40 前回の二の舞になる気はまったくない


「ロベス。消極的なのはお前らしくないぞ」


 アルヴェントがなだめるように口を開く。


「確かに、ドラゴンは強敵だ。俺とて好んで戦いたいわけではない。だが、三年前とは状況が違う。団員の全員がレベルアップし、何より、特別な加護を持つ聖女であるフェルリナが加わってくれた。前回の二の舞になる気はまったくない。もし、ドラゴンが現れたとしても、今度こそ倒してみせる!」


 力強い声で告げたアルヴェントの黒い瞳がフェルリナに向けられる。


 ドラゴンなんて、書物の中でしか見たことがない存在だ。


 怖くないのかと問われたら、怖くて仕方がない。


 けれど、アルヴェントの信頼に応えたい一心で、フェルリナは視線をあわせてこくりと頷く。


 わずかに表情をゆるめたアルヴェントをいさめるように尖った声を上げたのはロベスだ。


「確かに、フェルリナ様が加わってくださったことは、僥倖ぎょうこう以外の何物でもございませんっ! フェルリナ様の特別なご加護があれば、我々はさらに強くなれることでしょう! ですが……っ! いまドラゴンと対峙たいじするのは、無謀のひと言に尽きます! フェルリナ様の加護があるとはいえ、レベル上限を突破できたものは、まだほんのひと握り。ですが、これから討伐を繰り返せば、多くの者がさらにレベルを上げることができるでしょう! 今回はタンゼスの町の鉱山は諦めて、次の機会にドラゴンの討伐を行ってもよいのではありませんか!?」


 ロベスの言うことはフェルリナにも理解できる。


 レベルアップ上限解放の加護があるとはいえ、どうやら、いままでレベル上限に達して消えてしまっていた経験値が取り戻せるわけではないらしい。


 フェルリナが聖魔法をかけた際にのみ、レベル上限解放の加護が発動するのだ。


 フェルリナが遠征に正式に加わったのは、今回が初めてだ。ゴビュレス王国へ来る旅路での戦闘で何人かの騎士達がレベル上限を超えたものの、ほんの数人に過ぎない。


 ロベスが言うとおり、より確実かつ安全にドラゴンを倒すことを考えるなら、もっと時間をかけて騎士団全員のレベルを上げてから挑むべきだろう。


 だが。


「あ、あの……っ!」


 両膝の上に置いた手をぎゅっと握り込む。遠征用のあたたかく動きやすいローブにしわが寄ったが、気にするどころではない。


 心臓がばくばくとなって、口から飛び出しそうだ。


 けれど、頼むならいましかないと、フェルリナは必死の思いで口を開く。


「あのっ、アルヴェント様っ、その……っ! ふっ、服を脱いでいただけますか……っ!?」


「フェ、フェルリナ!? な、何を……っ!? い、いやっ、俺としては望むところだが……っ! そ、その、ちゃんと陽が暮れてからのほうが……っ!」


「フェルリナ様っ!? 熱でも出されたのですかっ!? 団長もしっかりなさってくださいっ! お二人とも、王妃様のお言葉を覚えてらっしゃいますよねっ!? たとえ王妃様の目が届かない遠征中とはいえ、わたしが目を光らせている限り決して……っ!」


「お、お二人とも何を……っ!? あっ、あのっ、違うんですっ! 誤解ですっ!」


 緊張のあまり、言葉が足りていなかったと気づいたフェルリナは、一瞬で顔にのぼった熱を冷ますように激しく首を横に振る。


「ふ、服を脱いでいただきたいとお願いしたのは、その……っ! ドラゴンにつけられた傷を確認しておきたくて……っ! そ、それ以外の意図なんて決してありませんっ!」


 必死に訴えかけると、「そ、そうか……」とアルヴェントが気まずげに肩を落とした。


 その様子がひどく残念そうで、悪いことをしてしまったのではないかと不安になる。


「その、私ではおそらく治せないでしょうけれど……。傷の様子を知っていれば、古文書を読み進める中で何かさらにわかることがあるかもしれないと思いまして……っ」


「古文書にはそのようなことまで書いてあるのですか?」


「そ、その……っ」


 素朴な疑問を口にしたロベスに、何と答えるべきかわからず、フェルリナは言葉を濁してうつむく。


 その耳に届いたのは、硬質なアルヴェントの低い声だった。


「フェルリナ。俺のことを思いやってくれるきみの気持ちは嬉しくて仕方がない。だが……。俺の傷を見たところで、有益が情報が得られるとは思えない。ならば、わざわざ不快なものを見る必要はなかろう」


「アルヴェント、様……?」


 初めて聞くアルヴェントの硬質な声音に、困惑が隠せない。


 なぜ、黒い瞳はフェルリナを見てくれないのだろうか。


 いつだって、アルヴェントはフェルリナと真っ直ぐ視線をあわせてくれていたというのに。


 アルヴェントに拒絶されたのだ、と理解した途端、まるで心臓に刃を突き立てられたように、自分でも驚いてしまうほど胸が痛くなる。


「も、申し訳……、っ」


 うつむき、謝罪を紡ごうとした途端、ぱたたっ、と握りしめた手の甲に雫が落ちる。


「あ……」


 落ちたものが何なのかわからぬまま、かすれた声をこぼした途端、がたたっ! と椅子が倒れるけたたましい音が鳴った。


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