」


「我……いや、今更取り繕っても仕方ないか。どうせ世界中にバレてるんだし」



 無理な魔王ムーブをやめ、ヴェインに友達のように話しかける。



「俺は人間の文化に興味があってな。さっき空から落ちてくる時に見たんだが、この国はかなり発展してるようだった」


「ふむ?」



 ほんの十数年前までは、帝都でも馬車での移動が主流だった。


 しかし、先程ちらりと見た感じでは路面電車のようなものが石畳の道路を走っていた。

 この数年で、帝国はかなり発展してきているらしい。


 この世界に転生して幾星霜。

 科学文明が発展していた元の世界に追いつき始めている。


 少し、いや、結構面白そうだった。



「というわけで、うちと友好条約を結ばないか?」


「ふぁ?」


「そうだな、俺たちからはダンジョン内で採掘できるレアメタルや、虫系の魔物から採れる糸なんかどうだ? 代わりに帝国を観光する許可をくれ」


「……ふぁ!?」



 騎士たちの多くが失神してたり、ゲロったりしてる中、ヴェインの間の抜けた声が響いた。






――――――――――――――――――――――

あとがき

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