42 どうして黙ってらっしゃったんですか!?


「え……っ!?」


 フェルリナがかすれた声を洩らすのと、アルヴェントが気まずげに視線を逸らせるのが同時だった。


「お前の記憶違いではないのか? しばらく見ていないうちに忘れたのだろう」


「わたしの記憶力を見くびらないでくださいっ! わたしが団長に関わる大切なことをそう簡単に忘れると思ってるんですか!? この傷は、明らかに三年前より大きくなっていますっ!」


 ロベスがアルヴェントの言葉を一刀両断する。


「どうして黙ってらっしゃったんですか!? ご自身でも気づいてらっしゃったんでしょう!?」


「……話したところで、対処方法はないんだ。なら、下手に明かして負担をかけるくらいなら、黙っていたほうがいいだろう」


 目を逸らして低い声で答えたアルヴェントにロベスが噛みつく。


「なんてことをおっしゃるんですかっ!? わたしと団長の仲で下手な隠しごとをされるなど……っ! そちらのほうが負担ですっ! 怒りでわたしの血管をぶち切るおつもりですかっ!」


 怒り心頭に発しているロベスの剣幕は、フェルリナが口を挟む隙もないほどだ。


 短いつきあいだが、いつも落ち着いているロベスがこれほど激昂げっこうしているなんて、裏返せばそれだけアルヴェントを大切に思っている表れに違いない。


「他に隠していることはないでしょうねっ!? いっそのこと、全部脱いでくださいっ!」


「まっ、待てっ! フェルリナもいるんだぞっ! 他に隠していることなんてないっ! 落ち着けっ!」


 ズボンに伸ばしたロベスの手をアルヴェントがあわてて押さえる。


「これが落ち着いていられますかっ! フェルリナ様、申し訳ございませんが、しばらく天幕の外に……っ」


「やめろっ! もともと腰から下にドラゴンにつけられた傷はないだろうっ!?」


「だからこそ確認しておくのではありませんか!」


「別に今でなくともよいだろう!?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の間に、フェルリナは意を決して割って入る。


「あの……っ。無駄かもしれませんが、念のためにその傷に聖魔法をかけさせてもらえませんか……っ!?」


 身を乗り出して頼み込むと、アルヴェントとロベスが動きを止めた。かぶりを振ったのはアルヴェントだ。


「いや、無理はするな。今日はもう、ずいぶん魔力を使っているだろう?」


「まだ大丈夫ですっ! もしかしたら、万にひとつの可能性があるかもしれませんし……っ!」


 聖魔法の中には、解毒の魔法のように、状態異常を解く魔法もある。


 フェルリナより遥かにレベルが高いだろうドラゴンの呪いを解けるとは思わないが、試すことで、何かわかるかもしれない。


「お願いします……っ!」


 深々と頭を下げると、アルヴェントのあわてたような声が降ってきた。


「顔を上げてくれ。本来なら、俺のほうが頼まなくてはならんというのに、これではあべこべだ」


「いえっ! 頼んでいるのは私のほうですから……っ!」


 一歩も引かない気持ちを込めて黒い瞳を見上げると、アルヴェントが仕方がなさそうに吐息した。


 だが、歓迎しているわけではないのは、表情を見れば明らかだ。


「きみがそこまで言ってくれるのなら頼みたいが……。その、不気味だろう? 無理をする必要はないのだぞ?」


 遠慮がちに告げるアルヴェントに、千切れんばかりにかぶりを振る。


「不気味だなんて! そんなこと、まったく思いませんっ! この傷は、アルヴェント様が命を懸けてドラゴンから町を守ろうとした証なのですから……。どうして不気味に思うことがありましょう!」


「そうですよ。さすがフェルリナ様、おっしゃるとおりです!」


 うんうん、と満足げに頷いたのはロベスだ。


「団長の傷は名誉の負傷なのですから、もっと堂々となさればいいんです! それなのに、団長は自分でできるからと、着替えでもほかのことでも、何でもご自身でしてしまわれて……。もっと周りを頼っても、何ら罰は当たらないでしょうに……っ! もっとわたしを頼ってくださってもよいと思いますっ!」


 憤然と告げたロベスにアルヴェントが困ったように眉を寄せる。


「いや、自分でできることは自分でするのが一番手っ取り早いだろう? 王城と違い、遠征に出れば、いつ、何が起こるかわからんのだ。己を甘やかすのはよくない」


「アルヴェント様らしいお言葉ですね」


 フェルリナは思わず唇をほころばせる。


 こんなアルヴェントだからこそ、ロベスが尽くしたいと思うだけでなく団員達にも慕われているのだろう。


「では、アルヴェント様。私にも、私のできることをさせてください」


 脇に退いたロベスに代わって、フェルリナはアルヴェントの正面に立った。


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