63 お前の相手は俺だろう!
「障壁っ!」
フェルリナがありったけの力を振り絞った障壁に間近で放たれたブレスがぶつかる。
「くぅ……っ!」
気を抜けば破られそうな衝撃にフェルリナが呻くと同時に、ドラゴンから割れ鐘のような悲鳴が上がる。
辺り一帯に響き渡る叫びを上げたドラゴンの、白濁したほうの目。
そこに深々と刺さっているのは、チェルシーが放った毒矢だ。
「でかした! チェルシー!」
素早く立ち上がったアルヴェントが、喜色を帯びた声でチェルシーをねぎらう。
ドラゴンと戦う時になった時、騎士団で最も弓の腕に優れたチェルシーとあらかじめ打合せしていたのだ。
バリスタでドラゴンに毒を打ち込めればそれが最善。無理だった時はアルヴェントがドラゴンを引きつけ、死角になる左側から射手が防御力の弱い目を狙う、と。
動き回るドラゴンの目を射抜くのは至難の業だ。
しかも、狙いに気づかれてしまうと警戒されてさらに困難になる。
そのため、確実にドラゴンが動きを止める機会まで、決して目は狙わぬようにと事前に言い含めていた。
代わりに、ここぞという機会が訪れた時は、何としても毒矢で射ろ、と。
見事に目を射たチェルシーの妙技に騎士団が湧き、アルヴェントに注意を引きつけるために攻撃を控えていた魔法士達が、ここぞとばかりに攻撃魔法を繰り出す。
しかし、歓喜は長くは続かなかった。
目に矢が刺さったまま、ドラゴンが暴れ回る。
いくらポイズントレントの毒果から精製した毒とはいえ、どこまでドラゴンに効くのかはわからない。
暴れ回るドラゴンは、むしろいままでより凶暴になり、毒など効いていないように見える。
「退避しろっ!」
アルヴェントの指示に、ドラゴンを囲んでいた団員達があわてて距離を取ろうとするも間に合わない。
不規則に振り回される尾に、盾を持っていた団員が吹き飛ばされる。
フェルリナの障壁も間に合わなかった。
地面に叩きつけられた団員のそばに、ドラゴンの一撃を受けてひしゃげた盾ががらんと落ちた。
ドラゴンが吹き飛んだ騎士に向き直る。
フェルリナが即座に治癒の魔法をかけるも、団員は気を失っているのか、仰向けに倒れたままぴくりとも動かない。
治癒の魔法では、傷は治せても意識を取り戻させることまではできない。
ドラゴンの無事なほうの片目が団員を見据える。
怒りが煮え立つまなざしは手当たり次第に敵を
まずひとり目とばかりに、団員へ駆けたドラゴンが大きく前足を振り上げる。
「させるかっ!」
アルヴェントが駆け寄るが、ドラゴンの移動速度にはかなわない。
かろうじて届いた後ろ足にアルヴェントが剣を振るう。
攻撃力アップの魔法がかかった剣がドラゴンの鱗を斬り裂き、血飛沫が飛ぶ。
だが、怒りに燃えるドラゴンの動きは止まらない。
かまわず踏み下ろした足をフェルリナの障壁がかろうじて受け止める。
同時に団員のすぐそばの地面から土壁が生え、ドラゴンの視界から団員を隠した。
そのまま土を操作して団員を転がし、ドラゴンから退避させようとするが、もどかしいほどゆっくりだ。
フェルリナが張った障壁にドラゴンがのしかかり、みしりと軋む。
障壁がひび割れそうな衝撃に、フェルリナの額から脂汗が吹き出す。だが、まだ団員は退避できていない。
「フェルリナ! 無茶をするなっ!」
叫んだアルヴェントが先ほどよりも深くドラゴンの足に斬りつける。
「お前の相手は俺だろう!」
ふたたび自分に注意を引き付けようと、アルヴェントが倒れた団員のほうへ回り込もうとする。
その背を、アルヴェントの死角から、しなる尾が襲った。
風切り音にアルヴェントが反射的に盾をかざす。
横殴りの衝撃に盾が持っていかれ、尾がかすめた兜が外れて吹き飛ぶ。
かろうじて頭への直撃は避けたものの、アルヴェントがたたらを踏んで体勢を崩した。
アルヴェントに新たに障壁を張らなくては。
だが、いま障壁を解除すれば、団員が踏み潰される。
フェルリナの一瞬の
素早く体勢を変えたドラゴンの牙が、盾が外れて露わになったアルヴェントの
アルヴェントの絶叫に、甲高い悲鳴が重なる。
それが自分の声だとも気づかぬまま、フェルリナは屋根から飛び出していた。
足元に張った小さな障壁を踏み台にし、地面へ飛び下りる。誰かが自分を止める声が聞こえた気がしたが、耳に入らない。
アルヴェントを守ろうと、団員達がいっせいに矢や魔法を放つ音も、「団長をお守りしろっ!」とロベスが絶叫する声も。
誰かが放った矢が鱗に突き立ち、氷の槍が角にぶつかる。
剣を持つ騎士達が死に物ぐるいでドラゴンに斬りかかる。
そのどれもが遠い世界のことのように思える。
忌々しそうに
地面に倒れ込みそうな身体に、フェルリナは無我夢中で
抱きとめた両腕に伝う濡れた感触に悲鳴が飛び出しそうになる。
だが、フェルリナがいますることは悲鳴を上げることではない。
恐慌に陥りそうな気持ちを叱咤し、走りながら唱えていた治癒の呪文を発動させる。
アルヴェントの身体が淡い光に包まれ、見る間に傷が癒えていく。
「アルヴェント様……っ!」
己の血飛沫で汚れた
アルヴェントの血で紅く染まった手で、震えながら頬にふれようとして。
不意に、フェルリナの頭上が陰る。
ドラゴンの炎よりもなお紅く燃える片目がアルヴェントを見下ろしていた。
障壁は間に合わない。
それでも少しでもアルヴェントを守ろうと、フェルリナは無我夢中でアルヴェントの上に覆いかぶさった。
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