25:決意した王子様

◇◆◇



「……ウィップ」


 ケインの居なくなった一人の部屋で、僕はぼんやりとウィップを捲ります。帰り際にケインに言われました。


 もう、しばらくは来れなくなる、と。

 そして、最後の最後までケインは僕に言っていました。「お前には何も出来ない」「余計な事は考えるな」「何もするな」と。


 あぁ、やはり僕は完全にケインに見捨てられたようです。


 パラリ、パラリ。一頁、また一頁。そこにはまだ友達でいられたケインとの記録がたくさん、たくさん書いてあります。あぁ、とても楽しかった。ケインと出会ってから、辛い時も悲しい時も……楽しい時も。僕にはケインだけだった。


 ケインだけ居てくれれば、それで良かったのに。


「ケインと喋りたい」

「ケインに触りたい」

「ケインに笑って欲しい」

「ケインと一緒に居たい」


 一枚、また一枚とページを捲りながら、僕は自分の望みを口にしていきます。でも、どれも、もう僕には叶えられそうにありません。パラリ、パラリと捲り続けられる。すると、最後のページに辿り着きました。そこには、僕の字でこう書いてあります。


--------

でも、もし戦争になったらケインはどうなると思う?

-------


 その文字に、僕は釘付けになります。


-----俺は戦争に行く。


 ケインは僕ではなくフルスタを選んだ。でも、僕が地位にしがみ付けば、ケインはずっと僕の元に居てくれる。それがケインの望みを阻害する事になったとしても。ケインが僕を見捨てても、地位を捨てなければケインは僕の元に居るしかない。


 だって、ケインは国王に仕える金軍の軍団長なのですから。


 でも、本当にそれが僕の望みなのでしょうか。あぁ、僕にとって一番恐ろしい事はなに?


 ムチに打たれること?人質になること?死ぬこと?ケインに嫌われること?いいえ、どれも違いました。

 ケインに見捨てられるよりもっと怖い事が、この世にはあります。僕はウィップの最後のページに一言だけ言葉を書き記しました。


「ケイン、どうか死なないで」


 そう、ケインが死んでしまう事が、僕にとっては一番恐ろしい。ケインが生きている事こそが、僕にとって大切なこと。

 僕はウィップをパタンと閉じると、しっかりと顔を上げました。


 ウィップ。僕の大切な友達。

 そして、王太子という孤独で不自由な世界しか持たない僕にとっての、唯一自由でいられる無限の思考の世界。でも、自問自答はもう終わり。


 ウィップ、君は大切な“僕自身”だった。




「陛下、お話があってやって参りました。どうぞお目通しを願います」


 この日、僕は母が死んで以来、初めて自ら父の元を尋ねた。



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