バズのためにダンジョンで殺されかけた少年は、バズった人たちへの復讐劇を配信することにした

園業公起

第1話 最後の日常

 その日までは幸せだった。

 この世界に何の疑いだって持っていなかった。

 流行りの歌を聞き。

 ランキング上位の小説を読んで。

 アプリのトップに表示される漫画を読んで。

 配信された動画を見て、バズっている人たちの言葉に耳を傾けて。







 そうやって自分は世界と繋がる。




 誰かが消費している物を欲して。

 誰かが欲しがる言葉が消費されて。





 そしていつの間にかバズったものだけがこの世界に遺っていく。









 だけど。



 その世界に自分という大切なものはどこにもなくなってしまったんだ。












Chapter I






『Slave The Golden Bough』











 みんながみんなステータスやスキルを過信しすぎだと思う。だってどいつもこいつも俺の装備を見てクスクスと笑っている。


「おいおい!宸樹しんきくんよぅ!なんか勘違いしてんじゃねぇの!今日やるのはサバゲーじゃなくてダンジョン攻略配信だっつーの!あはは!」


 我が校のダンジョン攻略部のエースである星月武蔵が俺の格好を見て笑っていた。みんなは学校の制服姿だった。俺は黒の上下の戦闘服に戦闘用チェストリグ、バトルライフルに、拳銃、それに腰のベルトには打刀と脇差を佩いている。


「だから本気の装備にしてきたんだけど?」


 奥多摩湖ダンジョンの入り口前の広場で俺と星月はちょっとした言い争いになっていた。


「それがだせーんだよ!だいたいなんでアイテムとかマガジンとかをガチで装備してんだよ!アイテムボックスから召喚すればいいだろうが!アーマーだってステータスを強化すればいらねーだろうが!」


「すぐ取り出せるところになきゃ、いざってとき危ないでしょ」


 俺のチェストリグの胸元にはマガジンが三つ差さっているし、ポーチにはポーションやら毒消しなんかも入っている。


「は!なにビビってんの?モンスターの攻撃を食らわなきゃいいだけだろうが!」


「おうそうだな。食らわずに済むんならそれに越したことはないよな」


「てか早く学校の制服に着替えて来いよ!配信すんだぞ!」


「俺の格好が気に入らないなら別に撮ってくれなくてもいいよ」


「はぁ?何調子こいてんの?てかもともとお前なんて撮るきないし。てかもいいわ。お前ついてこなくていいよ」


「そう。ならいいよ。俺はここで降りる。はいはい解散解散」

 

 俺は星月に背中を向けて、更衣室に向かおうとした。だけど俺の目の前に一人の女の子が立ちはだかった。


「ちょっと待ってよぅ!二人ともぉ!喧嘩はやめて!」


 クラスメイトの久我しきみさんがぷんすかと怒っている。茶髪のふんわりしたミディアムショートにひと房混ざる三つ編みがおしゃれでかわいい女の子だ。学校でも人気があって毎日のように告白されてる美少女。芸能人だって目じゃないレベルの綺麗な顔立ちをしている。きっと配信で写ったらそれだけで一気に同接伸びそう。


「いったよね!武蔵君!勅彌トキヤに来てもらったのは、確実に隠しエリアの『水晶の湖』まで行くためだって!」


「樒ちゃん!べつにそんな奴いなくたって俺たちさえいれば何とかなるって!」


「じゃあ入れるの隠しエリア?」


 久我さんはジト目で星月を睨んでいる。可愛いけどなんか怖い。


「うっ。いやでもなんとかなるっしょ。だよなみんな」


 星月は周りの取り巻きに同意を求める。自信がなさげだがみんな頷いている。


「わかってないなぁ!もう!普通の配信じゃ意味ないんだよ!映えスポットに行かなきゃバズれないんだって!だからトキヤ君にわたしたちがお願いしてるんだよ。水晶の湖に入る方法を知ってるのはトキヤ君だけなんだからね!」


 今回のダンジョン攻略、俺はあくまでも誘われた側だ。以前このダンジョンで小遣い稼ぎをしていたら偶然隠しエリアを発見した。ぶっちゃけなにか優良な資源があったわけではない。ただただ綺麗な場所。デートスポットにはいいかもしれない。だから俺は久我さんをそこの写真を見せて、デートに誘ったのだが、それを聞きつけたダンジョン攻略部がしゃしゃり出てきて隠しエリアの配信なんていうことを言いだした。久我さんも学校での立場がある。陰キャな俺の誘いよりも陽キャたちのイベントが優先されるのはスクールカースト的には仕方ないのだろう。


「うっ…。ちっ!とにかくお前は画面には映さねぇ。そのつもりでいろよ!」


 それだけ言って星月たちは引き下がった。そして俺と久我さんがその場に残された。


「ほんとごめんね」


「いや久我さんは悪くないよ」


「ううん。わたしが悪いよ。だって馬鹿みたいにデートの話をペラペラ周りにしゃべっちゃってそれで武蔵君たちが首突っ込んできちゃって断れなくなって」


 でも俺はデートのことを周りに喋ってくれたことに嬉しさを覚えていた。隠れてデートではなく、久我さんはオープンに俺の誘いに乗ってくれたことが嬉しかった。


「あのね。だからね。今度さ。この配信の取り分貰ったらそれで遠出しようよ!」


「え?それって俺と久我さんとだよね?」


「うん。もちろん二人で!」


 久我さんは少し恥ずかしそうにしている。だけどこれって脈とかあるって考えてもいいのかな?いいよね?ちょっとくらい夢見ても。


「えへへ…じゃあ今日は頑張ろうね。あ、わたしのことは樒って呼んでくれていいからね」


 そう言って樒さんは女子たちの方へと行ってしまった。一人になった俺は小さくガッツポーズを取ったのである。





 ダンジョン突入まではまだ少し時間がある。広場のベンチに座って最後の装備の点検をしていたときだ。


「o senhor」


 知らない言葉で呼びかけられた。顔をあげるとそこには知らない女の子がいた。金髪に緑色の瞳の外国人。長い髪の毛で右目に髪の毛がかかっていた。肌の色は日本人に比べると色白だが、白人ほど白くはない。顔立ちは堀深くとても美しいのだが、民族系統がよくわからなかった。


「失礼。翻訳スキルの展開を忘れてたわ。ちょっとお願いがあるのだけど。9mパラベラム弾を持っていたら分けてくれないかしら?私はこの国の重火器免許を持ってないから売店で撃ってもらえなくて困ってるの」


 金髪の子は真剣な目で俺にお願いをしている。ステータスシステムの世界配信以降、重火器の所持は日本でも簡単になった。講習を受けて取り扱い免許を取れば銃は扱える。もっとも日本だと元々の国民性とダンジョンにおける重火器の使用効果の薄さゆえにあんまり人気はない。剣や槍に比べると攻撃力に劣るのが現状だ。


「君も銃使い?」


「ええ。この世で一番信用できるのは鉛弾だけでしょう?スキルだのステータスだのどこかの誰かから与えられた力なんて信用できないもの」


 金髪の子はストリングで肩から下げているサブマシンガンを俺に見せつけてくる。その意見には至極賛同したい。『ステータスシステム』とそれに付随する様々な異能を扱える『スキル』はとあるIT企業によって10年ほど前に全世界に公開された。スマホだけでこのステータスシステムは扱える。無償公開されたヴァージョンでも人々はスタータスシステムを使えば映画や漫画の中に出てくるヒーローのような超人になれる。そして世界はこのシステムに夢中になった。


「いいね。君わかってるね。はいどうぞ」


 俺はリュックから9mmパラベラム弾入った紙箱を5個ほど取り出して、金髪の子にあげた。


「Obrigada.ありがとう!いくら払えばいい?」


「いいよ。それはただで譲るよ。アンチステータスシステム派は同志みたいなもんだからね。あはは!」


 俺はステータスシステムを全く信用していない。ステータスシステムは無償公開されているが、根幹の技術は何を使っているのか一切開示されていない。特許申請さえされていないので、中身はブラックボックスだ。一応配信元の企業は人類の集合無意識にアクセスすることで異能の使用を可能にしたと説明しているが、それも当てにはならない。このシステムは文明の姿を変えてしまった。もともと暴力を遠ざけるために人の社会は進歩したのに、ステータスシステムは暴力を身近なものに変えてしまった。このシステムが極めて危うい何かのはずだが、その懸念は熱狂した人々の声によってかき消されてしまった。


「あらそう?じゃあ代わりにこれを。手を出して」


 言われたとおりに左手を出すと、金髪の子は俺の手首に何かテープのようなものを巻いた。


「マリア様。この人を守ってあげてください」


 金髪の子がテープに向かって祈りを唱えた。すると何か暖かなものをテープから感じた。俺の瞳に映っているステータスシステムには鑑定の結果がログで吐き出されている。


『天然異能を検知。魔術または祈祷術系と思われるが詳細不明。バフ効果と推定。判別不能』


 天然異能という珍しい言葉が書かれていた。スタータスシステム以前にも異能を使えるものはいたらしい。ただそれらの人々は裏の世界で大人しくしていたから、表側には認知されていてはいない。


「君は天然の異能者なのか?」


「ええ、珍しいでしょ。まああんまり役に立つものではないけど、何かあったときにあなたのことを守ってはくれると思うわ。神のご加護を」


 そして金髪の子は俺の傍から去った。彼女もこのダンジョンを潜るのだろうか?


「なあ君!10層についたら、濁った水晶が見つかるはずだ!そしたらそれをタオルか何かで磨いてライトで照らしてみると言い!それで隠しエリアに行ける!とても綺麗なところだよ!」


 俺が呼びかけると金髪の子は振り向いて微笑んだ。そして彼女は手を振って、ダンジョンの入り口の方に行ってしまった。今日行く隠しエリアで再開できたらいいなって思った。







***作者のひとり言***


とりあえずプロローグでした。


次回以降テンプレ展開で最強がバレちゃってバズちゃったりして…!?…なんてことはありません。


あるのはとても残酷な世界の仕組みについてです。


バズの語源を知っていますか?


それはとても鬱陶しいものです。


ではともに『バズ』をめぐる地獄の物語を始めましょう。




現在開示された情報


【キャラクター】

宸樹勅彌(シンキ・トキヤ)

この物語の主人公。ダンジョン潜るのには慣れている。ごく普通の陰キャ高校生ぶってるけど、陽キャ女子がデートを受けてくれるくらいなので、実は顔は綺麗です。


久我樒(クガ・シキミ)

ヒロイン。かわいいし、とても美人さん。学校でも人気ものであるが、陰キャにも優しいタイプ。


星月武蔵(ホシツキ・ムサシ)

優れたステータスを持ち、結構人気な配信者。わりとイケメンだけどトキヤとかには顔では勝てない。シキミ狙いで今回の配信を仕組んだ。主人公のデートプランをおじゃんにしてるあたりなかなか策士である。


金髪の子

外国人の天然異能者。9mm弾系のサブマシンガンを好んで使う。ステータスシステムを全く信用していない。


【設定】


ステータスシステム

とあるIT企業がネットに10年ほど前に公開したシステム。ありとあらゆる異能を使いこなせるスキル、自身の身体能力を強化できるスタータスパラメータ等々を無償で提供している。スマホでアプリをダウンロードして個人認証するとステータスシステムのIDが割り振られて使えるようになる。一度アカウントを作れば、スマホの電源が切れていてもステータスシステムは使用可能。ただし自身の能力などを確認するにはアプリ等のUIが必要となる。集合無意識への接続を行っているらしいが、現時点では不明。治安執行機関用や軍用のスタータスシステムなどが有償で提供されているほか、課金によるスキルの購入やサブスクによるスタータス強化なども可能。


日本における重火器の所持について

本作の日本ではステータスシステムの普及によって重火器で人間が簡単には死ななくなった世界であるため、重火器の所持が許可が簡単に出るようになった。実弾銃はかつてのエアガンくらいの攻撃力だと人々は漠然と認識している。モンスター相手には効きが弱いのだが、配信ジャンルでは今でも重火器オンリークリアなどが人気を博しており、おもちゃとしての人気は高い。だがやはりステータスシステム普及以前の世界の知る大人たちにとっては恐ろしい武器という恐怖はなくなってはいない。


天然異能

ステータスシステムに依存しない異能のことを指す。魔術、超能力、呪術、陰陽道、気功、等々色々な能力が世界各地に存在するが一般人にとってはあまり馴染みがない。


ダンジョン

あちらこちらに発生している謎の異空間。各種資源の採取ができるが、モンスターが出てくるので危険。現在は配信業の参入によりダンジョン攻略配信が世界的に人気のコンテンツとなっている。モンスターを倒すとステータスシステムを強化できる経験値が手に入る。

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