恋愛百合アリティ・ショウ

紙月三角

第1話

 20XX年。

 地球は「壊滅」した。


 その原因となったのは、核兵器でも未知のウイルスでもなければ、隕石でもない。

 そこに巣食う悪質な寄生虫――すなわち、人類――だった。


 人類の持つ飽くなき欲求……「もっと面白いものがみたい」、「もっと楽しくさせろ」という気持ちはとどまることを知らず、国のルールや国際法などを軽く超越して、暴走を始めた。


 その結果、より多くの人気、アクセス数、ユーザー数を稼ぐ娯楽こそが絶対的な正義となり、説教臭いだけの倫理や哲学なんて概念は完全に消えうせた。どれだけ悪趣味でも、どれだけ扇情的でも、面白ければ全てが許される。

 「数」の多さは強さとイコールになり、マイノリティに人権はなくなった。かつて古代ローマのコロセウムで奴隷を戦わせて見世物としていたように、一部の特権階級を楽しませるためだけに、それ以外の罪なき人々の人権を踏みにじるような催しが恥ずかしげもなく平然と行われるようになった。


 これも、そのうちの一つだった。



「さあー! 今週も始まりました、『百合』と『非百合』による生死をかけた大人気恋愛リアリティーショウ……『百合狼を吊り上げろ』! 今回は、先週生き残った三人による最終決戦……つまり第38シーズンの最終回となります!」

 司会役の男性が、目をギラつかせて早口で言う。


 始まった当初こそ恋愛番組という体裁で……オシャレな音楽を流すオープニング映像があったり。若者に人気のインフルエンサーや俳優を呼んで「キュンキュンする」だの、「こんな恋愛してみたーい」だのと言わせていたが……。

 さすがに38回も続けていれば、番組の本質も分かってくる。いまではすっかりオシャレさや恋愛番組としての側面なんてどうでもよくなり、「誰かが誰かを蹴落とそうとする醜い姿を見て楽しむ番組」という、悪趣味な部分を隠さなくなっていた。


「前回お伝えしたとおり、今回の最終回はスペシャル編成ということで、ノーカット無修正の、生配信でお送りしています! でも、ルールは今までと同じ! ショウの参加者の『百合』たちは会場となる南国リゾートで自由に絆を深めあってから、その日の深夜十二時にそれぞれが『排除したい人』を投票します。そして、その投票で一番多く票を集めてしまった人は即刻退場! 最終的に残った二人の『百合』には、国公認の『パートナー資格』が与えられます! 大昔にはLGBTなんて言って、『百合』の皆さんを守ろうとした運動もあったみたいですが……そんなものは、恐竜と一緒に絶滅しました! 現代における『百合』なんて言ったら……非国民、最下層民、死刑囚とほとんど同じ意味です! そんな『百合』の皆さんからしたら、国が存在を認めてくれるこの『パートナー資格』は、喉から手が出るほど欲しいですよねー⁉ だってこれさえあれば、『百合』をカミングアウトしても罪には問われない! 道を歩いていていきなり暴力を振るわれたり、『百合』バレして職場や学校を追い出されるなんていう『ごくありふれた日常』とも、オサラバできます! むしろ、誰からも文句を言われることなく、どこでも好きな所で女の子同士でいちゃつき放題なんですから! ぜひ、頑張って最後まで残って、幸せな『百合ライフ』を手に入れちゃって下さーい!」


 数十年前ならば、コンプラ違反で即刻放送中止されそうなことを、平気で口にする司会役。しかし、倫理観が完全に失われた世界では、この発言はまったく問題がない。

 むしろ、彼が言うようにこんな番組が大人気で視聴数を稼げているらしいのだから……本当に、この世界はとっくに「終わっている」のだった。


「ちなみに、現在残っている三人の参加者の中には、一人だけ『非百合』が紛れ込んでいます! もしも、今回の投票によって生き残った二人のうちのどちらかが『非百合』だった場合……その生き残った『非百合』は、『百合』を食い物にした狼として、一生遊んで暮らせるぐらいの優勝賞金が送られ……騙された『百合』二人には、最終回にふさわしい思いっきり残酷で痛々しい処刑が行われますっ! 逆に、見事『百合』の二人が生き残れた場合は、排除された『非百合』の方が処刑されます! ……知ってますよー? みなさんが一番楽しみなのは、その処刑シーンですよねーっ⁉ いっえーい!」

 そこで、どこからともなく大音量の歓声が響いた。

 それはもちろん、番組側が用意した効果音SEにすぎないが……しかし、実際にこの番組を見ている視聴者たちも、ほとんど同じようなリアクションをしていただろう。



 こんな世界だったので、『百合』として生きていくことは容易ではなかった。だから、たとえこんな悪趣味な番組で世界中の人間から見世物扱いされてしまうとしても……。

 勝ち残れば最低限の人権を取り戻せるというのならば、『百合』の人々にとっては、選択の余地はなかったのだ。


 今シーズンの最終回まで勝ち残った三人のうちの一人……千草チサも、そんな『百合』の一人だった。




 すでに、放送が始まってから数時間が経過している。太陽は完全に沈み、最終回の舞台として用意された南国リゾートのビーチを、静かに打ち寄せる波音だけが包みこんでいる。

 そんな中、このリアリティ・ショウの参加者の二人が、海岸を歩いていた。


「あ、あの……」

 無言で自分の先をいく相手の真意が分からず、千草チサは戸惑っている。


 もう少ししたら、例の「投票」の時間だ。

 「投票」はそれぞれの自室のタブレット端末から行うため、それまでには自室にいないと失格になってしまう。そうなれば、さっきの司会役の言葉で言うところの「残酷で痛々しい処刑」が待っているだけだ。今の千草チサの心中は、その「処刑」への恐怖でいっぱいだった。



 しかし……。

 それからしばらく歩いたあと、自分をここまで連れてきたもう一人の参加者――花火ハナビ――が言ったこんな言葉で……千草チサのそんな恐怖心はどこかに吹き飛んでしまった。


「……実は私、百合なんです」

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