11.その望みを叶えるために

「むー。なんか不満」


 傍目にはイチャイチャしてるとしか表現のしようがないレイクとジュノの様子を見て、口を尖らせるのは狼人族ガルムの少女戦士ラトナだ。

 狼人族とはつまり、狼の獣人族ライカンスロープである。獣人族は多種多様な種族がいるが、総じて人口が多くなく、そのため人類には数えられず“亜人”と称される。狼人族はその中でも比較的人口の多い種族であり、人類社会では冒険者のほか、戦場傭兵や商会の護衛などで働いている姿を見ることができる。

 この世界で狼と言えば一般的には“黒狼”を指すが、狼人族もまた豊かな黒い毛並みに覆われた筋肉質の体躯を誇る、身体能力に優れた種族である。ラトナもその例にもれず、漆黒の美しい豊かな頭髪がたてがみとなって背中を覆い、腕や脚もふさふさの黒い毛に覆われている。一方で顔や胸、腹などは毛並みがなく肌が露出しており、そのためラトナもきちんと衣服を身にまとって隠すべきところは隠している。ただこの娘は年齢の割に発育がよく、衣服越しでも見事なプロポーションが目を引く。


「ジュノさまのあの笑顔、ラトナにも向けて欲しい」


 そう言って拗ねるラトナは、成人15歳になって冒険者として身を立てることを夢見てフリウルに出てきてすぐに、単身で魔物討伐をするジュノの勇姿に一目惚れをした。それから彼女はずっとジュノにパーティを組もうと持ちかけては断られる日々を過ごしつつ、結果的に1年ほどソロ活動を続けていた。

 そんな中、なんとあのジュノがついにパーティを組んだと聞きつけて、矢も盾もたまらずラトナは彼女の元へ飛んでいったのだ。そして是非自分も加えてくれ、必ず役に立つからと懇願して、根負けしたレイクが「まあ、いいんじゃないか?」と口添えしたことで“吹き渡る自由の風”に加わることができたのだ。

 ジュノがレイクを見初めた話はジュノ本人から何度も聞いていたし、そのレイクの口添えがあったから念願のジュノのパーティに入れたわけで、彼に恩義はあるのだが。それでも憧れのジュノの笑顔を独占されるのはちょっと妬ける。


「まあ、しょうがないじゃない。私も何度彼女に惚気られたことか」


 ラトナの隣で呆れ顔なのは魔術師のマイアだ。マイアもまた“吹き渡る自由の風”に加入を果たしていた。

 マイアはジュノのひとつ歳上だが、ジュノと同じくギルド預かりになって新人パーティの教導役を務めていた。その関係でジュノとも比較的親しくなり、互いに背中を預け合える程度には信用し合っていた。

 そんなマイアは新人の頃に加入していたパーティで先輩魔術師から奴隷のようにこき使われた挙げ句、とあるクエストの失敗の責任を取らされる形で追放された過去を持っている。実はそれは冤罪であったと後に判明したわけだが、つまり彼女はレイクと同じ経験をしたわけだ。


 レイクと同じく理不尽な追放を経験し、ジュノと同じようにパーティを組めなくなった彼女は、それでも経験を積み、魔術の腕を磨いて、自分を変えようとする努力を怠らなかった。同じくパーティを組むことにトラウマがあるジュノがパーティを組んだと聞いて、マイアもまた“吹き渡る自由の風”に加入したいと、勇気を出してジュノの元を訪ねたのだ。


 そういうわけで“吹き渡る自由の風”は、リーダーの戦士ジュノを筆頭に探索者スカウトのレイク、法術師のセーナ、魔術師のマイア、戦士のラトナの5人パーティとなった。ちなみにジュノは黄加護、レイクは白加護で、青加護のセーナ、黒加護のラトナ、赤加護のマイアを加えたことで加護のバランスはもちろん前衛戦力も魔術戦力も整った、バランスのいいパーティになっている。


「ふふ。皆さん仲がよろしくて結構ですね」


 セーナが微笑わらい、ラトナが頬を膨らませ、マイアがこれみよがしにため息をつく。彼女たちの視線の先にいるのは人目もはばからずイチャイチャするジュノとレイクだ。


「でもこれで、ようやくジュノさんの念願に手が届きそうです」

「その話を聞いた時はぶっちゃけ正気かと思ったもんだけどね。まあ、もう乗りかかった船よね」

「ラトナはジュノさまの行くとこなら、どこでも行く!」


 彼女たち、“吹き渡る自由の風”の目的はひとつ。フリウルの街から東に約1日の距離にある“廃都”ゴリシュカの探索である。元々、フリウルに集う冒険者たちの多くが、ゴリシュカの探索と攻略を目指して集まってきた者たちなのだ。

 ジュノには、どうしてもゴリシュカに行かねばならない理由があった。だってそこは、ジュノが生まれてすぐに亡くなった、母の故郷だった街なのだから。



 約30年前、世にいう“スラヴィア争乱”の折り、エトルリアに攻め入った北東隣国のアウストリー公国との間で市街戦になった挙げ句に、両軍の魔術戦による魔術の暴走で瘴気爆発を起こして以来、ゴリシュカは瘴気にまみれて魔獣や魔物の徘徊する死の街となった。住民の多くは逃げられずに犠牲となり、ゴリシュカの領主であったゲルツ伯は戦死、運よく逃げ延び生き残った僅かな住民たちも散り散りになって、その行方の多くが知れない。

 当時まだ子供だったジュノの母親も、おそらくは大人たちと命からがら逃げてきたと思われる。だが救助活動に当たっていたエトルリア国軍に保護された時には彼女はすでに独りきりで、我が身に何があったのか決して語ろうとはしなかったという。

 そんな母は、礼儀や教養がある程度しっかりしていたことからフリウルのとある商会に引き取られて、やがてそこの息子のひとりに望まれてその妻となった。そうしてジュノを産んだが、元々ゴリシュカの瘴気に侵されていたのか、産後の肥立ちを悪くして亡くなってしまった。


 だから母に関して、ジュノが知っていることはほとんど無い。知っているのはゴリシュカから逃げてきたこと、自分の名を「フラン」と名乗っていたこと、そして「アル」と呼ぶ弟がいたこと、その程度だ。

 だからこそジュノはゴリシュカに行きたかった。そこにあるはずの母の手がかりを、なんでもいいから見つけて持ち帰りたい。それこそが、ジュノが冒険者を志した理由だったのだ。


 だが現在、ゴリシュカの探索はまだどこのパーティもなし得ていなかった。旧市街地だけでなく、そこを中心としたヴィパーヴァ渓谷の全域が魔物の巣窟になっていて、まるで近寄れないのだ。

 だからこそレイクは、ゴリシュカを探索できる程度に実力を揃えたメンバーを集めたパーティを組みたかったのだ。そして、その想いに賛同し協力を誓ったメンバーもようやく集まった。


「ほ、ほら!ぼちぼちゴリシュカ攻略の準備しなくちゃだろ!だから離れろってジュノ!」

「お、おお、そうだな!⸺みんな、一緒に行ってくれるか?」


「当然です。仲間ですもの」

「ジュノさま、愚問」

「せっかく乗った船だしね。途中で降りたりなんかしてあげないわよ」


「ありがとう……みんな……!」


 “吹き渡る自由の風”の、ゴリシュカ攻略はこうして始まった。

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