61 俺の呪いを解くために、力を貸してくれっ!


 アルヴェントの一挙手一投足に騎士団全員の注目が集まる。


 黒い鎧に愛用の剣を差したアルヴェントは、いつもとほぼ同じ武装だ。


 今日の空の色を映したかのような濃い灰色の髪と、黒い瞳。


 まるで曇天どんてんが人の形をとったような姿だというのに、アルヴェントが立つ場所にだけ陽光が降りそそいでいるようにまぶしくて、フェリエナは思わず目を細めた。


 アルヴェントの落ち着いた足取りを見ているだけで、自分の心も静まっていくのを感じる。


 それは他の団員達も同じなのだろう。歩を止めたアルヴェントが団員達を振り向いた瞬間、全員が無意識に背筋を伸ばす。


「まもなく、ドラゴンがやってくる! 俺達にとっては、三年前に逃した因縁の相手だ! そして、俺に呪いをかけた相手でもある!」


 気合のこもったアルヴェントの声に、団員達が唇を引き結んで耳を澄ます。


「ドラゴンがどこまで成長しているかはわからない。――だが、俺達もさらに強くなった!」


 黒い瞳に、強い意志の光を宿し、アルヴェントが団員達を見回す。


 たったそれだけで、騎士団を覆っていた不安に満ちた空気が、凛とした緊張感に塗り替えられる。


「今度こそドラゴンを倒すぞっ! 俺達が一丸となれば倒せない敵などいないっ! 俺の呪いを解くために、力を貸してくれっ!」


「はいっ!」


「もちろんですっ!」


「頼まれなくっても一緒に戦いますよっ!」


「っていうか、団長が頼むなんて水臭いっすよ!」


 アルヴェントの声に団員達が口々に答える。


 いましがたまでドラゴン戦を前に緊張で強張った顔をしていた騎士達はどこにもいない。


 ほんの少しの言葉だけで団員全員の緊張を吹き飛ばし、やる気にさせてしまうなんて、アルヴェントはなんとすごいのだろうと心から感嘆する。


 いつの間にか、フェルリナの震えも止まっていた。


 代わりに、何としてもアルヴェントを守り抜きたいという気持ちが抑えきれないほどあふれてくる。


「ドラゴンを倒して祝杯を挙げるぞっ!」


「おうっ!」


 アルヴェントの鼓舞こぶに団員達が力強く応じる。


 だが、燃え上がる闘志をくじこうとするかのように。


 不意に、前ぶれもなく森の中から黒い炎のブレスが飛んでくる。


「っ!? 避けろっ!」


 アルヴェント達が叫ぶと同時に、自らブレスの前に飛び出す。


「障壁っ!」


 盾を構えたアルヴェントの眼前に、フェルリナはとっさに聖魔法で作った半透明の壁を張った。


 鼓膜を震わせる大音量とともに火球がかろうじて間に合った障壁にぶつかり、砕け散る。


 熱風が吹き荒れ、舞い上がった土埃つちぼこりがアルヴェントやロベス達の姿を隠す。


 一か所に固まっていては狙われるだけだと考えたのだろう。騎士達が素早く散開する。


 だが、土煙に隠れてどの影がアルヴェントなのかはまったくわからない。


 大丈夫。障壁にブレスが当たる手応えはあった。


 障壁が砕かれてはいないのだから、アルヴェントは無事なはずだ。


 不安を振り払うようにフェルリナが新たな障壁の呪文を唱える間にも、次々とブレスが飛んでくる。


 ブレスによって枝が吹き飛び、ぎ倒された木々の向こうに黒々とした巨体が見える。


 まさか、ドラゴンのほうから奇襲されるとは予想していなかった。


 アルヴェント達が待ち構えていることにいち早く気づいていたということだろう。


「とにかく防げ! ブレスでやられたら話にならないぞ!」


 団員の誰かの叫び声を打ち消すように新たなブレスが飛んでくる。


 狙いは地面に立つ騎士達ではない。屋根の上に設置されたバリスタや射手達だ。


 飛び道具が厄介だと知って、真っ先に潰しにきているに違いない。それだけでも一筋縄ではいかない相手だとわかる。


 フェルリナが何枚も張った光り輝く障壁にブレスがぶつかり、相殺される。


「くぅ……っ!」


 強固な障壁にひびが入る感触に、思わず呻く。


 他の魔法士達も氷の壁や水の壁を創り出してブレスを相殺しようとするが、ドラゴンのブレスの前では分厚い氷も砂の城のようにあえなく崩れ落ちてゆく。


 舞い散る木の葉や砂塵、立ち込める土煙と水蒸気で視界がほとんどきかなくなる。


 このまま森の中からブレスを撃たれ続けたら障壁を張る魔力が持たない。


 いや、それよりも障壁を張ったとはいえ、間近でブレスを受け止めたアルヴェントは無事なのか。


 アルヴェントの姿を探して必死に目をこらす。


 騎士達が散開してしまったので、どれがアルヴェントの影なのか判然としない。


 ただ、倒れたまま動かなくなっている影はないようでほっとする。


 空を裂くようなドラゴンの雄叫びが上がり、呼応するようにざぁっと一陣の風が吹く。


 土煙などが吹き散らされたあとに見えた光景は、剣と盾を構えてすっくと立つアルヴェント達の姿と、ブレスにぎ払われて、幹や枝が折れ、横倒しになった木々だった。


 そして、密に生えていた木々がなぎ倒され、ぽっかりと空いた空間に立つのは。


 ――アルヴェントの頬に走る傷の色と同じ、黒紫色のうろこを持ち、左目が白濁したドラゴンだった。


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