12.その後

「そういや、あれからソティンたち見ないな」


 “吹き渡る自由の風”結成からおよそ半年。ゴリシュカ攻略へ向けて各種クエストをこなしつつ、メンバーはそれぞれ順調に実力を蓄えレベルを上げていた。

 ジュノは“凄腕アデプト”として、フリウルでもトップクラスの冒険者になっていて、レイクも晴れて“腕利きエクセレント”に昇格したし、同じく“腕利き”の法術師セーナも、“熟練者エキスパート”の魔術師マイアも、まだ“一人前インディペンデンス”の狼人族ガルムの戦士ラトナも、それぞれ腕を磨く日々だ。


 そんな中、ふとレイクはソティンの率いる“雷竜の咆哮”の噂を聞かなくなっていることに気が付いた。だからギルドに立ち寄った際に、それとなく口に出してみたのだ。


「さあ。解散でもしたんじゃないですか」


 セーナはずっとこんな調子で素っ気ない。もはやかつて所属していたという過去さえ無かったことになっているかのようだ。


「フェイルも抜けたって聞いたわね、そういえば」


 マイアは魔術師繋がりでフェイルの動向を承知していた。エルフの魔術師フェイルは、今はマイアと入れ替わる形で新人パーティのお守りをしながら次の所属パーティを吟味しているらしい。

 まあフェイルはエルフだし、5年や10年くらいソロで過ごしても本人的にはきっと問題ないのだろう。

 だが、そうなるとかつての所属メンバーで残っているのはソティンだけということになる。あとは、新加入と言っていたあの少女探索者スカウトがまだ残っているかどうか。


「えー、レイクさん知りたいんですか?」

「そりゃまあ、な。一応アレでも幼馴染だからな」


 一瞬にして半目になったルーチェに問われて、苦笑しつつもレイクは答えた。

 確かに理不尽に追い出されたことは頭にくるが、逆に言えば追い出されたからこそ今の充実した時間があるわけで、もしもバッタリ会えれば久闊を叙するくらいはしてやってもいいかと考えていた。あれから何も言っては来ないから、会ったところで今更戻って来いとも言わんだろうし。


「…………まあ、なんと言いますか」


 ルーチェは珍しく歯切れが悪い。


「ソティンさん自身はレイクさんに捨てられ・・・・形なので、特に処分とかはなかったんですけど」

「けど?」

「……支部長ギルマスが、さすがにイオスには制裁を加えると決めてだな……」


 いつの間にかレイクのすぐ後ろにジュノがやって来ていた。

 彼女は何やら気まずそうに口ごもりながら、レイクの背中に当たり前のように抱きつく。


「いやジュノさんや」

「なにかなレイク」

「ごく自然に抱きつくの、そろそろやめようか」

「イヤだ」

「……だんだん遠慮がなくなってきたな。⸺それで?抱きつく代わりに知ってること洗いざらい吐いてもらおうか」


「まあ言わなくても抱きつくし、抱きつくからには教えるから心配するな」

「いや抱きつかずに教える気はないんかい」

「ないな」

「そうか」


 なんて漫才みたいなやり取りをしつつも、レイクだって最近は抱きつくジュノを当たり前のように受け入れているのだから、どっちもどっちである。


「それで?」

「イオスが潰したのが“雷竜の咆哮”でもう4つめだからな。さすがにちょっとな……」

「どういうことだ?」

「イオスは冒険者になってからのこの2年で、加入したパーティの男性メンバーと次々に男女の仲・・・・になって、それでパーティを崩壊させることを繰り返してるんですよ」


 イオスはどうやら、“冒険者の姫”と呼ばれる存在なのだそうだ。本物の姫ではないのだが、容姿や仕草の可愛らしさで男性をその気にさせ、手玉にとっては貢がせたり言うことを聞かせたりしてチヤホヤされることを至上の喜びとする、そういう女性を“姫”と称するらしい。

 で、その“姫”に身体を使って籠絡された男たちは、姫を独占しようとして諍いを起こすのだという。そりゃまあイイ女を手に入れることは男のある種のステータスでもあるし、ライバルが多ければ女ひとりを巡って争いになるのも想像に難くない。


「あー、まあ、確かに男ウケしそうな可愛い感じではあったな」

「イオスは自分が男たちに囲まれてチヤホヤされるのが何より好きみたいでな。だから男所帯のパーティばかり加入していたそうだ」

「最初が“翼竜の羽ばたき”、次が“ティレクス・トランプル”で、“竜騎兵旅団”、そして“雷竜の咆哮”。中堅4パーティですからねえ……」

「いや全部“竜”かよ」

「イオスの趣味・・なんですかねえ」


 翼竜はこの世界に一般的に棲息する亜竜の一種で翼を持つ小型種だ。飼い馴らして軍の騎竜として使うこともあるが、性質が獰猛で野生種は家畜や隊商を襲うことがあり、レイクたちのような冒険者に討伐依頼が出されたりする。ティレクスというのはやはり亜竜の一種である脚竜の中でも最大種で、“脚竜の王”とも称される。人には馴れず、倒すことも困難で、見かけたら見つかる前に逃げることを推奨されている。

 竜騎兵はその名の通り、脚竜を騎竜に使った軍の部隊のことだ。そして雷竜は、この世に11柱しか存在しないと言われる、伝説の存在である“真竜”のうちのひと柱である。雷竜は嵐と雷の化身と言われている。


「っていや、“雷竜の咆哮うち”は男女混合だったんだが?」

「目撃証言によると、ソティンさんから彼女に声かけたみたいです。ちょうど前のパーティが崩壊したところで、イオスも次のパーティまでの腰掛けにしようとしたんじゃないですかね」

「まあ“雷竜の咆哮”にも、男性はふたりいた訳だしな」


 だが仮にレイクに手を出そうものなら、私がこの手で処していたが。真顔でジュノにそう言われて、レイクの喉がヒュッと鳴った。


「で、支部長は彼女を潰すのに“ローザ一族いちぞく”に依頼したみたいなんですよね」

「へえ、ローザ一族。……ってだれだ?」

「詳しく知らない方がいいと思いますよ」

「え、そんなヤバイのか?」


「ヤバイっていうか……濃い・・んです」

「…………は?」

「うん、濃いな」

「「いくら何でも、あれはちょっと遠慮したい」ですねえ」


 げんなりとしてハモるジュノとルーチェの姿に、レイクはそれ以上聞かないでおこうと決めた。

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