異世界では貴女に殺されたい

ガビ

第1話 俺を殺すのはお前じゃない

こいつに殺されるなら良いや。


俺の人生が小説だったら、最高のラストだ。

愛する女に殺されて終わる。名作っぽいじゃないか。


「ごめんね、ごめんね‥‥‥!」


首を絞めながら謝る気持ちは分からない。でも、知る必要はない。

もう、俺の物語は終わりなのだから。

\



目が覚めた。

「‥‥‥目が覚めた?」


そんなわけないだろう、俺は死んだんだ。あの状態で助かるわけがない。


しかし、事実視界が広がっているのだから受け入れるしかない。

仕方なく、外界に意識を向けることにする。

木。

木、木、木。

後は土と虫くらいしか見当たらない。


情報が無さすぎで手持ち無沙汰だったので、ふと首を触ってみる。

昔からの癖だ。考え事をする時は大抵この体制を取る。自己分析してみるに、無意識に急所を守ろうとしているのだと思う。

最も簡単に狙われる部位。次点で股間があるが、辛うじて残った羞恥心が考えごとしながらチンコを触る変態になることを拒んでいる。


「‥‥‥ん?」


いつもは落ち着くはずの首の肌触りに違和感があった。

何かしらの引っ掛かりを感じる。


さすがに気になる。

こんなところに鏡はないだろうから、湖でも探して水面に映して確認するしかないか。


どっちに向かって良いか分からないので、自由に方向を決められる。

決まった規定に則って歩くのは楽だが、心が擦り切れるので、少しだけ愉快な気分だった。

よし。こっちに行こう。

\



熊と遭遇する覚悟はしていた。

その場合は動かずにやり過ごそうと考えていたのだが、これに効果があるとは思えない。


「きしゃあぁあぁぁ‥‥‥!」


大蛇がそこにはいた。

青大将とかのレベルではない。170センチちょいの俺よりの10倍ほどの体格だ。

そいつが俺に敵意を示している。


逃げる。

そう判断するのが遅かった。


「ぐうぅあぁァァぁぁぁああぁあ!」


デカい癖にスピードも早い大蛇に右腕を噛まれた。

よりにもよって利き腕だ。


痛みはまだ感じない。興奮状態だからだろうか。だったらその時間で少しでも距離を取るべきだ。

一応、学生時代は陸上部に所属していたので足は早い方だ。

噛まれた腕を庇うことなく全力で腕も振る。

多少の距離はできた。このまま逃げ切れるか?


「!!!」


吹き飛ばされた。

この大自然の木に身体が当たって折れるほどの衝撃。


大蛇が尾の部分で物理的に攻撃してきたようだ。

痛覚が復活しつつあるのか、すぐには動けない。大蛇は第二撃の構えに入っている。これを何度も食らったら死ぬかもしれない。


別に死んでも良いんだけど、殺される相手は選びたい。

あいつ‥‥‥カナにならいいけど、お前は違う。


俺を殺すのはお前じゃない。


なんでこんなところにいるのかは、皆目検討がつかないが、もう一度、あいつに殺してもらうまでは殺されるわけにはいかない。


そこで、逃げる以外の選択肢が脳裏をよぎる。


戦う。


自分にとって不都合な奴を排除するために戦う。


そうだ。

やられたらやり返して良いんだ。


福祉業で働いていたら、利用者に殴られても、なじられても、メガネを壊されてもやり返すことは禁忌だった。

なんだったら、「暴力を振るわせるような気分になる支援をして申し訳ありませんでした」と謝罪をしていた。

そうでないと、虐待になるからだ。

ため息を吐くことすら、精神的虐待になる世界。


しかし、ここは福祉施設ではない。


どこかも分からないが、ここでは攻撃されたらやり返せる。

なんてシンプルで素晴らしい世界なんだ。


足を踏み込む。

身体で最も丈夫な歯で先ほど俺を突き飛ばした尾を思い切り噛む。

歯も顎をくれてやる。

代わりに、貴様に少しでもダメージを。


職場で顔を合わせる度に睨みつけてくる、パートのおっさんに噛み付くつもりで力を入れる。


次はお粗末な脳だ。

テメーのミスを上司の立場の俺がフォローした後、礼も言わずにスマホをいじる社会人として終わっている態度を取らせている脳を破壊してやる。


「ぎしゃあぁぁぁぁぁ!」


そんな情けない咆哮を相手が上げたタイミングで前歯が折れた。歯が折れるなんて乳歯以来だ。

外側の歯はまだ無事だ。


俺を振り落とそうと尾を振っている。

これまで、我慢してきたんだ。

そんなもんで俺の暴力欲を萎えさせられと思うな。

どうせ、蛇足で続いている人生だ。今更自分を大事にするメリットもない。


お前を殺せたら、あとは、あいつとあいつあいつとあいつとあいつとあいつと‥‥‥。


おい。

俺が若いってだけで、憎しみを持つ哀れな男よ。


他者を攻撃して良いのはやり返される覚悟がある者だけだぞ。


歯が一本、また一本と折れていく。

歯以外は武器になる部位がないから、歯が尽きたら俺は抗う手段はなくなる。


あと3本。


「ぎゃは、ギャハハ、ギャハハハ! ギャハハハハハハハハハ!!!」


こんな状況だというのに俺は笑っている。


下品な笑い声をあげているのを俯瞰で見れる。

あぁ。こいつはもう死ぬな。


口は血だらけ。

腕は紫の斑点だらけ。

足は骨折していてあり得ない方向に向いている。

あと、首に縫い目がついている。


でも、楽しそうだなぁ。

それもそうだろう。

本当にやりたかったことができているだから。


…‥‥ん?


瞳孔が開いているとしか思えない目には、もう何も見えていないのだろうが、こっちからは見えた。

刺青だらけの女性がこの世の終わりみたいな戦いの場に近づいていく。


まるで、子供同士の喧嘩を止める大人のように。


「‥‥‥良いイカれっぷりだね」


そう言ったのが合図かのように、俺の意識が途切れた。

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