蝶々と悪魔
Hiroe.
第1話
あるところに、一匹の悪魔がおりました。悪魔は真っ黒な体にコウモリの羽、大きな耳に長いかぎ鼻を持っていました。
ある日の夕方のことです。ひらひらと一羽の蝶々が飛んできて、悪魔の羽にとまりました。
「どうしましょう。こんなに風が強いんだもの、上手に飛ぶことができないわ。これでは寝どこに帰れない」
悪魔は心のなかでほくそ笑みました。というのも、蝶々の羽のりん粉は、とても強い魔術の薬だからです。
「こんなところにこんな岩があったかしら」
蝶々は首をかしげて、ゆっくりと羽をうごかしました。そこは森の奥の、澄んだ湖の近くでした。木々が生い茂り、お日さまは今にも闇色のふとんにもぐりこんでしまいそうです。
「今日はここで眠りましょう。ああ、よかった」
そうして蝶々は羽をたたむと、静かに眠ってしまいました。
悪魔は小さくいいました。
「やれ、今夜は星がやけに多い、魔術をするには向かないだろう。今夜はこのまま寝てしまおう」
そうして悪魔は、そのまま一夜を過ごしました。
次の朝、蝶々は起きていいました。
「ああ、ぐっすり眠れたわ。さあ、花の蜜をもらいにいきましょう」
悪魔はあわてて蝶々を捕まえようとしましたが、朝日がまぶしくて動くことができません。蝶々はひらりと舞い上がると、悪魔の羽にキスをして花畑のほうへ飛んでいきました。悪魔は悔しがりましたが、どうしようもありませんでした。
ところがその日の夕方になると、また悪魔のところへひらひらと蝶々がやってきたのです。
「どうしましょう、お昼はあんなにお天気だったのに、今にも雨がふりだしそう。雨がふるまえにここに来られてよかったわ」
蝶々が悪魔の肩にとまると、悪魔の耳がちょうど屋根になりました。蝶々はうれしそうにいいました。
「これで安心して眠れるわ。ああ、よかった」
そうしてそっと羽をたたむと、すぐに眠ってしまいました。
やがて夜になると、通りがかったイモリがいいました。
「やあ、おいしそうな蝶々だね。羽を一枚くれないか」
悪魔は答えていいました。
「いやいや、これから魔術につかうんだ」
イモリががっかりして行ってしまうと、悪魔は小さくいいました。
「やれ、今夜は雨がふるらしい、魔術につかう火がおこせない。今夜はこのまま寝てしまおう」
そうして悪魔は再び寝てしまいました。
次の日の朝、目をさました蝶々がうれしそうにいいました。
「あんなに雨がふったのに、羽はすこしもぬれていない。本当に、なんてすてきな岩なのかしら」
そうして悪魔の肩にキスをすると、ひらひらと花畑の方へ飛んでいきました。悪魔は少しだけ目をあけていいました。
「今夜は寝どこに帰るだろう。わたしの耳よりもいいやねがあるとは思えないがね」
そうしてやはりお日さまがまぶしかったので、悪魔はすぐに目をとじました。
その日はいいお天気で、お日さまはゆっくりと海に沈んでいきました。夜になると、悪魔は目を覚ましていいました。
「さて、久しぶりにサバトへ行って、魔王さまに蝶々のりん粉をいただこう」
するとそこに、蝶々がやってきたのです。月明かりをたよりに飛んできた蝶々は、ちょうど悪魔の目の前にきていいました。
「もう、すっかり何も見えないわ。あの岩はどこ?」
「ここだ」
悪魔が小さくそういうと、蝶々はひらりと悪魔のかぎ鼻の先に止まったのです。
「キャベツ畑の葉っぱのうえに、わたしのたまごがいるの。なんだか今日はつかれたわ。ああよかった、ここなら安心して眠れるわ」
そういって、蝶々はゆっくりと羽をとじました。
蝶々が眠ってしまうと、悪魔はひっそり笑いました。
「今夜はやけに月が大きい、オオカミ男がうるさいだろう。今日はこのまま寝てしまおう」
ところがそのとき、それを見ていたヘビがするすると悪魔の体をのぼってきて、ぺろりと蝶々をのみ込んでしまったのです!そうしてヘビはいいました。
「お前は悪魔失格だ、魔王さまにそう伝えよう」
悪魔はヘビを追いかけようとしましたが、体がうごきませんでした。三日もうごかなかったので、すっかり体が固まってしまっていたのです。悪魔は嘆いていいました。
「ああ、このみにくいかぎ鼻にキスしてくれたら!」
やがて、悪魔は苔むして森のはずれに転がる岩になりました。
春になると、岩の周りには色とりどりの花が咲き、たくさんの蝶々が羽を休めていくのでした。
蝶々と悪魔 Hiroe. @utautubasa
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